第9話 ようやく言えました
お読み頂きましてありがとうございます。
ごめんなさい。解決編の執筆が遅れに遅れてしまいました。
結局、この記者会見の言葉通りに手段を持っているばかりで手を拱いていた政治家に批判の矛先が向うことになり、政治家の許可を得ずに突入命令を出した刑事局長は大英断だったとされた。
「我が一族に迎え入れるのにここまで相応しい人間とは思わなかったわ。」
ヨーちゃんは後処理に奔走しているらしいが瑤子さんのスケジュールは白紙になったため、その日の夜にチルトンホテルに滞在している彼女のご両親の前に同行してもらっている。
場所はサトウさんに言って、バンケットルームを貸しきった。そうは言っても滞在客の殆どは居ないのでホテル自体ががら空きだったけどね。
目の前のテーブルには、剛健筋肉質だが歳相応の女性と透き通るような金髪でこちらも透き通るような空色の瞳、何処を見ても20代にしか見えない男性が座っている。しかも男性を『鑑定』スキルで確認すると吸血鬼となっており年齢は1000歳を越えていた。
「綺麗なご両親ですね?」
カシャ。
女性にスマートフォンを向けるとカメラアプリに収める。男性のほうは映らなかったのだが女性はカメラに映るらしい。
「何、勝手に撮っているのよ。」
スマートフォンに撮った画像に『【超特急】秘密結社BBBを調査求む。添付画像は極東支部長、荻梅子。吸血鬼に関連あり。』と書き込み、渚佑子さんにSNSで送る。
初めに【超特急】を付けると只でさえ高い調査料が倍増するが背に腹はかえられない。
吸血鬼と秘密結社幹部を名乗る女性。どう考えても僕の手に負えそうにない。瑤子さんが怒っているところをみるとご両親の素性は知らないらしい。
念のため、瑤子さんも『鑑定』スキルで再度確認してみるが人類だよな。実のご両親では無いということだろうか。それとも吸血鬼は遺伝しないのだろうか。
「初めまして。いつも瑤子さんにはお世話になっております。那須新太郎と申します。」
先程からそうだがジロジロ見られて気持ち悪い。
「荻梅子よ。本当に真也ソックリね。」
「はあ。皆さんにそう言われますが、本当に似ているんですか?」
梅子さんも尚子さんによく似ている。僕の母親も婆さんになったらこんな感じだったのかもしれない。瑤子さんとヨーちゃんは似ていないところをみると父親似なのだろう。
「母親の私が言うんですもの確かよ。今日は貴方にいい話を持ってきたの。」
「いい話ですか?」
「そうよ。瑤子のように老けなくなりたくない?」
やはり目の前に居る吸血鬼と瑤子さんの若さには関連性があるらしい。吸血鬼は不老不死というからな。実際に1000歳を越えているのを『鑑定』スキルで確認しても何かの間違いかと思うもの。
「なりたくないですね。」
「随分と即答ね。どうして?」
志保さんの見立てによると瑤子さんの若さは見た目だけで身体内部は年相応だ。そんな身体になったらなったで身体内部が不健康に陥り、早死にしてしまいそうだ。きっと瑤子さんは太らないために人並み以上に努力しているに違いない。
「身近に若い見た目で苦労している人間を知っていますので。」
苦労するのは自分だ。そんな苦労をするくらいなら、今のままでいいのだ。どうせ老け顔だしね。
「瑤太のことね。」
それだけじゃない。球団社長も低い身長もあいまって見た目で苦労している人間の1人だ。でも今は名前を上げないほうがいいだろう。
そのとき手の中のスマートフォンが振動する。ああ良かった。秘密結社はテログループでも無ければ、財閥のような組織でも無いらしい。対応を間違って山田ホールディングスに迷惑を掛けてしまうのが嫌だったのだ。
どうやら、吸血鬼のための組織らしく。ローマ法王庁のエクソシスト関連の情報に存在するらしい。写真画像をネタにローマ法王庁に問い合わせもできるがどうするか。という確認だった。とりあえず保留にして貰うように返信しておく。
「それに僕が死んだときに天国に連れて行くと約束している子がいますので、あまり待たせる訳にはいきません。」
タマもそうだが、テロリストたちに殺された人々も連れて行かねばならない。あまりこの状態が長引いて悪霊化するのは避けたいのだ。
「お呼びになりましたか? ご主人様。また、厄介そうな生き物に好かれているようですね。」
その時、僕の肩に犬の姿のタマが現れる。最近すくすくと育ってきて肩の上はツライんだけど。いくら言っても肩の上に現れる。
しかしそれをタマが言うか?
「ほう、使い魔も操れるのかい。それは是非とも我が一族に迎え入れたいね。」
「嫌です。僕は普通に親になりたいんです。転生輪廻から外れるような生き方をしたくない。」
できれば魔法使いにもなりたくなかったんだけど、球団社長の秘書で晴明神社の神主で日本一の陰陽師でもある千代子さんに記者会見の後で陰陽師としての仕事を回すと言われてしまった。副業は必要だよね。
「瑤子をどうするつもりなんだい。別れるつもりなのかい?」
「いいえ。体外受精を使ってでも身ごもって貰うつもりです。瑤子。それでいいかい?」
49歳の身体で体外受精は肉体的にも精神的にも非常に負担があるに違いない。だが2人に取ってそれ以外の選択肢が無いのだから仕方がない。
ようやくプロポーズらしき言葉が言えた。散々悩んだがこれでいいんだよね。
「もちろんよ。」
隣の瑤子さんは満面の笑みを浮かべてくれる。
「瑤子。いいのかい? 前にも言ったが出産してしまえば若さを保てなくなってしまうのよ。1年後には年相応の身体になってしまうのは尚子を見てわかっていることだろう。」
やはり、そうだったのか。尚子さんと瑤子さんの若さに違いがあるのは出産経験の違いだったのだ。
「いいのよ。シンはそんなことで変わったりしない。それに尚美に奪われたくないもの。だから妊活して1年以内に結婚してもらうの。」
「あれは凄かったわね。あの子があそこまでキッパリと略奪愛宣言するとは思わなかったわ。」
尚美さんがSNSのグループチャットで宣言したらしい。まだ告白も受けていないんだけどね。
「次々と若い女性が周囲に現れて、年齢の若さを盾に余裕をかましていられなくなったらしいわ。私はそんな女性よりも『西九条れいな』が気になって仕方が無いんだけどね。」
タマや多絵子さんのことかな。でも求愛されたことがあるのはタマだけだったりする。
志保さんは否定すればするほど怪しく見えてしまうから出来る限り言葉にしないように努めたつもりだったんだけどね。
「それに尚子まで参戦だものね。瑤子も、うかうかしていられなくなったわけね。」
尚子さんは絶対面白がっているだけだ。
「そういうわけですので、折角ご足労頂きましたがパープルさん。お帰り願えませんでしょうか?」
僕は梅子さんの隣の吸血鬼に向って頭を下げる。
元聖剣であるパン切り庖丁を使えば、戦えないことは無いだろうができれば避けたい。
「ええっ。パープルさんって誰よ!」
瑤子さんが声をあげる。
ありゃ。吸血鬼の本当の姿が見えているのは僕だけらしい。これも霊感プラス『超感覚』スキルの恩恵らしい。やっかいな。
視覚に霊感での感覚を取っ払うと黒髪の男性の姿になった。なるほど、瑤太さんにどことなく似ている。
視覚を狂わせているらしい。視覚だけでも神経を集中すれば、元の姿が二重写しで見えるということは『超感覚』スキルを誤魔化せるほどのものでは無いということだ。
「シン! 何、なにをやって・・・。」
説明しても水掛け論になると悟った僕は、『箱』スキルから取り出したナイフで指先を少しだけキズつけてみるとすぐに反応があった。吸血鬼に指先をくわえ込まれたのである。
よっぽどお腹が空いていたのか無理矢理、指先から血液を啜ろうとする感覚が全身を駆け巡る。まあ細く長いストローで吸引しているようなもので指先の血液しか飲み込めなかったみたいだけど。
「馨しい香りと味わいだのう。『勇者』じゃな。たった数滴だったが常人の数百倍の効用がある。決めた。そなたをワシの伴侶としたい。」
5分後、パン切り庖丁で脅しつけてやっと口を離してくれた吸血鬼がそんなことを宣った。『勇者』は神に改造された人間だから血液に含まれている精気の量が常人と違うという。
渚佑子さんなんか3回も改造されているからドロドロに違いない。
なんか話がややこしくなっている。人外はいきなりプロポーズするのが普通なのだろうか。タマに続いて2例目である。
「ご主人様。私というものが居るのに他の妖怪と主従契約を結ぶのは非道いです。」
タマが恨みがましそうな視線を送ってくる。
「えっ! 血液が食事じゃないのですか?」
いつの間にか主従契約を結んでしまったらしい。
「食事は全て飲み干すのが礼儀であろう。これでお主に我が精気を飲ませれば一族に加えることができる。」
人間でも食べるために採ったものは残さず食べるのが礼儀だというからな。
「精気って・・・「伴侶に求めるのだ。飲ませるものは」・・・いや、いいです。聞きたくない。」
拙いじゃないか。寝たら意識を無くすと知れたら貞操の危機どころか人生の危機。
「一族に加わったらどうなるんですか?」
「梅子と同様に永遠に今の姿で生き続けることになるのだ。」
梅子さんは老婆の姿で永遠に生き続けるらしい。そこまでして長生きしたいものなのだろうか?
それとも4人も子供を産んだ弊害なのだろうか。
「瑤子さんの若さとは違うんですか?」
「彼らには梅子の縁戚の特典として『血の祝福』を与えたに過ぎぬ。」
「ローマ法王庁のエクソシストに追われているみたいですが・・・?」
「よく知っておるのう。聖水とかいう腐った水や臭いにんにくを投げつけてくるわ。どうみても人が作った偽物の聖剣で斬りつけてくるわ。しまいには十字架に念をこめて祈ってきやがる。わけのわからん輩じゃ。」
「何かなさったんですか?」
「何もしとらん。今言った食事も、神扱いされていたころに生け贄として与えられたものだけにしている。それに一族になった梅子と体液交換するだけで1日分の栄養分になるのだ。わざわざ人間の世界から排除されかねない行いなどしないのじゃよ。」
なるほど神扱いされていたんだ。偶像崇拝を禁じているキリスト教の目の敵にされるわな。今でこそ他の宗教も認めているが1000年前じゃあ排除対象だ。
良かった。詳しい問い合わせをしなくて。多分、秘密結社と法王庁との戦いに巻き込まれていたぞ。
待てよ。『勇者』ってキリスト教下ではどんな扱いなんだ?
無条件で『聖者』とかじゃないよな。一度、球団社長に聞いておかなくてはいけないよな。あの人ならアメリカの元大統領を通して働きかけとかしていそうだ。
志正の言う通り、表舞台に立ってはダメなんだ。いまさら遅いけど。あの記者会見で誤魔化せるといいな。
『聖者』認定なんかされてみろ。瑤子さんから全てバレる。どちらにつくかと言われれば瑤子さん側だが伴侶は嫌だなあ。
「一族の方は何人くらい居るんですか?」
この様子だと無尽蔵に増えていくわけではないらしい。
「今居るのは3人・・・・・くらいじゃ。」
「3人くらいですか?」
「そうじゃ。500年前に1人変わり者の一族がおってな。わし以外は増やせないというのに仲間を増やそうとして理性を持たない化け物を生み出してしまった。寂しがり屋じゃったからなあ。はぐれてしもうて200年ほど逢えなくなっておったら、そんなことになっておった。化け物は滅ぼされたようじゃが、ヤツが生きておったら4人じゃのう。」
寂しがり屋とかいう問題かぁ。それよりも吸血鬼って不老不死じゃないんだ。
梅子さん以外にもアメリカとヨーロッパに一人ずつ居るらしい。
「あなた方でも死ぬんですね。」
「そうじゃ。火あぶりにされ地中深くに灰を埋められたときはダメだと思ったが、地上で戦争がおこったのじゃろうな。大量の血液が流れ込んできて助かったわ。海にバラまかれてもだめじゃろうし、灰も残らないほどもやされて空に撒かれてもダメなんじゃないかな。」
灰になっても血液で復活するんだ。そうだよな。にんにくが怖いだの十字架が怖いだのはキリスト教が後付けしたんだ。
「随分と正直に教えてくれるんですね。」
「人間と違い嘘はつかんよ。それにお主を伴侶にすればお主が生き飽いたらその聖剣で共に逝けるじゃろ。理想的な最後じゃろうて。」
「シン。何、その気になっているのよ。」
「今すぐじゃないよ。子供が出来て大きくなったら考えてみてもいいんじゃないかな。」
山田ホールディングスの行く末とか見続けられるのが大きい。きっと面白いんじゃないかな。球団社長の子孫たちや長寿の奥さんたち。
それに山田イズムの継承者としては変わって行ってほしくない。
「ズルいよシン。貴方はずっと若いままで私はすぐお婆さんじゃないの。」
いやいや。それを瑤子さんが言うかな。貴女の周りの人々は皆、思っていたことだと思うよ。
☆
それから3年後、妊活というよりは妊娠戦争に勝ち残った瑤子さんと僕の子供は1歳の誕生日を迎えてすくすくと育っていた。
あの後、尚美さんと尚子さんだけでなく、タマや多絵子さんに何故か美名子さんまで競争に加わったらしく。近くに住みついたパープルさんからの貞操の危機を回避したくて添い寝をお願いしたら、知らない間に次々と妊娠されてしまった。
瑤子さん公認のハーレムなのに美味しいところは全て寝ていたら意味が無いじゃないか。
「それにしても、アレはどうやったのよ。何で瑤子は若いままなのよ。」
閉経済みで唯一、妊娠競争に敗れた尚子さんが今の添い寝のパートナーだ。今川さんは尚美さんの父親の兄らしく、あの家には尚美さんの母親として住んでいたらしい。尚美さんの本当の父親は早逝されたそうだ。
今も同じベッドで一戦を終えたところである。この小さい身体のどこにこれほどのスタミナが隠されているんだか。
「アレは偶然ですよ。瑤子は帝王切開になったじゃないですか。その後、一気に老けたら傷口がヒドイことになると思った僕は主治医の許可を経てレアのHPポーションを使って綺麗に塞いだのですが、完全に再生されてしまったらしいのです。どうやら、へその緒から若さが漏れているみたいですよ。」
僕の子供は山田ホールディングス傘下のフィールド製薬の病院で生まれた。ここの医者は僕たち『勇者』や魔法使いたちの主治医でイロイロな秘密を守ってくれるのだ。
「じゃあ私でも今の姿を保てるんじゃない?」
「そうですね。球団社長に頼んでみては如何ですか? お腹を切ってへその緒を切って、渚佑子さんの『再生』魔法で綺麗にしてもらえば大丈夫だと思いますよ。お金を積めばやってくれると思います。高いですけどね。」
以前、志正が膝の故障で1度太股から切断して再生して貰ったときは1億円くらい積んだそうだ。僕も肩を故障したときに肩の筋肉を抉ってから再生する方法を5千万円で提案された。
そんな怖いこと僕は出来なかった。こういうところだけは本当に志正を尊敬するよ。
詳しく話してみたが尚子さんは真っ青になって首を振っている。良かった。これが常識的な反応だよね。
「当分那須くんを独占出来そうだから、それで満足するわ。」
他の皆は妊娠中だったり子育て中だったりして僕に構ってくれないのだ。構ってくれるのはタマと尚子さんだけだった。
「それでも、また海外で長期間仕事ですよね。もう素直にパープルさんを受け入れるしかないのか。」
「ねえねえ。それって、防弾スーツを着て寝ればいいんじゃないの?」
そうなんだけどねえ。
「寂しいじゃないですか1人寝は。」
あの温もりの中で眠るのがいいのだ。それなら犬の姿のタマを抱いて眠る。タマは寝ると人の姿がとれないらしい。最大限譲歩して瑤太さんが限界かな。
「いっそのこと、一緒について来るというのはどう?」
「姉さん! なに物騒な提案をしているのよ。ようやく寝かしつけてきたわ。もうストレスも欲望も溜まり放題だわ。さあエッチしましょう。オールナイトでも構わないわよ。」
そのとき瑤子さんが目の下の真っ黒なクマをつけて部屋に入ってきた。
「寝るのが先。100年の恋も冷めるようなヒドイ顔をしているよ。」
外見が若々しくても年齢には勝てないのか。それほど子育てが大変なのか。
「こんなのエッチすれば・・・あ、あれっ・・・。」
よほど疲れていたのか僕と尚子さんの間に割って入ってきた途端にベッドの温もりに負けたらしい。スヤスヤと寝てしまった。
「困った子ね。すぐに無茶をするんだから。こんなのを置いては来れないよね。さっきの話は聞かなかったことにして。」
「そうですね。大変魅力的な提案だったのですが僕も父親になったことだし、瑤子にポックリ逝かれたら困りますのでお断りさせて頂きますね。それに家族が増えたので副業で稼ぐことにしましたので、お仕事回してください。」
本業のカフェは僕にしかできないところ以外は瑤子さんたちに任せて尚子さんが回してくれる演出家としての仕事と球団社長秘書の千代子さんが回してくれる陰陽師としての仕事で稼ぐことにしたのだった。
そういう訳で副業・・・陰陽師他を題材として別タイトルでもう1作。合計3部作の予定です。