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ちゃんとした証拠がある訳でもないけど、六十年余り生きてきて、結婚という人生最大のギャンブルにも勝ったおばあちゃんが言うと、凄い説得力がある。
私は無条件で半分くらい信じそうになったけど、お兄ちゃんは『人を見る目』なんて基準が曖昧なものでの判断じゃ納得できないみたいで、控えめにおばあちゃんに言った。
「ばあちゃんに人を見る目があるのはわかったけど、ばあちゃんだって神様じゃないんだから、間違えることだってあるんじゃねえかな?」
「そうね。私が知る限り、人に関して私の直感が外れたことはないけど、私の知らないところで全く何もなかったとは言い切れないわ。でもお父さんが刺されたのは、その時住んでたマンションの目の前だったんでしょう? 本当に不倫をしてて後ろ暗いところがあるなら、そんなところまで女の人を連れて行くと思う? もし日和ちゃん達がタイミング悪く下に降りてきたら、鉢合わせしかねないじゃない。もしかしたらお父さんは本気でその女の人に入れ込んでて、その人と一緒にいるところを日和ちゃん達に見られても構わないと思ってたのかも知れないけど、不倫する男なんて大抵不倫相手の人生に責任なんて持ちたがらないものよ。事件のあった日、お父さんは『友達に会う』って言って家を出たそうだけど、多分お父さんとその女の人は本当に友達だったんじゃないかしら? 友達じゃないにしても、きっと男女の関係じゃなかったんだと思うわ」
確かに、おばあちゃんの言う通りかも知れない。
お兄ちゃんも私と同じことを思ったのか、今度は反論しなかった。
もしお父さんが本当に不倫をしていたとしたら、あの日の行動はあまりに大胆過ぎる。
あの『毛倡妓』が誰なのか、どうしてあの日お父さんと一緒にいたのか、ずっと知りたいと思ってきたけど、前よりもっと本当のことを知りたいと思った。
今更お父さんの潔白がわかったところで、簡単に気持ちを切り替えられる程お母さんの――人の心は単純にできてはいないだろうけど、もし誤解があるならそれは正してあげた方がいいだろう。
お父さんはもういなくても、私達はまだ生きているのだから。
私はおばあちゃん達に訊いた。
「誰か、お父さんの友達とか知り合いの連絡先知らない? もしかしたら、お父さんから何か聞いてるかも」
「うーん……共通の友達がいる訳でもないし、ちょっとわからないなあ」
おじいちゃんが眉を寄せて首を捻ると、おばあちゃんが言った。
「お父さんの荷物は全部伊武のおじいちゃん達のお家に送ったから、訪ねてみたら? きっと何か見付かると思うわ」




