第8話 記者会見なんて大嫌い
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「シン。無事でよかった。」
後ろから瑤子さんが抱きついてくる。圭子さんを説得したが全く聞き入れてくれなかった。パン切り庖丁で調伏するという最終手段は残っているができれば使いたく無かった。
周囲にいた霊体も説得を試みたが僅かに居た男性の霊体が成仏しただけに終わった。
「無事でも無いんだけどね。」
そう言って装備を『箱』スキルに仕舞う。
「なによ。この青痣。」
代わりにコモンのHPポーションを数本取り出して身体中に振り掛ける。
防弾スーツは銃弾を弾くがその反動は直接身体に響く。特殊部隊でもごく一部の肉体を鍛え上げた人間にしか使えないゆえんだ。数発の銃弾など大したことはないが合計数百発の銃弾を受ければ、どうしても青痣くらいできてしまうのだ。
幾ら僕が普段から鍛えているとはいえ、それを仕事にしている特殊部隊の方々に比べれば鍛え方が足らない。そこでこのコモンのHPポーションは必需品ともいえるのだ。
ようやく一息つき、元のスーツ姿に戻った。そういえば生唾を飲み込む音は聞こえなかった。前に聞こえたのは瑤子さんじゃなかったのかな。
テロリストの足取りを逆に第1ステーションビルから第2ステーションビルへ辿る。その所々で頭を吹っ飛ばされた遺体や撃たれた身体を引きずって逃げようした跡が残る遺体などに一つずつ手を合わせていく。
「ねえシン。もうやめようよ。そんな吐き気を押し殺しながら拝んでも格好悪いだけだよ。」
煩いな。
これだ。
うーん。圭子さんの遺体の前で拝んでみるが成仏しないみたいだ。
☆
「それでは偶然、防弾スーツを持っていたから女性を助けに行ったということなんですね。」
誰かが僕がテロリストの前に立ちはだかった姿をスマートフォンで撮影していたらしく。その映像がマスコミ各社に取り上げられてしまい。急遽、記者会見を開くことになってしまった。
どこからか漏れると思っていたが早すぎるよ。全く。
駆けつけてくれた球団社長の秘書が想定問答集を届けてくれた。広告代理店に頼むと作ってくれるらしい。仕事が早い。
「その通りです。」
想定問答集のシナリオでは全て偶然ということにしようという方針だった。
「その女性とは『西園寺れいあ』さんのことですか?」
聞いた話では『西園寺れいあ』本人が僕に助け出されたと吹聴しているらしい。面倒くさいな。
「違います。名前は言えないけれど大切な女性です。」
山田ホールディングス。いやZiphoneグループで働く全ての人々がテロリストに殺されてしまえば、あの人は必ず動く。今回は偶然異世界に行って不在だったから良かったがそうでなければ数々のリスクを侵してまで自分で動いてしまったに違いない。
球団社長に関わる全ての人々が大切な人物なのだ。芸能人だろうが若い美人だろうが『西園寺れいあ』だろうが関係無い。全てそれ以外の人々なのだ。
「恋人ですか?」
なんでそんなくだらない質問をするんだ。
「違います。」
「『西園寺れいあ』を押しのけてまで50代くらいの女性を助けたという証言もありますが、その人物ですか?」
あのテレビ局のスタッフが証言しているらしい。事件関係者の守秘義務を何と考えているんだ。
「そうです。」
「恋人でもない50代くらいの女性を『西園寺れいあ』を避けてまで助けるなんておかしくないですか?」
「何故ですか? 彼女は我が社の大切な従業員です。知らない女性を置いても助けるのが当然では無いでしょうか。」
記者会見場がざわつく。なにか間違った答えを返してしまったみたいだ。世の中の人々は若い美人と中年女性が居たら若い美人を必ず選択するものと思っているのかもしれない。馬鹿馬鹿しいかぎりだ。
「その防弾スーツを日本警察に貸し出せば、もっと早く解決したのでは無いですか?」
来た来た。これも想定問答集にあった内容だ。
「それはできません。」
「何故ですか? 空港に居た人々の命を晒してまでそのスーツのデモンストレーションをしたかったのでは無いんですか?」
悪意に満ちた質問をするな。
「それは誰に対してのデモンストレーションなのですか? 警察庁ですか? 自衛隊でしょうか? そのどちらにも売るつもりは無いですから、デモンストレーションにならないですね。」
実はこの防弾スーツを売るのには条件があるのだ。万が一、この防弾スーツが流出してしまい悪事に使われると大変なことになる。
だから、万が一流出したものを取り戻す場合にはその国の秘密警察並みの治外法権を与えることになっているのだが日本の法律上難しいこともあって販売できないのだ。
「貴方の勝手な行動で警察官に犠牲者が出ていることはどう思いますか?」
「ではあのまま見過ごして第1ターミナルビルの5階に居た方々が犠牲になっても仕方がないという質問でしょうか? 私は犠牲が出るからと言って助ける手段を持っているのにそれを使わずに手を拱いているなんてできません。これからも知人、友人や大切な人々に危機が迫れば助けに行くつもりです。」