第1話 喋る警察犬
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「僕行かなきゃ。」
渚佑子さんからのメールには牛丼のスキスキ第1ターミナルビル店の店員を保護して成田ターミナルチルトンホテルに向えと指示されていた。簡単に言うな。
でも店員がテロで殺されでもしたら、球団社長は悲しみ、そして絶対にテロリストたちを殲滅するために動くだろう。そんなことになってほしくないというのは、僕たち『勇者』の共通の願いだ。
「こんなときに何処に行くというのよ。」
そうかこんなときに民間人は面倒だな。瑤子さんや出雲さんに言っても空港内へ入れてくれないよな。
「こんなときこそ『喋る警察犬』が必要なんじゃないか瑤子。僕の嗅覚なら成田空港内に爆発物が他に無いか調べられる。」
「嫌よ。反対だわ。貴方がいくら超人でも相手は大型銃器を持ち込んでいるかもしれないのよ。」
事前に入った情報では銃器の扱いに長けた人間だったらしい。
「大丈夫だよ。それに刑事局長はもう先に入って指揮を執っているのでしょう? 早く行ってあげないと。」
現場でヨーちゃんが指揮を執っていると思うと不安しか覚えない。
瑤子さんを救出した顛末を球団社長に話したところ、緊急時の装備も預かっている。なんとかなるはずだ。
「空港内に入るのは無理みたいよ。周辺道路は封鎖されて警備隊も順次投入されてターミナルビルも全て包囲する予定だって。もう連絡遅いよ。警視庁捜査1課も絡んでいるはずなのに何故真っ先に連絡が入らないのよ。」
ようやく瑤子さんのスマートフォンにも連絡が届いたようだ。
「とにかく現場に行こう。瑤子さんなら顔パスでしょ。無理に入る手段もあるんだけど使いたく無いんだ。」
渚佑子さんなら『転移』魔法で一瞬だけど最後の手段だよな。
「封鎖された空港に入れるなんて、どんな方法よ。テレポーテーションでもしてくれるつもり・・・えっマジなの?」
まさかそのものズバリを当ててくるとは思わず、僕の顔に動揺が浮かんだらしい。
「ゴメン。流石に瑤子さん相手でも言えないや。内緒の方法だからね。追及しないと約束してくれると嬉しいな。」
「わかったわ。その代わりにいまここでキスをして頂戴。うんと濃いやつ。」
「おいおい。俺もいるんだぜ。」
「うるさいわね。外野は黙ってて、このひとのことだから絶対にムチャをするんだから。」
信用されてないなあ。前科があるから何も言えないけど。
「出雲さんはあっちに向いてて。」
10分経過しても離してくれない。今生の別れみたいじゃないか。
「あ~あ、お熱いこって。ところでここからどうやって行くんだい。歩くと2時間くらいかかるぜ。」
出雲さんは歩いたことがあるらしい。警備隊に所属していたんだから、当たり前か。緊急時にはどこにいても呼び出されそうだ。
「もちろんこの自転車だよ。出雲さんは何処かで調達してきて。」
こっそりと後ろ手に『箱』スキルから2台の自転車を取り出す。1台はタマのために買ってあげたもので20インチしかないけど無いよりはいいよね。
「・・・。」
どんな反応が返ってくるかと身構えていたのに、少し口を開いただけで誰も突っ込んでくれなかった。寂しい。
「私はシンの後部座席に乗せて貰うから、出雲くんが使って。」
おいおい。自転車には後部座席なんか無い。後ろには荷台があるだけだ。二人乗りは立派な道路交通法違反なんだけどなあ。
「まさか瑤子って自転車乗れないなんてことは無いよな。」
ちっ。視線を逸らしやがった。図星だったらしい。それなら仕方が無いか。
『箱』スキルがあるから荷台は使ったことが無かったがそこに瑤子さんが横乗りで座り腰に手を回してくる。後ろを確認すると出雲さんは20インチでは低すぎるのか立ち漕ぎをしていた。
アップダウンが強い道を持ち前の脚力で走り抜ける。良かった鍛えておいて。そう思うほど急勾配だったのだ。幾度かの検問を瑤子さんの顔パスで突破した。本当に有名人らしい。顔を見ただけで道を開けてくれた。
40分余りで成田国際空港警察署にあと1歩というところまで来ていた。
「ダメです。野際瑤子警視正と同行の男性は何者であろうとも入れるなとキツク言われてまして。」
県道44号線に少し入ったところの検問で止められてしまった。僕が瑤子さんを使い成田空港に入ろうとすることはヨーちゃんには計算済みだったようだ。
「瑤子さんひとりならいいよね。瑤子さんが現場指揮してきてよ。ここまで近づければ探索範囲だから十・・・ぶ・・・ん。」
ここからなら半径2キロメートル内に全てのターミナルビルが入っている。空港内には旅行客だけで5千人以上は残っていそうだ。
「どうしたの?」
「うん。テログループが活動を開始したらしい。第2ターミナルビルの3階出発ロビーで人が撃たれているんだ。1人、2人、3人・・・どんどん増えていっているんだ。」
僕の嗅覚から少しずつ反応が消えていく。あからさまな歯抜け状態。
嫌だ。こんなの許せない。
「瑤子! 早く行けボーっとするな。SNSで連絡を入れるから、常にスマートフォンを離すな。」
僕の言葉が理解できなかったのだろう。呆然と佇む瑤子さん。僕が少し頬を張るとようやく言葉を理解したのか僕を見つめている。僕は抱き締めてキスをすると瑤子さんを検問の警察官に引き渡した。
「これから、どうするんだ?」
しばらく検問でそれを見送ると自転車を引いて来た道を戻っていく。
「もちろん、滑走路を突っ切って空港に入り込むよ。出雲さんは帰ってほしいな。」
僕が空港に入っても不法侵入で捕まる程度だが、出雲さんが捕まったら懲戒免職は確実だ。こんなことに付き合わせるつもりは無い。その間にもどんどんと人が死んでいっている。聴覚には銃撃の音と人間の悲鳴を捉えている。なんとしてでも止めなくてはいけない。
「もちろんってお前なあ。」
「ダメだよ出雲さんは帰って。お願いだよ。」
こんなことで人生を捨ててはダメだ。
「それは聞けない相談だな。ここでお前と同行しなかったら、一番良い場面を見逃してしまうじゃないか。きっとヨータのヤツが悔しがるだろうよ。」