プロローグ
お読み頂きましてありがとうございます。
「両親に会ってほしいの。」
突然に瑤子さんに呼び出されたと思ったらそんな風に切り出された。
普通なら『お嬢さんをください』的なことを言わされると思うところだろうが、目の前には心配そうな顔の尚子さんもヨーちゃんもいるのだ。
「ご両親って健在だったんですね。」
長女である尚子さんの年齢から考えても80歳は越えていそうだ。
「うんまあ。健在というか剛健とピチピチかな。」
なるほどピチピチは瑤子さんとヨーちゃんのように若々しいという意味だろう。剛健というのは想像つかないが。
「何故、僕に会いたいという話になったんですか?」
『お嬢さんをください』は、お嬢さんって年齢じゃないから勘弁してほしいな。『瑤子さんをください』も変だよね。こんな場合、なんて言うべきなんだろう。
「以前から私たちの話に出てくるので気になっていたらしいんだけど、尚美が真也にソックリと漏らしちゃってね。是が非でも会わせなくてはならなくなっちゃったの。」
「会うだけでしたら構わないですけど、どこにお伺いすればいいんですか?」
「成田ターミナルチルトンホテルに泊まっているわ。」
チルトンホテルは、球団社長がオーナーを務める山田ホールディングスの子会社が経営するホテルグループで異世界のホテル経営ノウハウを取り入れている。
各ホテルの支配人はハーフエルフが担っており、長期スパンで変わらないサービスをお届けするように見えてしっかりと改善は行なっているらしい。
特徴はビジネスクラスでもツインという部屋種別が無く、必ず1部屋に1台のクィーンサイズのベッドが置かれているという独り者には少し厳しい仕様となっているため、僕は使ったことは無い。
成田ターミナルチルトンホテルは成田国際空港内の第5ターミナルビルに隣接しているホテルで飛行機を足代わりに使う外国人観光客の国内旅行の拠点として使われている。
「目と鼻の先じゃないですか。何故、尚子さんの所有している分譲マンションのほうへお連れしなかったんですか?」
「1度敷地内に入ろうして混乱して警備員が飛んできたことがあったのよ。それ以来、ホテルを利用するようになったわ。」
どういうことだろう。確かに何か悪さをしてやろうと思ってマンションの敷地内に入ろうとすると混乱する魔法陣が仕掛けられている。誤動作したという話は聞いたことが無いんだけどな。
「では僕が瑤子さんとホテルのラウンジに行けばいいのですか?」
「それが指定された日時には皆仕事が入っているの。悪いんだけど部屋に直接訪ねてくれないかな。」
尚子さんは映画撮影で海外。瑤子さんとヨーちゃんは揃って午後から成田空港の警備の視察に訪れるそうだ。
まあ子供じゃないんだから絶対に付き添いが欲しいわけじゃないけど、恋人の両親に会うのにひとりで向わなきゃいけないなんて、どんな罰ゲームだ。
「じゃあ、昼ご飯を成田空港の何処かで取ろうよ。直前に打ち合わせもしておきたいからね。」
瑤子さんがサービスのつもりなのか、その日の朝から成田国際空港警備隊を見せてくれるというので、午前10時にドッグカフェの最寄り駅で待ち合わせをした。
☆
「おう那須くん、久しぶりだな。」
突然、後ろから背中を叩かれる。結構痛い。
「あれっ。出雲さん。もしかして案内役って出雲さんのことでしたか?」
もうひとり案内役が同行するとは聞いていたが、まさか出雲さんが現われるとは思わなかった。
「なんだ聞いてなかったのか? 俺は成田国際空港警備隊が古巣なんだ。それに那須くんと行くならスッピンで行きたいとアイツがゴネたんだ。」
成田国際空港警備隊は千葉県警察に所属しているが人員の殆どは全国の機動隊員の寄せ集めで任期は2年らしい。テロリストが紛れ込めないようにするためであろうし、買収できたとしても最新の情報を集めるのは難しいようになっている。
刑事局長は普段白髪頭に黒く日に焼けたメイクを施して老け顔を作って勤務している。でも僕と会うときにその姿は何故か見せたがらない。
きっと僕のほうが老けて見られることを面白がっているに違いない。まあ今日はもっと老け顔の出雲さんが居るからいいけどね。
「遅くなってゴメン。」
今度は瑤子さんに背中を叩かれる。普段は別に痛くないのだが出雲さんに叩かれて腫れていたからか少しだけ悲鳴を上げてしまった。後でHPポーション入りのクリームでも付けておこう。
待ち合わせ時間に15分遅れてきただけなのに大げさだな。まあ普段は待ち合わせをすると15分以上早く着いても既に居たりするんだけど。
「なあ瑤子さん。本当に那須くんを連れて成田国際空港警備隊へ行くのか?」
「もちろんよ。私に彼氏が出来たと判れば、コナを掛けてくる奴らも減るでしょう?」
成田国際空港警備隊の隊員は日頃緊張の連続のためか、飲み会の際には少々はっちゃけてしまって激励しにきた瑤子さんにコナを掛けるツワモノが多いらしい。
「俺は知らないぞ。奴ら大挙してドッグカフェに押し寄せるかもしれん。今日は営業しないほうがいいと思うぞ。」
確かに皆のアイドルのうちはいいけど、誰かのモノになった途端嫉妬の嵐になったりするんだよな。体育会系の男たちって。気をつけよう。
「それにしても遅いですね。ヨーちゃん。」
待ち合わせの時間を30分過ぎても現われない。連絡も無しに現われないなんて何かあったのだろうか。まあ刑事局長の仕事で何も無い日って無さそうだけど。
「そうだな。先に行こう。これ以上遅れると成田国際空港警備隊を案内できなくなるからな。まあせいぜいアイツが成田国際空港警備隊の受付で不審者として拘束されるだけのことさ。」
いやそれが問題なんだろうけど。流石にヨーちゃんと付き合いが長いためか、いちいち意に介していないみたいだ。
3人で来た電車に乗り込んだところ次の駅で突然停車したままになり出発しない。人身事故でもあったのだろうか。突然、僕のスマートフォンのメール着信音が鳴り響く。着信音を設定してあるのは渚佑子さんだけだ。緊急の用事らしい。
メールを開くと驚愕の情報が書かれていた。成田空港の第2ターミナルビルに隣接された駐車場で何かが爆発したらしい。テロの恐れがあるらしい。
「ねえ瑤子さん。今日遅れてきたのって成田空港の何か情報が入ったの?」
僕は目と鼻の先に居ることをメールで返信する。
「どうして、そう思うの?」
「今、こんな情報が届いたんだ。」
瑤子さんに先ほどの届いたメールを見せると『ああやっぱり』という顔をされてしまった。事前に情報が入っていたらしい。
「うん。テロリストに良く似た人物を東京都内で見たという情報が入っていたの。ターゲットは羽田空港だと思って人員を配置していたんだけど、成田空港だったとは。」
瑤子さんが耳元で囁いてくる。
その時、周囲で一斉に緊急通報メールの着信音が鳴り響く。テロの第1報が流されたらしい。
駅の電光掲示板でも何かが爆発したという情報が流れており、電車は全て運休扱いになったらしい。