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変のよしあし  作者: ころ太
プロローグ
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プロローグ

  


 なにがいけなかったんだろう。

 どこでまちがえてしまったんだろう。


 何度も何度も繰り返し考えた末に辿り着いた結論は、きっと『最初から』だということ。私という存在がこの世界に混じってしまったことが間違いだったのだ。つまりは私を生んだ母が悪い。育てることを了承した父が悪い。


 ――自業自得。


 その言葉は己の心に鋭く突き刺さる。

 20年以上の月日を好きに生きてきたのはどこの誰だ。これまでの人生をどこまでも汚し尽したのは、自分自身のくせに。自分の選択を間違いだと認めたくないからって、両親に責任を押し付けて。結局、我が身が可愛いくて仕方がないんだ。潔く認めよう。私は、周囲が口を揃えて言うように、救いようのない屑だった。他人の意見が正しくて、自分の主張は間違いだった。だから作り上げてしまったこの現状は、きっと必然だったのだ。悪いのは間違った私だ。全部ぜんぶ、私が悪い。


「喜代」


 今にも泣きそうな目で、幼馴染の少女が私の名を呼ぶ。やめてくれ。どうか、見ないでくれ。お前の純粋で透き通った瞳に映りたくはないんだよ。醜悪でおぞましい私の姿で、お前を汚したくはない。


「喜代は、悪くない」


 そう言うと思ったよ。誰よりも臆病なくせに、誰よりも優しいんだから。私が意地を張っていたせいでずっと疎遠だったのに、大事な時には真っ先に駆けつけてくれる。そうだ。昔からそうだったな。お前はいつだって、私の味方でいてくれたもんな。気が弱いくせに、一丁前に守ってくれてたんだよな。


「気持ちは嬉しい。けど、私が悪いんだ」


 流石に今回は駄目だ。取り返しがつかないことを私はやってしまったんだから。どんな擁護も通用しない。子供の悪戯でも、若さゆえの過ちでもない。今までやってきた暴挙をどれだけ積み重ねても、今回の惨状には届かない。これは謝って済む問題じゃないんだ。それだけ、酷いことなんだよ。


「でも」

「うるせぇ黙ってろ。あと、泣くなよみっともない」


 懐かしさが胸を焦がす。いつもすぐに泣くから慰めるのに苦労したんだよな。大変だったよあの頃は。しかしこいつ、大人になっても泣き虫なところは変わらないのか。背が伸びて顔つきも凛々しくなったから成長したなぁと思っていたのに。変わっていないことを嘆くべきか、喜ぶべきか。んん、両方だな。

 つい昔の癖でぽろぽろと零れる涙を拭ってやろうと腕を動かしたが、大事なことに気付いてすぐに止めた。だって、私の手は普通の手じゃないんだ。こんな手で、触れていいわけがない。こんな汚れた手を伸ばしていいわけがない。


 彼女の視線から逃れるように窓の外を見れば、桜の花弁がひらひらと軽やかに空を舞っていて綺麗だった。景色を楽しんでる場合じゃないけれど、どうしようなく惹きつけられてしまう。だって桜は春に咲くから。春は、私が生まれてしまった季節だ。ちょうど桜が満開の頃に私は産声をあげたらしい。誰に教えて貰ったか覚えてないけれど、頭の隅っこにずっと残っていた情報だ。どうでもいい事なのに、不思議とずっと残っている。


「なあ、私の生まれた日って、覚えてるか」

「うん」

「そうか」


 まだ覚えててくれたんだな。疎遠になる前は、毎年私の誕生日にサプライズを企画して祝ってくれて何度も驚かされたっけ。楽しかったよ、本当に。素直に口に出したことはなかったけどさ。嬉しかったんだよ。あの頃は、いつだって、楽しかった。幼馴染と過ごした日々は、ずっと、ずっと、輝いていて。あの頃は間違いじゃないんだって、今でも思う。


「喜代の誕生日は、4月1日だよね」

「ああ」


 エイプリルフール。嘘の日。私が生まれたことが嘘だったら良かったのに。私が起こした出来事が、全て嘘であればどれほど良かっただろう。どれだけ足掻いても、逃げ道を探しても、無駄だ。過去は変えられない。もう、なかったことにはできない。嘘にはできない。

 

 だが、未来を虚飾で塗りつぶすことはできる。


「今から私は、最低なことを言う」

「うん」

「聞けば、お前の人生は滅茶苦茶になる。だから、逃げるなら今のうちだ」

「わかった」


 幼馴染は動かない。目元に残った涙の残滓を振り払い、決意の表情で私を見ている。……駄目だこいつ。一切躊躇していない。そうするだろうなと思っていたけれど、少しは躊躇ってくれないとこの先いらん損をしそうで不安だ。いやいや、これから地獄に突き落とすのは私だというのに心配してどうする。そんな資格はもうない。


「私が言ってること、理解できてるか?」

「もちろんわかってるよ。私たちのだいじなものを守るんでしょ」

「……ああ」


 私がこれから何を話すか、彼女はもう解っていたようだ。全て理解した上で、その場に堂々と立っている。臆病で泣き虫で、いつも私の後ろにいた幼馴染。そうだ、思い出した。こうやって堂々と前に立つときは、いつだって、何かを守る時だった。


「私にできることは何でもやる。どんなことでもやり遂げてみせる」

「言うようになったなぁ」


 逃げて欲しかった。突き放して欲しかった。私なんかの為に、人生を犠牲にしないで欲しかった。この幼馴染だって、私のたいせつなひとなのに。守りたいひとのはずなのに。


「いいんだよ、大丈夫」


 ごめん。

 ごめんなさい。

 間違えてごめんなさい。


「わたしが、ぜんぶ守ってみせるから」


 私が悪いんだ。

 そう言っても、きっとこいつは恨んでくれないだろうな。

 最期まで味方でいてくれるに違いない。

 

「きっとわたしにしかできないことだから」


 そんなことはない。他にも方法はあるはずだ。私が彼女に頼むことは、きっと赦されることじゃない。最善とは言えない。今からでも遅くはない。やはり幼馴染に託すのは止めて違う方法でどうにかしないと。

 重くなった体をどうにか起こして、立ち上がる。一旦、この場から離れよう。自分が犯した罪は、自分で始末すべきだ。その後のことは、知り合いに頭を下げて託せばいい。

 しかし、幼馴染は立ち塞がる。


「腹は括った」

「いいんだ、もう」

「だから、喜代も腹を括れ」

「…………」


 自分に嘘を吐いた。ごめん。やっぱり幼馴染に託すのが最善手なんだ。私の空っぽの頭じゃこれ以外、思いつかないんだよ。なんでだ。なんでこうなったんだ。私はただ、普通に生きたかっただけなのに。



「やってやるよ、四月馬鹿」



 今まで見たこともない顔で笑うもんだから、思わず吹き出してしまった。私たちはもう、昔には戻れない。あの日々は二度とやってこない。でも、守れるものはまだ残ってる。なら、最期まで守ろう。私たちのだいじなものを。


「押し付けてごめんな」

「慣れてる。昔はよく苦手だからって私にホウレン草を押し付けてきたじゃん」

「お前だってニンジン嫌いでこっそり私の皿に入れてただろーが」


 場にそぐわないやり取りで、私たちは笑い合う。今だけは他のものから目を逸らして、見ないようにして。一緒に居なかった時間の空白を埋めるように、他愛のない会話を続けた。それも、ほんの数分だけだ。時間は限られている。


「それじゃ、後は頼んだ」


 こくりと幼馴染は頷く。華奢で頼りない背中に重たいものを背負わせてしまうことにとてつもない罪悪感が湧いた。お互いに腹を括ったのだから、もう引き下がることはできない。私は悪者だ。純粋な人間でもない。だから、悪い化物らしく、非道であるべきなのだろう。


「任された」


 頼もしい言葉を聞けて安心する。きっと、この幼馴染なら間違えない。

 


「――なら、始めるぞ。盛大な四月馬鹿を」



 麗らかな春の日。

 私たちは、約束を交わす。


 窓の外では相変わらず、桜の花弁がくるくると楽しそうに踊っていた。


  

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