からかい戯作者
「俺ぁただのからかい者さ」
と嘯く男がここに一人。
江戸のとある長屋の一室にて今日も筆を振るうこの男、巷じゃ名の知れてきた戯作者である。本を出せばたちまち、とはいかないものの、それなりに売れるといえば売れるのである。
男自身書き始めた当初はそこそこ売れるとは思っていなかった。昔から寺子屋で人を面白可笑しく語った文を書いては人を笑わせるのが好きだったのが高じて、知り合い一人笑わせるくらいの物語などを作ってみたいという欲が出た。
意外とその欲は呆気なく果たされることとなり、友人はこう言うのだ。
「おまえさんおまえさん、こりゃおもしれえから、真剣に書いてみたらどうよ。わしゃいいツテを知っている。そこから本を出しちゃあもらえねかと頼んだるよ」
そんな大きい話にしなくても、とは思えど売れたら売れたで面白そうだと思ったその男、ついにその誘いに乗った。
しかし今までにないくらいの面白い文を書いちゃると意気込んで書いたその本、友人からしても「今度のは面白くねえ、こりゃ売れねえぞ」と駄目出しをされる始末。
「お前さんが書きたい物語を書いてくれるかよ。こんな、力滾ったのは似合わねえ。前のように、肩の力を抜いて書いてくれよ。俺を笑わす程度の気持ちでさ」
なんていうものだから、気負い気負ったその心持ちが微妙に引き止められた。
しかし確かに、今回は力が漲りすぎたのかもしれない。読んでみても、これは誰も笑っちゃくれねえなと思う始末。
では、何なら笑ってくれるか?
男はいつだって人を面白おかしく描いた。時にそれで叱られたことはあったが、とにかく自分が面白おかしく思ったことは、書かなきゃいられぬたちだった。
しかし、今までのは全て自分の視界に映ったものだけを描いていたのでは?
いつだって、見えるものしか、見ていなかったのでは?
その時だ、彼が自分の見えないものに手を出したのは。
人というのはたくさんいる。掃いて捨てるほど、この江戸にはいる。そこに面白おかしい事がないわけはない。今まで以上の面白おかしい事があるはずなのだ。
そして特に面白おかしいネタにできるのが、政治家連中だった。真面目そうに踏ん反り返っている奴もいれば、豪遊ざんまいの奴らもいる。そんな一握りの奴らにこの江戸は振り回されていると考えると、なんで面白いものか。
「おれぁ臆病者とは言ったがね、これぐらいはお上も許してくれっだろ、って書いてるのさ」
そして仕上がったのが今をときめく政治家をネタにした風刺ものだった。天性の風刺作家は、ようやく自分の道を見つけたというわけである。
売り上げは他の人気作のおかげで劣ってはいるものの、人気といえば人気であった。
「こいつぁ、笑わせてくれるし、何より俺の心をスカッとしてくれるぜ! そりゃあ、最近の政治家は倹約質素、文武両道と唱えてうるさいもんなぁ。ぶんぶぶんぶ蝿のように五月蠅し、しかしあまりにも高いところにいるので仕留められじ、ってのが痛快だ!」
と絶賛の声。
男はそのままノリに乗ってまた一作、次に一作と皿にその筆を震わす。次第に名が売れるようになり、鼻持ちも高くなる。
しかし、「こんなにうまくいくなんてむしろ怖いくらいだぜ」などと時々弱音をこぼすこともある。その片手にはちょいと高い煙管を蒸しているのだから、説得力なんてあったものではないが。
しかし運命とは非情なものであるかな、彼はとうとう自らがネタにした政治家に目をつけられることになる。
人気が出ればそれこそ大勢の人間が読むようになる。さらに民衆というのはその面白いネタを口伝えに広げあげ、普段はその本を手にしないだろう真面目な幕府の人間にまでその噂は耳に届く始末だ。それがあれよあれよと、とうとう今をときめく政治家にまで至ってしまったという次第。
「この本は、私を面白おかしくしてるそうだな。全く、実に遺憾なことだ」
ただ、その一言で男の運命は急転直下。政治の頂点立つ者は、ただ一言の不満だけで周りを動かすもの。周りは周りでその言葉をその意味以上に汲み取り、自らにも波風が立たぬようにとその処理を急ぐ始末。捜査の手はとうとう戯作作家の男に伸びてきてしまったという次第。
そして男のもとに届いたのは、一通の出頭通達書だった。
「とうとうこんなのがきちまった、年貢の納め時なのかもしれねえなあ」
と、その通達書で頭をペシンと叩いておどけてみせる。対して相対する友人は、どこか不安げな様子ではある。
「その……だな、俺が本を出そう、なんて言ったばかりにこんなことになっちまった……。すまねえ……」
「泣くなよ、我が友。まあ、おれもこんなことになるたあ思わなかったさ。でも、意外と面白かったんだし、お前には感謝してるぜ? さあ、今日は酒を飲もうぜ、最後の晩餐だ」
涙流す友を前に、お猪口にちょちょちょと酒を汲み入れる。
その日飲んだ酒は、妙に暖かな味がした。
ついに下されたその判決、男は50日手枷を嵌められ、出版した本は全て絶版処分と相成った。今まで書いた本が全て駄目ということは、男からしてみれば書くもの全てが罰に値するのと同義である。たとえ手枷が外れたところで、もはや執筆活動は断念せざるを得ないと思えた。
「んなこたあ、ないさ。おれはからかいものだぜ? 政治が駄目なら市井をからかってやればいいし、それも駄目なら馬だろうが犬だろうがをからかえばいいだけ。からかって面白おかしく書いてやるさ」
と、全く懲りない始末である。
その後、手枷が外れた男が書いた物語は、以前のように人気とは言わず、鳴かず飛ばずの様相だ。しかし、それでも男は書くのをやめない。一年の間に何冊かは必ず本を出していた。末の頃になると、売れるのはただの一冊だけ、などという閑古鳥の鳴くほどの酷さであるが。
「まあ、いいってことさ。誰か一人でも、おれの本を読んでくれてる、ってことでさ」
自らの境遇に嘆くことなく、むしろ陽気に笑っていたその男。その最期を知る者は誰もいない。とある時を境に本が出なくなったので、そのあたりで亡くなったのだろう。
最後の本は、一度は花開き、しかし花ゆえに枯れ落ちて、なお花となり這い上がろうとする種の物語。雨にさらされ、風に飛ばされてもなお、種は懲りずにこう言うのだ。
「拙者、いずれは生まれ出た我が木よりも大きくなり、かの花より面白おかしく咲かして見せましょうや」




