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十八時近くに、私達は自宅マンションに着いた。
玄関に靴がないところを見ると、お母さんはまだ帰って来ていないみたいだから、手紙を書くなら今の内だ。
私はうがい手洗いを済ませると、お兄ちゃんにお夕飯作りを頼んで、バッグと一緒に自分の部屋へ向かった。
お兄ちゃんは明日アルバイトだし、今日は任せてもいいだろう。
ドアを開けると、窓を閉め切っていた窓際のこの部屋は、一際暑くて息苦しいくらいだった。
窓を開けるか、エアコンをつけるか、ちょっとだけ迷ったけど、結局エアコンをつけることにする。
この時間でも外は蒸し暑かったから、窓を開けたところで、大して涼しくはならないだろう。
私はエアコンが動き始めたのを確かめると、バッグの中から買ってきたばかりのレターセットを引っ張り出した。
今時手紙を書く機会なんてそうないから、帰りにちょっと遠回りをしてレターセットを買いに行く羽目になったけど、これで新しい手掛かりを得られるかも知れないと思えば、多少の面倒臭さなんて大して気にもならない。
私は向日葵をあしらった便箋を一枚切り離してテーブルに置くと、通学バッグの中のペンケースからボールペンを取り出した。
何て書こうか少し考えてから、ゆっくりとボールペンを動かし始める。
おじいちゃん、おばあちゃんへ
お久し振りです。
暑い日が続いていますが、体調を崩したりしていませんか?
こっちはお母さんもお兄ちゃんも私も、みんな元気にしています。
お兄ちゃんは大学二年生に、私は高校一年生になりました。
お父さんが亡くなってから、ずっと会ってなかったのに、急にこんな手紙を送ったりしてごめんなさい。
でも、お父さんのことを知りたいんです。
できれば今度、お家でお父さんが残した物を見せて下さい。
お兄ちゃんと一緒に、お話も聞かせて欲しいです。
私のメールアドレスも書いておくから、手紙でもメールでも返事を下さい。
お待ちしています。
まだまだ暑い日が続くから、おじいちゃんもおばあちゃんも体を大切にして下さい。
日和より
こんな感じでいいだろうか。
私は書き終わった文章を読み返しながら、書き直した方がいいかなと、ちょっと思った。
いくら身内とはいえ、五歳以降会っていなくてほとんど知らない人達な訳だから、「拝啓」から始まるちゃんとした書き方の方がいい気もする。
でも一応実の孫と祖父母な訳だし、そこまで格式張った手紙にすることもないだろうか。
私は少し迷ってから、結局書き直さないことにして、便箋を折り畳んだ。
借りてきた年賀状を頼りに、封筒に宛名や住所を一通り書いて糊で封をすると、手紙をバッグにしまう。
出すのは明日でいいだろう。
私はポケットからスマートフォンを取り出すと、さっきSNSにした書き込みの反応を見てみた。
神奈ちゃん達が友達に呼び掛けてくれたこともあって、私の書き込みは思ったより人の目に触れたみたいだけど、お兄さんからのリプライはなかったし、お兄さんを知ってる人もいないみたいだ。
あのお兄さん、日本語は上手だったけど、日本在住という訳ではないのかも知れないし、そもそもSNSはやらない人なのかも知れない。
元々連絡をもらえたらラッキーくらいのつもりだったけど、やっぱり世の中そう上手くは行かないみたいだ。
私はリプライをくれた人達にできる限りのお礼をすると、スマートフォンのディスプレイを待機状態にした。




