第2話 バレバレの潜入調査員
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犬噛巳村はその名の通り、犬神憑きの家系を持つと言われ、国産まつたけで富を築いた犬噛家とその分家筋の狗崎家、戌護家、狼啼家、真神家から構成されているらしい。
僕たちが居る村役場の応接室にも狗の面が飾ってあった。頬にはメの字のマークの切り込みが入っていた。きっと蠱毒の戦いの際についた傷跡なんだろう。
外国産が出回る今でも東京・京都・大阪の3大消費地域のトップクラスの料亭や割烹の半分以上がここから最高級国産まつたけを仕入れているということだった。
それに対して一星テレビの酒井プロデューサー、羽根ディレクター、真神アシスタントディレクターと下請けの興和製作の浜田カメラマン、編集担当の翔児さん、音声担当の大神さんと『西九条』さんが連れてきたメイク担当の吉長さんの8名とロケバスの運転手2名で総勢10名だそうだ。
「これが死体なんだけど見覚えがあるかな?」
鑑識班が到着するまでに瑤子さんがスマートフォンで撮った画像を『西九条』さんに見せる。
「ちょっとシン。女性にそんなグロテクスな写真を見せちゃダメじゃない。」
枝に引っ掛かっていたときは下から見上げていたから、良くわからなかったが明らかに首が変な方向に曲がっていて、やや頭部が陥没していて血飛沫がバッチリ解る画像だ。
「大丈夫だよ。この人、これでも医者だよ。解剖も何十例とこなしているんだ。屁でもないだろうよ。」
ハッキリ言って僕のほうが吐きそうだ。顔が解る画像を指定したのだが、こんなグロテクスな画像をわざわざ選んで送ってくれなくてもいいのに。
「ちょっとちょっとシン、情けないよ。こんなの原型を留めてるし、腐ってないのに。」
こみ上げる苦いものをなんとか飲み下すと後ろから瑤子さんが身体をピッタリとくっつけて背中を擦ってくる。ここまではまだいい、だが何故右手は僕の胸の筋肉を掴んでいるんだ? 介抱ドロかよ。
「・・・ちょっと全身写真を見せてくれない。・・・やっぱり、この腕章はロケバスの運転手がしていたバス会社の腕章だわ。」
『西九条』さんはグロテスクな画像に釘付けだ。
全身写真のほうがもっとグロテスクだった。もう最悪。
「そうすると運転手のうちの1人なんだね。名前は何と言うかわかるよね。」
「そうね。私が乗っていたバスの運転手は東尾さんだけど、知らない顔だから南野さんという方だと思うわ。」
隣では神谷警部が必死にメモを取っている。
「瑤子さん。所持していた免許証と合っているみたいだね。」
実は『鑑定』スキルでは死体は死体としか解らない。名前や年齢、職業といったものは生きているからこそわかるのであって死んでしまえば単なる物体らしい。渚佑子さんの話では死体になっていれば物体として『箱』スキルに入れることも可能なんだという。
実は死体が所持していた免許証から身元は割れているがまだ免許証が本物かどうかまで確認できなかったので『西九条』さんの証言と合致させているのだ。
「ところで撮影は進んでなかったようだけど、どうしてかな?」
ロケ隊の人間が歩き回っている様子が無かったので足止めを食らっているものと想像したのだ。
「犬噛家の奥方に撮影許可を頂いていたらしいんだけど、その奥方が亡くなってしまって分家筋の方々が忌み月だから村に入ってくれるなと押し問答になってしまったの。とりあえず許可証があるからと押し切って、アシスタントディレクターの真神くんはこの村の出身でそのお宅にお世話になっているというわけ。」
「もしかして、『タタリじゃー』って言われたんですか?」
「笑っちゃうわよね。」
そう言いながらも彼女の顔は笑っていない全くの無表情だ。『西九条れいな』のファンにはこの無表情がイイという人も多い。女優の演技とのギャップが凄いからなあ。
「もう一度、お聞きしますけど。何故『西九条れいな』さんがここにいるのでしょうか?」
そもそも彼女がここに居ること自体がおかしい。
彼女は昨今の女優たちのように女優業以外の仕事も嬉々として請ける人間じゃない。女優業はほぼスギヤマ監督の専属と言っていいくらしだし、バラエティー番組も彼女の親しい友人のものしか出演しないのだ。
「だから言ったじゃない。レポーター役で呼ばれたんだって。」
嘘だ。ドキュメンタリー番組のレポーター役なんて時間が拘束される仕事は請ける人間じゃない。宮内庁病院にしても長期間映画の仕事で現場を離れるから、非常勤医師として勤務しているのであって暇があれば芸能界の仕事よりも医師の仕事を優先したいと常々言っているのだ。
「じゃあ言い方を変えます。俳優としてでもなく友人が全く居ない長時間拘束されるロケ現場に貴女が居るんですか? 赤字を垂れ流している一星テレビの買収話が再燃しましたか?」
一星テレビでは彼女の出演するドラマの視聴率はいいが他の番組は軒並み他局に遅れを取っている状況で赤字決算をスターグループ内のほかの会社の利益で補っている状況らしい。
「何よ。解っているなら聞かないでよ。」
ちっ。開き直りやがった。この夫婦は調査会社を使わずに、現場にもぐりこんで自ら調査するのが得意なのだ。旦那の和重さんは地味な顔を有効活用して潜り込むし、彼女は金に汚くてすぐ男を誘惑するという自分のイメージを利用して、ときには演技をしてでも潜り込むのだ。
「今回はどんな役柄なんですか?」
それによってはこちらの行動方針も変わってきざるをえない。
「プロデューサーから呼ばれたのよ。是非出演してくれって。興和製作の株が密かに買占められていたから、乗ってみただけよ。」