腐男子御曹司の「ファニチャープラザ。ONITSUKA」
お読み頂きましてありがとうございます。
間が空いてしまってごめんなさい。
番外編はゆっくりと投稿するつもりです。
気長にお待ち頂けると嬉しいです。
まただ。
高層マンションの地下の『ファニチャープラザ。ONITSUKA』に来ると視線を感じることがある。
プロ野球選手時代を知っている人間だろうか。
いやそれなら顔をジロジロ見るはずだ。
こんな全身を舐めるように見るはずが無い。
今日はこのマンションの賃貸に入居が認められたので家具を見にきている。この店は高級家具ばかりを扱っており高いのだが渚佑子さんを通すと結構割り引いて貰えるのだ。
「幸広さん。何ニヤニヤしているんですか?」
鬼束幸広。
『ファニチャープラザ。ONITSUKA』を経営する鬼束スタッフの社長で山田ホールディングスの元従業員である。
この男は昔から僕の前で意識を飛ばしてしまうことが良くある。その度、ニヤニヤと気持ち悪い笑いを浮かべる。良くこんなので社長なんてやっていられるものだ。
「いや、何でも無い。それよりも今日はこの北里に案内させる。新人なんだ。」
高身長痩せ型のイケメンだ。この家具屋の販売員はイケメン揃いだ。いったい何処から調達してくるのだろうか。いつも不思議に思う。
ドッグカフェオープン当初にアルバイトを探した記憶が蘇る。犬と主従関係を正しく作るには身体が大きな男性のほうが何かと都合がいいこともあって探したのだがなかなか見つからなかった覚えがある。
女性従業員は普通の可愛い女性が多く。一部を除き、化粧も派手じゃない。まあその一部が問題なんだが・・・。
「ああ別に構わない。」
僕の視線はその隣に居る2人の女性に向く。2人ともその一部の例外でバッチリメイクをしている超絶美人だ。
「聡子とツカサは知っているよな。聡子が指導しながら説明させる。ツカサは案内係だ。誰に隣について欲しい? よりどりみどりだぞ。」
よりどりみどりって、今使う言葉じゃないと思う。女装家なのか男の娘なのかニューハーフなのかはわからないが目の前の2人は『鑑定』スキルを使うと男性となっている。つまり、この場には男性しか居ないことになるのだ。
「じゃあ。ツカサさんでお願いします。」
彼というか彼女とは顔見知りだ。荻尚子の代わりにダンスの指導を行なっているニューハーフパブ『ガラスヤ』のキャストだった時代を知っているから。幸広さんの友人と紹介されただけの正体を隠している聡子さんに相手をしてもらうよりは心理的に楽だ。
さらに北里という男もこちらに熱い視線を送ってきている気がしてならない。
多分、気のせいだろう。舐めるような視線は相変わらずで『超感覚』スキルを使い、そちらに視線を向けると他のイケメン販売員が凝視しているのがわかる。そして僕が視線を向け続けているとやがてそれに気付いたのかやっと視線を逸らす。
「ちゃんと幸広さんに可愛がって貰っているみたいだね。」
噂好きな他のキャストから聞いた話ではかなりの頻度で幸広さんがツカサさんの元へ通っていた時期があったらしい。
性転換手術を行い、戸籍まで変えた後、それまでの彼女の収入からすると天と地ほど違う鬼束スタッフに就職したことから彼女が幸広さんに惚れ込んでいたことは間違いない。
でも幸広さんには奥さんが居る。それも結婚したばかりで子供も幼かったはずだ。
これがニューハーフの現状だ。戸籍を変えても結婚してもらえるとは限らない。多くはひっそりと昼間の会社で働いているか、夜の世界に舞い戻ってくるか。どちらかだ。
彼女のように全てを知って理解している人間が傍に居るというだけでも恵まれているほうなのかもしれない。
「とても幸せよ。」
蕩けんばかりの笑顔を向けてくるところを見ると良好な関係を築けているみたいだ。
鬼束夫妻の夫婦仲の良いことは有名で少し心配だったのだ。
「なんだ知り合いか?」
幸広さんが何故かガッカリした様子で聞いてくる。後でバラそうとでも考えていたらしい。この男も意外と性格が悪いからな。
「ああ『ガラスヤ』にはダンスの振り付けに行くからな。」
「へぇいいな。」
「何がいいんだ?」
「彼女たちの表の顔も裏の顔も見れるだろう。」
「裏の顔を見たいのかい?」
羨ましがるほどいいものじゃない。
ダンスの練習ではスウェット姿だし、大抵は化粧前だったりするし、下手をするとヒゲ剃り前だったりするのだ。ツカサさんもきっと朝は早起きをして裏の顔を見せないようにしているはずだ。
しかもその姿で迫られたりしたら、必死に逃げることになる。化粧後の姿だったら無碍な扱いをしないつもりだ。しかし罵倒したくなくてもしてしまうこともありえるのだ。
「裏の顔というよりは幾つもの仮面を持つ人たちが多いじゃないか。今みたいに年に数回ショーを見に行くだけなら良いけど、誰かに付きっ切りで相手をして貰っていると自分の見ている顔が本当の顔なのか自信がなくなってくるんだ。」
幸広さんがツカサさんの様子を窺がうように言う。彼らは本当の顔を見せ合うような関係になっている。そう確信する。
「そんなことを考えていたの? 私はずっと本当の顔を・・・。いえ違うわね。綺麗な顔しか見せてこなかったかもしれない。」
嫌われたくなければ醜い顔を押し隠すのは当然だ。それはたとえ夫婦であっても同じことだろう。
「仕方が無いんじゃないかな。それこそ本当の顔はベッドの中でも見せないのが女性だからな。それに夜の蝶なんてトップクラスになればなるほど、そんなものだよ。きっと。」
昼間の蝶の瑤子さんでさえ、本当の顔を見せたのは後にも先にも犬噛巳村でそういう関係になったときだけだろう。あのときは本当に狼みたいだった。
「しかし、未だに通っているとは思わなかったな。そんなに好きなのか? そういえば、この間周年の振り付けをしてきたぞ。」
今年19周年らしい。周年記念と言ってもそれまで踊っていた40分の振り付けに10分ばかり追加しただけのダンスを暇な月曜日から木曜日に渡って特別公演と謳って客を集めているだけだ。
「奥さんにせがまれるからな。なあまだ、この話を続けるのか? 他のお客さんも居るんだから、そろそろ止めよう。そういう話はプライベートのときに聞きたい。」
聞きたいんかい。
確かにこれだけニューハーフという人種が知られているのに未だにゲイと混同する人間が多すぎる。ニューハーフは異性愛者に女性として愛されたい人であって、同性が同性として同性に愛されたいゲイとは全く違う存在であることが理解できないのだ。
会話の中にニューハーフやオカマやオネエという単語を挟まなかったつもりだが、他の客に知られると営業に支障が出るのは確かだ。
少なくとも『ガラスヤ』の振り付け師として関わっている以上、知らなかったで済まされない問題だ。セクシャリティに関する話は非常にナイーブな問題なのだ。決して外で喋っていい話題じゃない。そういう意味では少々軽率だった。
「すまない。上のオフィスで話そう。」
しかし、北里という男はこういった会話をしても大丈夫ということだ。異装者じゃないことは『鑑定』スキルで女性と出ていないことでわかる。ということはゲイなんだ。
つまり、この男は僕が好みで熱い視線を送ってきていることになる。
異装者にニューハーフにゲイ。幸広さんは違うだろうがツカサさんを囲っている時点で完全なノーマルとは言いがたい存在だ。ということは、先程の舐めるような視線を送ってきたイケメン販売員もノーマルな男性では無いのだろう。
そして、オフィスに向う今もまたあちこちから多くの視線を感じている。この店にはいったいどれだけのゲイが存在するのだろう。
☆
全くこんな推理力なんか要らない。幾ら差別主義者じゃない僕でも沢山のゲイの視線に晒されて平気なわけじゃないのだ。
わざわざ彼らのテリトリーに踏み入ろうとは思っていない。
僕はオフィスの社長室に入り込み一息吐く。北里という男はショールームに置いてきた。
「幸広さん。商品を5割引で手を打ってやるよ。」
社長室にあったソファに座ると普通の女性社員が冷たいお茶を置いていく。
「急に何を言い出すんだ。5割も引けるわけが無いだろう。」
「やっと解った。何故いつもニヤニヤ笑っていたか。妄想するのもいい加減にしてくれ。僕はノーマルなんだ。僕をモデルにしてBL漫画を描いてやがったら、球団社長に訴えるからな。」
この男、鬼束スタッフを立ち上げる前に漫画家をしていたらしく。渚佑子さんが嫌悪感一杯に吐き捨てたことを思い出す。
「展示品で良かったらタダであげるから、それだけは止めてくれ。」
もう既に描いているらしい。勘弁してくれよ。
「那須くんって、差別主義者なの?」
お茶を持ってきた女性社員が目の前に座る。奥さんの梓さんだ。
「『ガラスヤ』の振り付け師だぞ。ありえない。」
幸広さんが否定してくれる。でも嬉しくない。
「だよね。ねえねえ。質問してもいいですか?」
この女性もニューハーフが好きらしい。そうでなければツカサさんが幸せにならないだろうけど。
「あっああ。」
なんだろう悪い予感しかしない。この手の女性の質問は怖い。
「那須くんが1度『ガラスヤ』の舞台に立ったと聞いたけど、どんなんだったの?」
慌てて口を手で押さえて口の中にあったお茶を飲み下す。
「何処でそれを・・・。」
思わず噴出すところだった。トップシークレットもいいところだ。
一時期ニューハーフがブームで周辺に女性にしか見えないニューハーフだけの店とオカマしか居ないコミックショーの店が立ち、それまでショーが売りで営業してきた『ガラスヤ』の客足が落ちたことがあったのだ。
オーナーの意向により、どんどんと露出度の高いセクシーなショーばかりになっていき、オカマも女性にしか見えないニューハーフも居る『ガラスヤ』の特徴が無くなっていってしまったのだ。
一計を案じた荻尚子がコミックも入れようとして、男性の感性をショーに入れ込もうと僕に演出を頼んできたのだ。
ショーが始まる直前、かぶりつきの席に案内されてきた偽物の客にショーが始まった途端、オカマたちが群がり嫌がる客を楽屋に引っ張りこむという過激な演出だった。
当然、辺りはシーンと静まり返ったがショーの最後に偽物の客が他のダンサーと同様にフィナーレを踊るという種明かしがされ、ホッとした雰囲気が流れる。
はじめはスタッフの男性や未改造のオカマが担当することになっていたのだが、評判が評判を呼び各界の有名人やテレビ局の偉い方々が見に来られたときに最高の演技ができる人間ということで僕が呼ばれてしまったのだった。
しかも3回目となると悪乗りしたオカマたちにキスされるわ。本気で楽屋でイタズラされそうになってズボンをズリ下げながら、必死に逃げ出したところを男役のオカマに捕まるなんてこともあった。
その後チップは沢山貰ったが余り思い出したくない出来事だった。
幾ら自分で考え出した演出だからって遣り過ぎだったと反省している。
こういった客を装った演技者を紛れ込ませる演出は外国のサーカスなどに良くある演出だが、日本では滅多に見ない演出方法だったこともあり、滅茶苦茶受けたのだった。
この演出は1年に1回ほど取りいれられているが、それ以来出演したことは無い。その日限定だったのだが、いったい何処で聞いてきたのだろう。
「偶然あの演出を見て、幸広が遣りたい。ヤラレたいと言い出したのでママさんに聞いてみたら、スタッフ以外で1人だけ出演したことがあるという話を聞いたの。それで犯されたの?」
ヤラレたいんだ。やっぱり何処かオカシイぞ。この男。
しかし、黙っているという約束で出演したはずなのに結構喋っているな。やっぱり、夜の蝶だけあって酒が入ると口が滑りやすいか。瑤子さんなんか絶対に連れていけないな。
「演出でキスはされたな。それだけだ。」
この手の女性は遠慮が無くて嫌いだ。こう答えても頭の中では妄想の渦なんだろう。笑顔が貼りついたまま動かないことでも解る。
「なんだ。それだけなの。ママが言っていたのと同じね。つまんない。」
そのママに犯されかけたなんて絶対に言いたくない。分別があるママなんだか無いママなんだか。
「おい妄想するな。鼻血が出てるぞ。」
それでも妄想は止められなかったらしい。『箱』スキルからティッシュを取り出して鼻を拭いてやる。
「優しいのね。」
「普通だろ。これくらい。」
「だって見てごらんよ。主人なんてスマホのカメラを構えているわ。」
幸広さんのほうを向くと本当にスマートフォンを構えていた。これも奥さんを愛しているというのだろうか。変な顔を撮るのが趣味らしい。
☆
結局、展示品の家具を貰うことになった。この店では建前上値引き販売をしないことになっていて展示品は従業員が使うか別の業者が買い取っていくらしい。
「商品は渚佑子さんに引き渡せばいいのか?」
このマンションに納入するときは渚佑子さんが運び入れることになっているらしい。大型家具なんかは屋上から吊り下げる建前になっているが実際は『箱』スキルを使って運び入れているに違いない。
「いや大丈夫だ。解体して持っていくから倉庫に案内してくれ。」
僕も『箱』スキルがあるのだ。渚佑子さんを使ったら幾ら手数料を取られるか解ったものじゃない。適当な言い訳をして持っていくことにする。
こうしてタダで家具を手に入れたが随分と冷や汗を掻かされた。
これからは絶対に『ファニチャープラザ。ONITSUKA』なんか利用するものか。
そう心に誓うのだった。