―51―
おじいちゃんはちょっと困ったような顔でおばあちゃんと目を合わせてから、私に視線を戻してゆっくりと言う。
「……悪いけど、その人のことについては何も知らないんだ。お父さんが不倫していたなんて話はお母さんから聞いていなかったし、事件当時お父さんが女の人といたと聞いた時には、私達も本当にびっくりしたんだよ。お父さんは真面目ないい人で、日和達のことを可愛がってくれていたし、夫婦仲も良かったから、まさかお母さん達に隠れて余所の女の人と会っていたなんて思わなかったんだ。何かの間違いじゃないかと思ったけど、お父さんは事件の前に、その女の人と一緒に歩いているところを近所の人に見られていたそうでね……まあ、傍から見ていて幸せそうでも、男と女はいろいろと複雑なところがあるから、お父さんには余所の女の人に走る理由があったんだろうねえ。お母さんに心当たりはあるのか訊いたけど、特に思い当たる人はいないと言っていたし、きっと会社かどこかで知り合ったんだろう」
「そっか……」
私は思わず溜め息を漏らした。
すんなりあの『毛倡妓』の素性がわかるとは思っていなかったけど、やっぱりそう簡単には行かないみたいだ。
私がアップルパイにフォークを入れ始めると、おばあちゃんが少しむっとしたような顔でおじいちゃんに言った。
「あなたや令美は周さんが不倫をしてたって決め付けてるけど、私はそうは思わないわよ」
「何で父さんが不倫してなかったって思う訳?」
お兄ちゃんがアップルパイを頬張りながら、おばあちゃんにそう尋ねた。
お兄ちゃんの疑問はそのまま私の疑問だ。
あの『毛倡妓』がどこの誰かわかりもしないのに、おばあちゃんはどうしてお父さんの潔白を信じていられるのだろう。
不思議で仕方なかったけれど、おばあちゃんは自信たっぷりに言った。
「私は自分が育てた令美の見る目と、自分の人を見る目を信じてるもの。私、昔から信用できない人は何となくわかるのよ。そういう人は、何となく嫌な感じがするから。おじいちゃんはお見合いで初めて顔を合わせた全然知らない人だったけど、嫌な感じがしなかったからお嫁に来て、それでやっぱり間違ってなかったもの。周さんもそう。周さんはちょっと不器用そうだったけど、嫌な感じのしない人だったわ。令美も周さんのことを悪く言ったことはなかったし、きっと不倫なんかしてなかったと思うのよ」




