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1話 やり直しってんなら本気でやるから! その1

人生はやり直せない。当たり前のことだが人は常日頃からそんなことを思いながら暮らしてはいない。こと重要な岐路や局面に瀕した時でさえ、それが自分の人生においてただの一度きりの選択であっても。しかし、全てにおいて熟慮し最良の選択を取ることはほぼ不可能であるし、また、すべてにおいて誤った選択をしてしまうということもない。


 しかし往々にして人は誤った選択をし、その度に過去の自分の選択肢に思いを馳せ、そこにあったであろう可能性を夢想する。もちろん自身の過去の選択を変える、もしくはなかったことにすることなど不可能である。ならもし、過去の自分に戻れたとしたら、いったいどんな選択をするのだろうか?いや、どんな選択をしたとしても、むしろ、どんなに一度自分のした選択を模倣して選択していったとしても、今の自分と全く同じ自分ではいられないだろう。なぜなら、小さな蝶の羽ばたきですら、世界に重大な変化をもたらしてしまうのだから。ならばいっそ、自分が一度たどった道から大きく変化を求めて行動したとする。そうすれば、たとえ同じ自分であったとしても、別の人生と言えるのではないだろうか。


 突然、過去の自分に巻き戻された。そんな男のお話。


***


 過酷な年度末の事務仕事から解放されること数日、桜の匂いも落ち着き始めた4月初旬、しがないサラリーマンをやっていると季節の変わり目やスケジュールの日付、休日や業務のローテーションのため以外に暦を見て感慨にふけることは少なくなってくる。


 俺は”結城 誠”現33歳バツイチ独身サラリーマン。いわゆる不良物件というやつですね。


 スマートフォンの日付は202X年4月7日、時刻は9時24分。


 午前の休憩時間までもうしばし時間がある。しかし年度初めの業務内容は新規顧客と年間業務計画。従来からの顧客要件がなければ、案外手が空きやすいものだ。


 この忙しさを繁忙期や年度末一斉に襲ってくる事務作業と平均化して仕事ができればどれほど楽になっただろうか。


 そんなことを思いながらもう一度スマホに目をやるとメッセージアプリに新着通知が来ていることに気が付く。


 差出人欄は「Naoko」。


 ”大石 奈緒子”…元妻である。


 「玲の入学式の写真送っとくね♪」


 フランクな内容とともに張り付けられた大量の写真。


 「あぁ…お義母さん張り切ったんだなぁ」


 誰に言うでもなく独り言ちる。


 娘の入学式の写真には娘の玲、元妻の奈緒子、そして和服の一張羅に髪をアップに盛りに盛っているお義母さん。…満面の笑みである。


「ありがとう。」


 簡素に一応の返信を打ちつつ「入学祝いしてないなぁ…」と思い巡って気が付く。そうか、これは「入学祝い寄越せ」の催促だなと。


 打つだけ打って未だ送信していない文面をひとまず削除。


 「入学祝い買いに行く?送ったほうがいい?」文面を差し替えて送信。これで良し。


 それでも、催促でもなんでも元夫なんぞに愛娘の成長をつぶさに報告してくれる。よく出来た元奥さんではある。なにせ、もともとの離婚原因は俺の女癖の悪さが一番の原因であるにもかかわらず、周囲には生活の違いとかもっともらしい言い訳を考えてくれた挙句、こうして今も気さくに連絡を取り合ってくれる。


 養育費も払うと言っているのに「いらない」と言ってこちらの生活を気にしてくれるほどの出来っぷりだ。正直、要らないといわれた瞬間には絶縁ぐらい言い渡されるものかと思ったが、どうやらお義母さんの資産が潤沢にあるため本当に不要だったようで、ならなぜ誕生日プレゼント、クリスマスプレゼント、入学祝いと、ことあるごとに催促を寄越すのかというと、これも簡単。単に「俺がプレゼントする」ということが大切なようである。


 「娘さんですか?」


 スマホを眺めつつ時間を潰していると、後輩の矢田が話しかけてきた。


 「入学祝いの催促だよ。新規予定表埋まったの?」


 「いやー、なんともなんですよねー。あんまり予定表出して乖離率高いと部長うるさいじゃないですかー。」


 「先にアポだけでも取っちゃうんだよ。で、乖離率高くなっちゃうようなら別のとこ何個かキープしとくの。」


 アドバイス…というほどでもない、何年も同じことをしているとツッコミが入らないようにだれもが要領よくやるようになる。それはある程度役職を得たものでも同じである。


 「先輩、課長とかやらないんですか?」


 「俺、キャリアねぇしな。ほら役職付きってここほとんど神都大学の出じゃん。俺高卒だしさぁ。」


 「確かに。でも先輩、専門学校卒ですよね?」


 「専門学校でも最終学歴は高卒なんだよ。大学くらいFランでもなんでもいっときゃ良かったっていまだに思うよ。」


 「アハハ…先輩仕事はバリバリなのに勿体ないですねぇ。」


 少ない会話の中でも適度に世辞をねじ込んでくる。こちらもまた出来た後輩だなと感心してしまう。もちろん俺が出世できない理由は学歴のほかにもある。それがどんなことなのかも一応自分でも理解している。しかし、それを今更修正したいと思わないのも事実だ。


 「午後からの外回り一緒に行くか?何なら飯も一緒に食う?」


 「ええ、ぜひお願いします。…あと、得意先なんかもいくつか廻らせていただければと…」


 ほんとにちゃっかりしてる。それでも自分のことを頼ってくる後輩はかわいいもので、OKと軽く返事をしてまたデスクに向かいあう。あぁ…出世して楽してぇなぁ…


 午後になり、後輩と定食屋にて一緒に昼食をとり営業先を何件か廻る。


 特に変わったこともなければ、なんなら順調すぎるまである。この調子だと思ったより早めに今日の予定分は終わりそうだ。


 営業車の中で次の営業先とのアポの時間までノートPCにデータをまとめておく。効率的に時間を使える人間こそ楽ができるのだ。


 さて、今日の営業も残り2件。吸っていた煙草を揉み消し、そろそろ車を出そうかとキーを回…そうとした。突然胸が痛くなる。とっさに胸元を抱えてうずくまる。


 息もできない。突然のことに混乱する?


 酸欠の金魚のように口をパクパク開くが声にならない。


 胸を抑える掌から伝わる鼓動は大きくそしてゆっくりと…そして消える。


 そのまま俺の意識は闇に呑まれていった。



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