花火の不思議な3日間 上
ヒューっという風を切る音を立てて、1つの花が開く。その花に覆いかぶさるように、また別の大きく綺麗な花が夜空に咲いた。
咲いては散り、また新しいものが咲く。
その繰り返し。
2千発もの花が、環泉町の花火大会で暗い田舎の空を煌びやかに飾っていた。
町内の花火大会の割には、とても多くの花火が打ち上げられ、有名な花火職人たちが腕を振るうため、他の町…いや、他の県からも観光で訪れている人が数多くいた。
いつもなら埋まることのないホテルの客室も、今までのことが嘘だったように、1ヶ月前から満室となり、キャンセル待ちを待つほどだった。
最も綺麗に見えると言われている泉川沿いの土手は、人を見に来たのか、花火を見に来たのか分からないほどに人で埋め尽くされていた。
その人混みから逃げられるのは、家のベランダ、唯一の8階建てデパートの屋上、そして、私たちが今いるこの、みどり公園くらいだ。
私たち湯川 遥と篠崎 研人は、寂れた公園で2人仲良く並んでいた。みどり公園は、お互い家から10分もかからず、よく遊んでいた場所。5歳くらいの時に2人で迷子になって、花火を見つけた公園でもあった。
しかし、幽霊が出るという噂と、滑り台やブランコ、砂場だけしかないという質素さから、近所の人だってほぼ立ち寄らない寂れた公園だ。
だからこそ、誰もおらず、2人だけで花火を満喫していた。
「うわー! きれいだね。」
「うん、毎年すごいよな。」
同じような言葉をループさせながら、2人は目を輝かせ、花火を眺めていた。
その間はあっという間で、1時間もの時間だったはずが、いつの間にか最後の花火となっていた。
「さて、最後の花火となりました。町内の皆様への感謝の気持ちを表した、特大花火です。」
ノイズ混じりのアナウンスが、町内スピーカーから流れた。
「それでは、最後までお楽しみください。」
町長からの言葉を合図に、花火は今まで以上に大きいヒューっという音を立てて、風を切りながら空へと打ち上がる。
それはどこまでも、どこまでも高く上がっていき、日本中の全ての人が見えるのではないかというほどに、大きな花を開いた。
柳の枝のように下に向かって伸びてくる。耳をつんざくような大きな音がしても尚、まだ下へと伸びてくる。
「なんか…この花火、すごい勢いで下がってきてない?」
私が思わず、口を開いた。
「まさか、この光の粒がぶつかってきたりしてね。」
冗談で笑いながら言った。ただ、不安は不安だった。17年間この花火を見てきて、こんな想いになったのは
初めてだったから。
「まさかー。」
研人も笑いながら返した。
そんな何気ない会話の間もその花火は地面へと降り注いで行く。研人と私の周りはだんだんとその花火の光で満ち溢れていった。
「ちょっと、これ!やばくない!?」
「走れ!逃げるぞ! 遥、こっち!」
研人が私に向かって、左手を差し出す。私も彼の手を掴もうと左手を出した。しかし、その瞬間、花火の光の粒は、私たち2人に直撃した。そして、私たちはその場に倒れこんだ。
私たちが倒れてからどれくらいの時間が経ったのだろうか。周りが騒々しい。
重い瞼を開けると、そこには10名ほどの人集りが出来ていた。その中の人が良さそうなおばさんが、目を開いたことに気づいたのか、話しかけてきた。
「あんた! 大丈夫かい!? もうすぐ、救急車くるからね。今さっき呼んだからね!」
救急車…?
そうか、私たち、花火が当たって…。
研人は?
私は倒れこんだその場から身体を起こした。研人の右腕が私の肩からだらんと落ちる。どうやら、咄嗟に私を守ってくれたようだった。
隣に横たわる研人に目を向ける。
よかった…目立った外傷はない。
そんな私を他所におばさんは言葉を続けていた。
「それにしても、今年はなんでこんなことが起きたんだろうねえ。他のところでも何件かあったみたいだし。」
「え!? 他にもあったんですか?」
と私が聞くと、おばさんはため息混じりにこう答えた。
「そうなのよお。10件くらい…だったかねえ。だから、この町内は今、大騒ぎなんだから。それにしても、他の人たちもあんた達みたいに怪我はないのかねえ?」
たしかに、不思議だった。
なぜ、花火に当たったにも関わらず、2人とも怪我一つないのだろう…。
そんなことを考えていると、浴衣の裾が後ろから引っ張られた。振り向くと、研人がおばさんを気にしながら、こそっと話しかけてきた。
「遥、ほんとに怪我ない?」
「うん、大丈夫。研人も平気?」
研人は倒れこんだまま、満面の笑みを見せた。
「平気。なあ、俺思ったんだけどさ、このまま救急車に乗って行ったら、あとあと面倒なことになりそうじゃない?」
「たしかに…。こんな大ごとになってたら、家帰るまでが大変そう…。」
むしろ早く家に帰って寝たい。
その意思の方が強く感じていた。おそらく研人もそうなのだろう。
「な。じゃあ、まずはこの場からさっさと逃げよう!」
小声で話し終えると、ばっと研人は立ち上がった。おばさんや野次馬たちが、驚いて立ちすくんだ。
「僕たち、全然怪我してないので、病院へは行かなくて大丈夫です!なので、帰ります!」
話しながら研人はまだ座ったままの私の左腕を掴んだ。どうにか身体を持ち上げて、研人の隣に立った。
「本当かい? でも、救急車…呼んだから、見てもらうだけでも…。」
おばさんは、心配そうな声を出すが、それに被せるように研人は言葉を繋いだ。
「何だか疲れてしまったので、家で休みたいです。本当にご心配をおかけして、ごめんなさい。ありがとうございました。」
そうやって頭を下げると、おばさんは「そうかい?」というしかなかった。
「それでは!」
という研人の言葉を残し、私たちは逃げるようにその場から立ち去った。
私の家と研人の家は、100メートル程しか離れていない。ちょうど見えるか、見えないかといった距離だ。
彼が家に入ったことを確認すると、手を振って、家に入った。これが私たちの昔からの別れ方だった。
家に入ると、どっと疲れがやってきた。あの数時間で色んなことがありすぎた。
「ただいまー」
気怠げな声を出すと、リビングからドタドタと音を立てて、お母さんが走ってきた。ものすごい形相だった。
「あんた! 大丈夫だったの!?」
「あ、うん。大丈夫。」
今は話しても心配かけるだけだし、疲れすぎて話す気分ではなかった。
お母さんの横を通り、自分の部屋がある二階の階段へと向かう。
「本当に大丈夫なの!? ねえ!」
後ろからキンキンとしたお母さんの声が頭に響く。面倒臭くて、適当な返事をしながら二階へと階段を上って行った。
部屋に着くなり、ベッドに横たわった。汗でベタベタした浴衣が肌に張り付き、気持ち悪かったが、あっという間に眠りに引き込まれていた。
そして、不思議な夢を見た。
自分の身体の中で花火が1発、2発と次々と上がっていくのだ。10発の花火が打ち上がった時だろうか、新しい花火は打ち上がらなくなった。
打ち上がった約10発もの花火は、下に向かって垂れることもなく、消えることもなく、ただただその場で綺麗に咲き続けた。