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 お父さんは私が五歳の時に、当時住んでいたマンションの目の前で、通りすがりの男の人に刺されて亡くなっていて、犯人はまだ捕まっていない。


 それだけでも相当にショッキングな出来事だったけど、その事件が我が家にとってタブー扱いになったのは、お父さんが刺された時に余所の女の人と一緒だったせいだろう。


 私が見たあの女の人は、きっと妖怪じゃなくてお父さんの愛人だとは思うけど、まだ小さかった私には血塗れのあの姿は怖過ぎて、妖怪めいたモノにしか見えなかった。


 そんな私とは別の意味で、お母さんはあの女の人を忌まわしく思ったのだろう。


 お父さんが死んでから少しして、お母さんは勤め先を変えてこのマンションに引っ越して、お父さんの物を家の中から一つ残らず消し去った。


 まるで、お父さんなんて最初からいなかったみたいに。


 お母さんは私達の前でお父さんへの恨み言なんて一言も口にしなかったけれど、子供心に何となくお父さんの話はしない方がいいのだろうと察したから、この家に引っ越してからお母さんの前でお父さんの話をすることはなかったし、お兄ちゃんと二人の時でもお父さんのことを口にしたことはなかった。

 

 たった一言でもお父さんの話をしたら、お母さんに敵だと思われて、お父さんみたいに捨てられてしまうかも知れない。

 

 お互いはっきりそう言葉にしたことはなかったけど、きっと私達は同じことを考えて、同じように怯えていたのだろう。


 お父さんのことは好きだったから、初めからいなかったように振る舞うことへの罪悪感はあったものの、まだ子供だった私にとって、生殺与奪権を握っているお母さんは絶対の存在で、お母さんに「酷い」なんてとても言えなかった。


 今でもそれは変わらない。






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