第6話 犬神憑きの呪いを跳ね返す方法
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「仕方が無い。呪いを跳ね返すか。」
「そんな方法があるなら、さっさとやりなさいよ。」
もう煩いな。人を呪えば穴二つって言うじゃないか。跳ね返して呪った側の人々が死ぬのを見るのも嫌だったんだよ。
何割かの呪いは切り裂いたし、1人を殺すような呪いだ3人に跳ね返ったとしても死なないだろう。多分。
「お前たちの呪いには致命的な欠陥がある!」
僕は呪った側の3人の女性たちを指さして宣言をする。
「「「何を言っている。呪われろ。犬噛巳の財産を奪うやつは呪われるがいい。」」」
「貴女たちの財産は僕にも『西九条れいな』さんにも奪えやしないんだ。何故ならば、その遺言状が無効だからだ。ええっと、そうそう。遺言書の確認は財産があること、遺言書をあることを知ってから3ヶ月以内に行なわなくてはならないと法律で決まっているんだ。」
僕はスマートフォンを操作して相続税に関するサイトを開きながら話を始める。僕も両親が死んだときに相続のことが何も解らなかったので、相続専門の弁護士事務所に門を叩いたのだ。
相談料は高かったが1時間掛けて一通りのレクチャーを受けて最後にその事務所の所長が書いたという相続税の書籍を買って終わった。
「そうでしょう? 弁護士さん。」
「えっ。あ・・ああ、その通りだが、故人の遺言というものは神聖なもので決して厳かにしてはいけないものだ。」
金ピカのバッヂを着けた男性が一般論を繰り広げる。
「それはそうですね。だからその遺言書は参考資料なわけですよ。法的拘束力は全くありません。全く無いのですが、既に3ヶ月経過していますから相続人は決定しているんです。故人の妻に3人の娘さんの貴女たちだ。しかも故人はまつたけを卸して生計を立てていた。所得税の申告期限も越えていますので追徴課税をされてしまいます。」
僕の場合は普通のサラリーマンだったし遺言書も借金も無かったからこの手続きは必要無かった。この期間で相続放棄もしなければならないから故人が借金だらけだったら、恨まれたに違いない。弁護士が。
「那須くんって誰の味方なの? これで私は遺産を受け取れなくなったじゃない。」
おいおい。スターグループのオーナー夫人とあろうものがたかだか5億円くらいで。
そうか。金に汚い『西九条れいな』さんだっけ。これも演技の延長線上なんだ。
「呪いを受けてまであの遺産が欲しかったんですか? 受け取れないわけじゃないですよ。まだ遺産の分割協議は済んでいませんから、あの方たちが遺言書を尊重して贈与税を払って差し出して貰えばいいだけですね。」
本当は民事賠償訴訟でも起こせば、向こうの不手際で貰えなくなっているので勝てるだろうがそれでは元の木阿弥だ。
「そんなの絶対に無理じゃない。」
まあ普通はそう思うよね。でも違うんだな。
「そうすれば呪いは贈与税という形で奪っていった国に向うことになります。さあどうします? 呪う対象が居なくなって跳ね返されて自分が呪われてしまうか。それとも遺言書通りに遺産の半分を差し出して呪われなくなるか。」
今度は3人の女性たちに向って語りかける。彼女たちは顔を見合わせて困惑した表情になっている。
まあそんなに上手くはいかないんだけどね。既に故人の妻は亡くなっていおり、財産分割の協議の結果も出ていないので遺産の半分は妻のモノと確定している。勝手に死んだ人間の取り分を減らすことはできないのだ。
残り半分を相続税と贈与税を払って差し出す必要が出てくる。故人の妻が財産を遺産以外にいくら持っているかわからないけど故人の妻が相続税を払った残りを3等分してさらに相続税を払った残りが彼女たちの取り分となる。
これは相続税を追徴課税されなかった場合の話だ。
「まあ相続税の申告期限の10ヶ月つまりあと4ヶ月ゆっくり考えてください。」
万が一、故人の妻が亡くなっていることをいいことに財産を3分割して受け取ったと申告した場合は追徴課税されるだろう。
いったい彼女たちに幾ら残ることになるんだか。
「ちなみにこの弁護士さんはニセモノですので、遺言書を扱ってはダメな人間なんです。だから、相談しないほうが身の為です。」
初めから『鑑定』スキルで確認していたのだが名乗った名前も違えば職業も違う。
「何を言っているんだ貴様。私は本物の弁護士だぞ。このバッチが見えないのか貴様は。」
金ピカのバッヂを着けた男性が喰って掛かってくる。
「あのですね。弁護士の方が着けているバッヂは純銀製の金メッキなんです。貴方のような壮年の弁護士のメッキが剥がれていないわけが無いんです。テレビや映画に出ている弁護士役の俳優さんじゃないんだから、レプリカなんて着けないで頂けませんかね。映画監督の『観奇谷鬼好』さん。」
どうやって、ニセ弁護士が故人に近付いて遺言書を書かせたのかはわからないが金ピカの弁護士バッヂで信用させたんだろう。
弁護士が本物かニセモノか調べるには日本弁護士連合会に問い合わせるという曖昧な手段しか居ない。今回のように実在の人物の名前まで詐称されると確かめる手段が用意されていない。昔の黒革の手帳を見せて警察官を詐称する手口みたいなものだ。
これで彼女たちは弁護士に相談しなくなる可能性が高い。そうなれば追徴課税される可能性が高くなる。あれだけ呪ったんだ。これくらいのお返しはしてもいいよね。
☆
とにかく志保さんが呪いの対象から外れたので屋敷を辞去することにした。
『観奇谷鬼好』は彼女たちに任せて置いてきた。
彼が弁護士を騙ったことは軽犯罪法違反程度である。大それたことをした割に大した罪に問えない。それに彼女たちが損害を被ったのは故人の所得税の追徴金だけだから、損害賠償請求できる金額も少ないに違いない。
但し、彼女たちが『観奇谷鬼好』を煮ようが焼こうがこちらは口を出さないことは伝えてある。
『観奇谷鬼好』は『西九条れいな』を誘拐した人物でわいせつ目的の略取・誘拐罪を適用され実刑判決が下りていたが、最近刑務所から出所していることは聞いていた。
こんな大掛かりな仕掛けを組んでくるとは思わなかった。しかも全てが露呈しても本人に罪は殆ど問えないように作りこまれている。
まあ人を呪うような人たちに良識があるはずもないので闇から闇へと葬られてしまうだろう。元々、この場に居なかったはずの人間なんだから。
「ねえ、その子どうするの?」
犬神のタマは僕の肩に乗っている。
「もちろん飼いますよ。こんな手乗りサイズだし、人間の言う言葉も理解できているようだし、後はコウスケくんと仲良くしてくれればいいのですが。」
「ちゃんと人間の姿に化けますから私をご主人さまのお嫁さんにしてください。」
タマが肩から飛び降りると16歳くらいの女の子の姿に変身した。耳としっぽが出ているのはまだいい。いまどきコスプレは珍しくないからな。でも裸は止めて欲しかった。
僕は慌てて『箱』スキルから適当な服を見繕って強引に着せる。まだ犬噛家の屋敷の中で良かった。これが道端で変身されたらロリコンの烙印を押されてしまうところだった。