星を見たい
峙玲です。今回はHな描写は全くないです。
「涙越しに見る夜空。見上げた空は滲んで何も見えない」
Sensus(セーンスス:感傷)と言う女性が歌っている『滲む夜空』。私はネット上で音声のみの音楽を配信している。
私はSensus。ラテン語で感傷。私は悲しい曲しか歌えない。
私に写る視界は真っ暗で、何も見えないから。
「星を見たい」
いつも、そう思っては叶わない願い。
誰に言っても「無理だよ」とか、「諦めなよ」とか言われる。
誰が無理って決めるの?私の脳に直接インプットすればいいじゃない。それができるなら、私はなんでもするわ。
電話が鳴った。私は未だにガラパゴス携帯を使っている。基本ボタン操作でわかりやすいから。
ピッ
「はい」
「あの、星を見たいと思いませんか?」
「はい?」
「申し遅れました、秋藤大和と申します。えっと、まだ大学院生です……」
大学院生!?大学院生が何の用!?
「僕の知り合いが、あなたが星を見てみたいと言っていたと言っていて……僕の研究内容だったら見ることが可能になるんじゃないかと思いまして……」
「どうやって??」
「脳に直接映像を送るんです。まだ実験段階なのではっきりとはわかりませんが……ただ、理論上は可能です」
「……」
彼の言っていることはすごい事だと分かる。視覚障がい者の私や他の人たちにも希望が生まれる。
「あの、明後日、来てもらえますか?10時に大学に来ていただけるとありがたいです!」
場所は私の家から電車を乗り継ぐこと1時間半程の大学だった。
「わ、わかったわ……」
「星を見たい」と言う願いに対して、マイナスの意見を言う人たちはたくさんいた。でも、彼だけは前向きに考えてくれていた。
私はそんな彼に少しだけ傾いていた。
脳に電気信号を流すらしい。よくわかんないけど、そんな感じだった。
「美鈴さん、いいですか?」
「ど、どうぞ」
目の前がキラキラと輝く。無数の星が瞬いている、瞬間的にそう思った。
「うわぁ!」
感動で思わず声が出る。声が出た以外に声は出てこない。圧倒された。探し求めてた、見てみたかった星が、夜空が目の前に広がっている。
感想を求められても何も言葉が出てこないだろう。それくらい、美しかった。
「秋藤さん、ありがとうございます」
私は彼に現実に戻してもらった。
「秋藤さん、貴重な体験をさせていただいてありがとうございました。脳内に直接見せるからこんな私でも見ることができるんですね」
「あ、いえ、こちらこそ協力していただいてありがとうございます。もし、よろしければ、またいらしてください。いろいろな映像を用意しておきますので、イメージの参考までにしていただけたらな、と思います。将来的にはコードレスに出来たらいいと考えております。歩いているときのナビゲーションシステムとして使う事も可能になるでしょうから」
「質問いいですか?この技術って、手を動かしたら現実でも動いたりはしますか?」
「現実で使うのが目的なのでその辺は問題にならないと思います」
「そうですか。ありがとうございます」
それを最後に私は大学を後にした。
やっぱり、彼の声が聞きたくて、1週間後に私は大学へ向かった。
「こんにちは」
「美鈴さん!ようこそ」
「あ、あの、あなたの姿が見てみたいです」
「?」
困った顔をしていると思う。彼を私は困らせたと思う。
「あ、いえ、忘れてください。あの、次の曲のイメージとして昼間の空が見てみたいです。清々しい青いが」
「え、あ、はい」
「準備出来ましたよ」
「はい、お願いします」
目の前の暗闇が波打ち、青空へと変わる。
「……」
初めて見た青空はきれいで、この空に悲しい曲は似合わない、そう感じた。
「あ、ありがとうございます……!」
目を凝らすと人が立っている。あれは、誰だろう……?
「あ、美鈴さん。秋藤です。秋藤大和です。これが僕の姿です」
茶髪に茶色の目。くるくると天然パーマ、もしくはくせ毛が印象的だと思う。人懐こそうな笑顔。
「えっと、偽物……とかじゃないですよね……?」
「本物ですよ、一応」
「い、一応……?」
「映像を撮って送ってるだけなので本物かと言われたら一応と答えるべきかなと思ったので……」
「ふっ、ふふ」
「笑わなくてもいいじゃないですか……」
「ごめんなさい。後で、顔触ってもいい?その映像が本物か確かめてみたいの」
「そういう事なら……」
ペタペタ
ペタペタ
「映像と同じです」
フワフワ
「髪の毛はフワフワしてて柔らかいんですね」
ありがとうございました、と言うと私は大学を後にした。
あれから数週間がたった。私はボーっと部屋の隅で一人膝を抱えていた。
何もしない、何も話さない。何も考えない。
気力がわかない。ただ一人、ジッとしている。
秋藤さんは何度か電話をくれたが、私は取らなかった。
何をしても心は動かない。
見えない事への絶望が私を蝕んていた。
見てしまったから。綺麗な夜空を、青空を。
見てしまったからこそ現実に打ちひしがれている。
目が見えれば私は今幸せだったのか。
あんな世界、見なければよかった。
記憶を消したい。
全ての記憶を。
また、電話が来た。
秋藤さんだった。
気まぐれに電話を取った。
「はい」
「ああ、やっと繋がった」
「秋藤さん、記憶を消すことってできるんですか?」
「えっ!?」
「記憶って消せたりしないですか?」
「え、いや、出来ないですけど……」
「そう、ですか……」
「あ、そうだ!現実で使えるようになりましたよ!カメラをセットして、そのカメラが映し出した映像を直接送るんです。使ってみてもらえますか?」
「……!はい!もちろん!」
私は急いでシャワーを浴び、着替えると電車に乗った。
「お、お待たせしました!」
震える声で挨拶をすると、人の気配がない。
変だな、と思うと突然めまいがした。
遠くなる意識に抗えず私は倒れた。
目を覚ますと、明るい、と思った。
産まれてから一度も見たことない光。
「ここは……?」
病院のベッドに横になっている私が窓に映る。
サイドボードには『ごめんなさい、美鈴さん』と書かれたメモ。
何があったのかわからない。
何が起きたのか、わからない。
ただ、もう秋藤さんには会えないとどこかで確信していた。
私に残されたのは、小さな命だけ。
私はこの小さな命の為だけに生かされたのだと、思った。
彼の正体は判らない。判らなくてもいい。
彼からもらったモノだけで私は充分だと思えた。




