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老人と孫娘

 その大きな港町は、今日も一日が終わろうとしていました。

 仕事を終えた人々は、ある人は酒場で友人と語りあい、ある人は家に帰り、家族と夕食を囲みます。

 どの建て物もゆれる炎の光を窓からこぼれさせて、楽しげな声をこぼれさせていました。


 並ぶ家々のとある屋根の上で、夜の涼しい空気に包まれながら、一人の幼い少女が空を見上げていました。

 夜の空はよく晴れて、満天の星が町を包んでいます。


「またこんな所にいるのかい」


 しわがれた声が聞こえて少女が振りむくと、開けはなしていた天窓から老人が顔をのぞかせていました。


「おじいちゃん」


 少女は祖父の顔を見ると、顔を輝かせました。


「よかった、探しに来てくれたのがおじいちゃんで」

「どうしてわしでよかったのかい?」

「だって、おじいちゃんならお母さんみたいに寒いからもう中に入りなさいって言わないでしょ。おじいちゃんならこれから私に付きあってくれるでしょ?」

「やれやれ」


 老人は苦笑いを浮かべながらも、屋根の上にはいだし、孫娘の隣に腰を下ろしました。


「ほら。あのすごく明るく輝いているのが木星よ」


 孫娘は夜空を指さしながら、あっちの星はこういう名前の星で、こっちの星の並びはあの神話に出てくる星座の一部だと祖父に教えます。

 それは、もう何度も繰り返されてきた光景でした。


 老人は空ではなく、孫娘の顔を見つめました。


「ふしぎだね。おまえはどこで星の見方をおぼえたんだろう。だれに聞いても、自分は教えていないと言うよ」

「だって私、星が大好きだもん」

「おまえほど星にくわしい人をわしは他に知らないよ」

「私はおじいちゃんがうらやましいな。おじいちゃんは世界中の星を見ているんでしょ」

「そうだね。星にくわしくはなれなかったけどね」

「私も大きくなったら船に乗りたいな」


 孫娘は目を輝かせながら言いました。


 老人はかつて船乗りでした。船に乗ってはるか東の国まで行き、貿易の仕事にたずさわりました。

 ただ、はじめて乗った船の旅は順風満帆なものではなく、途中で嵐に遭い、かつての老人はゆれる船からあやまって海に落ちてしまいました。幸いにも他の船に助けられましたが、その船の乗り組員によると、群れになって泳いでいたイルカのうちの一頭におぶわれて気絶しているところを発見され、その船に引き上げられたとのことでした。


 九死に一生を得た老人は、拾われた船で一生懸命に働きました。陸に上がってからはその船の持ち主である貿易会社で働き、国に帰ってからはそれまでにかせいだ金を元手に新しく商売を立ち上げました。そして、優しい娘と結婚しました。

 老人は子供にめぐまれ、大勢の孫にもめぐまれました。今、隣で夜空を見上げているこの娘は、老人の七人目の孫です。


 空では星がキラキラとまたたいています。


「今日もきれい」


 少女はうっとりと星をながめています。


「本当だね」


 老人も夜空を見上げながら、ぽつりとつぶやきました。


「なぜだろうね。わしは時々、おまえと一緒に星空が見たくて見たくてたまらなくなるんだよ」

「おじいちゃんも星が大好きだからじゃないかな?」

「そうかもしれないね」


 孫娘の言葉に老人はうなずきましたが、そうではないことはわかっていました。けれど、なにがそうではないのかは老人自身にもわかりません。

 ただ、この孫娘を見ていると、嵐の海に落ちた時のことを思い出します。


 あの時のことは、海に落ちてから引き上げられた船の甲板で目が覚めるまでの間の記憶はありません。なのに、助かるまでの間に、海の中でなんだか長い時をすごしていた気がするのです。海の生き物ではない人間が海の中で長い時間をすごすなんて、ありえないことだとわかっているのですが、どうしても消えてしまった時間がある気がしてならないのです。

 そして、消えた時間を思いながらこの孫娘と一緒にいると、少しだけ寂しくて、優しい気持ちになるのです。


 それからしばらく、二人はだまって星空を見上げていました。


 コトンと、孫娘が老人に寄りかかりました。

 孫娘は星空を見ながら眠ってしまっていました。


 老人は孫娘をそっと引き寄せると、宝物のように大事に抱きかかえて、家の中に戻りました。

 天窓が静かに閉められます。


 ひとつ、またひとつ窓から光が消えていく町の上で、星々はあいかわらずキラキラとまたたいていました。

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