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私が額の汗を拭っていると、お兄さんは私をベンチに残して歩き出しながら言う。
「少し待っていろ」
お兄さんは社務所の方へ歩いて行って、一度姿が見えなくなったけど、すぐに戻ってきた。
その手にはペットボトル入りのスポーツドリンクと缶コーヒーがあって、お兄さんはスポーツドリンクの蓋を開けると、そのまま私に差し出してくる。
気が利く人だ。
私が何気なくスポーツドリンクを握るお兄さんの左手に目をやると、その黒く長い爪にはラインストーンが星みたいにいくつもきらめいていて、薬指には結婚指輪があった。
見た目はちょっと変わってるけど、こんなに綺麗で、どこの誰ともわからない私を助けてくれるようないい人なら、既婚者なのも納得だ。
世の中早い者勝ちなんだなあとしみじみそう思っていると、お兄さんが言う。
「飲めば少しは楽になると思うぞ」
「頂きます」
私はスポーツドリンクを受け取りながら、お兄さんに訊いた。
「あの、一六〇円でいいですか?」
「借りを作らないというのは悪くない心掛けだが、体調不良で苦しんでいる子供からジュース代をせびる程、金に不自由してはいないぞ」