第18話 それは言わないお約束です
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いよいよ回答編となります。
「貴様何を言っているんだ。俺は被害者だぞ。しかも第3の殺人事件ってなんだ。まだ発生していない事件まで俺の所為にするのかよ。」
彼の声には、面白がっているような響きと同時に妙に挑戦的な響きがあった。全ての謎を解き明かせるものなら解き明かしてみろということだろう。
「これは失礼しました。それもそうですね。まず第1の殺人からいきましょう。これはハッキリ言って誰でも良かった。そうですね。」
「だから知らないと言っているだろう。」
その時、階下から大きな声と悲鳴が上がった。僕の嗅覚と聴覚により、こちらに向って走ってくる人物と足音は既に捉えており、その用件も解っていた。
「市子さんのようですね。よーちゃん。2階へ連れてきてください。」
いつのまにか部屋には皆が入ってきている。これで市子さんが来れば役者は揃う。
よーちゃんが消えると既に2階に向っていたのか代わりに市子さんが顔を出す。
「真神くんが死体で発見されました。場所は犬噛家の蔵です。」
「神谷警部すみませんが現場保存に行って頂けませんか。」
市子さんから詳しい場所を聞き取った神谷警部が飛び出していった。
「刺し傷は何処にありましたか?」
「流石は那須様、良く刺殺とお分かりですね。腹に数箇所あり、内臓が引き摺りだされていました。」
「蔵に血痕は少なかったのではありませんか?」
「そうなんです。血で汚れはしておりましたが血溜まりを作るほどでは無かったようです。」
市子さんは冷静に現場の状況を見てきているようだ。
「こうして第3の殺人が確認されました。」
僕がそう告げると辺りは静まり返る。
「事は酒井プロデューサーが撮影許可を取るために、この村に訪れたことが始まりだと僕は考えています。スマートフォンの電波の届かないような僻地。未だに『たたり』を本気で信じている村人。そしてスケープゴートにしやすい素材。ターゲットであった真神さんがこの村の出身であったことも天の配剤と思ったことでしょう。電話線が束ねられて山裾に通じているというのも、この時に聞いたものと思います。」
「土砂崩れで電話線が切れると村じゅうの電話が使えなくなるといったことを母が話しているところを聞きました。」
市子さんが補足してくれる。
「元々の酒井さんの企画ではスケープゴートの正体を暴いて見世物にすることで視聴率を獲得しようというものだったのでしょう。」
「シン。そのスケープゴートって何なの?」
僕は市子さんに視線を送ると神妙な顔で頷いてくれる。
「市子さんの息子さんのことです。この閉鎖的な村の成り立ちは隠れキリシタンだったことにあります。閉鎖的ということは外部との人の交流が全く無い。人の交流が無いと近親婚が行なわれ先天性異常を持った子供たちが産まれるということです。」
かなり三段論法だが日本国中至る所にこの種の例が存在し実証されていることでもある。
「ええ、昭和の時代には『身体障害者』や『精神障害者』といった子供たちが沢山産まれ死んでいったわ。早くから外部との交流を始めた犬噛家は大丈夫と思っていたのだけど。」
市子さんはそう言って顔を伏せる。
「彼女の息子さんの場合は比較的軽微な部類でした。現代医療では簡単に治るようなものでしたが、治療されずに放置されました。それは八重歯と言うには長すぎる犬歯でした。しかも下から上に生えている。だから彼は人前に出るときは狼男のマスクを付けるようになりました。」
映像業界の人間はそういったマスクや特殊メイクに長けているから、元の顔を想像しておかしいことに気付いたのでしょう。
「なんで治療されなかったの? 抜歯でも削ってもいいものだったのでしょう。」
「おそらくキリシタンの隠れ蓑として犬神憑きを詐称してきたから、それこそ『たたり』だと思われたんだ。削ったり抜いたりしたら新たな罰が村に下ると思った。」
犬噛家では本当に犬神憑きを酷使してきたから余計に怯えていたのかもしれない。
「別にいいじゃねえか。有名になれるんだからよ。狼男の里として村が有名になったら、観光客も来るだろうし、もしかしたら俳優としてスカウトされるかもしれんぜ。狼男役としてだ。」
そんなに有名になることが凄いことなのだろうか。世の中にはひっそりと暮らしたい人間も沢山いると思うけどな。
「なるほど。だから貴方は間違えたんですね。」
「俺が何を間違えていると言うんだ。」
この村を撮影するのに犬神憑きというものを調べたりしなかったのだろうか。それとも頭からそう思い込んでしまったのか。それとも全てわかったうえで酒井プロデューサーがそう誘導したのか。
「貴方には狼男に見えるかもしれませんが違うんです。ここは犬神憑きを詐称した隠れキリシタンの村なんです。」
「一緒だろ。犬神と言えば狼男だ。」
なるほど劉貴さんにSNSで犬神と狼男の関係について問い合わせた通りの回答だ。日本にも狼がいたことや狼が孤高の生き物だったことで一種のヒーローとして日本版狼男が作られたらしい。
「それは漫画知識ですね。幾つかのアニメや漫画では犬神という名前の狼男が出てきます。ですが犬神憑きという妖怪が居るという言い伝えが日本には残っているんです。だから貴方が巧妙に作り上げた見立て殺人も村人にも僕にも全く意味不明だったんです。」
「でも村人はあんなに怯えていたじゃない。」
村人が怯えていたのか、面白がっていたのか。わからないが彼の思う方向じゃ無かったことは確かである。
「そう怯えていた。決して怒っていたわけじゃない。これが狼男を神聖視する村だったらどうでしょう。まず湧くのは怒りです。狼男に見立てた人間を狼男が殺せる手段で殺したわけですから。村人を怒らせて危害を加えようとする人間が出てくれば儲けもの。スタッフの1人が怪我をさせられる程度を想定していたのでしょう。」
「でもシン。彼ひとりでは暴れる男を山門の柱に縛りつけるなんて芸当はできそうに無いよ。」
「きっと『生意気な村人を脅かしてやろう』と言って被害者を誘ったんだと思う。手品用のナイフでも持ち込んでいたんじゃないかな。でも実際に刺したのは本物のナイフだった。」
「証拠はあるのかよ。証拠は。」
「無いですね。おそらくあったとしても処分されているでしょう。」
僕の嗅覚で彼の体臭がするところをしらみつぶしに探しても良いが今の段階では必要ないだろう。既にあたりはつけてあるから、公判を維持するために後で瑤子さんが偶然見つければいいだけの話だ。
「なんだよそれ。全部憶測だけじゃねえかよ。」
『期待はずれだな』と言わんばかりだが、相手の要求通り進める必要はない。基本的にはどれか一つの殺人事件さえ彼の犯行だと証明できればいい。あとの残りはアリバイさえ無いことを確認すればいいのだ。
「そうですね。僕が証明したかったのは貴方ひとりで実行できたということだけですから。第1の殺人では吊り橋を落としたのに思いもしなかった警察の介入があり、第2の殺人では村人から怒りをぶつけられるどころか怯えさせてしまった。貴方の言う狼男と真神さんを殺し合わせると見せかけて2人共殺すこともできなくなった。そこでやり方を変えたのですよ。」
「息子が殺されるはずだったんですか。なんていうこと。」
市子さんが彼を睨みつける。
「一星テレビのスタッフとして矢面に立った真神さんと犬噛家が対立する構図を描いていたのでしょう。完全に孤立化した状態下で仲間を殺され殺気立つ中、さらに真神さんが殺され、目の前には狼男にしか見えない異相の男が佇んでいたとなれば、殺しあったとしか思えないのではないでしょうか。」
「そんなに・・・上手く・・いくかよ。」
「そうです。その前の段階にもっていくところで躓いてしまった。だからやり方を変えた。スケープゴートはそのままに犬噛家の蔵で真神さんが惨殺死体として発見される。当然犬噛家に捜査の手が入り、市子さんの息子さんのことが明るみに出る。死体に噛みキズでもあれば、真っ先に容疑者にされるでしょう。」
「内臓を引き摺り出したのはそんな意図があったのね。」
どんな味がしたかはわからないが内臓を引き摺りだして噛み千切った。
「酒井さんをパニックに陥れ、スタッフ一行をバラバラにして、あらかじめ呼び出してあった真神さんと犬噛家の前で合流する。殺害場所は池が丁度いいと思います。血痕の始末に困らなさそうですもんね。蔵に死体を運び入れ死体を損壊する。長野の山奥とはいえ日中は25度を越える。数日も経てば腐敗して誰かが気付くでしょう。」
あの貫禄タップリの酒井さんが怯えている姿というのは想像できないが、威張り散らす人間ほどそういった場面に陥れば恐慌をきたしやすいのかもしれない。
「パニックってそんなに簡単に陥るものなの? しかも彼ひとりをどうやって。」
「そうですね。『次はお前だ』と印刷した紙を握りこみ、酒井さんに向って『ポケットに何かが入っている』といってポケットから紙を取り出したかのように装ってみる。というのは如何ですか?」
「全く見て来たような嘘を吐きやがる。それじゃあ、探偵じゃなく小説家だろ。」
「そういえば酒井さんがパニックを起こしたとき傍にこの人が居ました。」
傍証は傍証でしかないが一星テレビのスタッフから証言が出て来たのは大きい。
「浜田。貴様、俺を売るつもりか? まあいい。そんなこと何も証拠にならない。」
当然、他の人間に聞かれないようにしただろうし、スタッフはそれぞれ自分のことで精一杯だったはずだ。
「怪我していたのは何故。真神さんを殺したときに傷付いたの?」
「違うよ瑤子さん。あれは刺し殺した際に浴びた血痕を覆い隠すために付けた自傷行為だったんだ。腕にナイフが刺さっている人間を見て、服に付いた血痕が他人のものなんて誰も思わない。咄嗟に思いついたトリックにしては傑作でした。僕も騙されてしまいました。」
嗅覚に神経を集中していれば2種類の血の臭いがしただろう。
「それも憶測じゃねえか。どこに証拠があるってんだ。」
「あっ。服。服はどこなのシン。」
「彼の様子からすると証拠は隠滅されてしまったようですね。」
「そういえば、村役場の焼却炉に放り込んでいたわ。火がついていたから今頃灰になっているわね。」
志保さんがこの家まで彼を車椅子に乗せて運んできたときに棄てたのだろう。
「それに俺じゃなくても村人の誰かかもしれんだろう。真神は災厄を村に呼び込んだ張本人として恨まれていたんじゃないかな。」
「なるほど。それが警察を煙に巻くために用意した貴方の推理だったわけですね。」
「そもそも俺が同僚の真神を殺す動機が無いだろうが。」
「おそらくですが井川ディレクターの女性問題が関わってくるのでしょう。」
「また『おそらく』かよ。いい加減にしてくれないか。」
「まあ待ってください。これから動機を炙り出してみせますから。まずはSNSで『一星テレビの敏腕ディレクターHが男性とオカマの盗撮容疑で逮捕』とリークしてみます。志保さん。このリークにコメントを付けてください。真実であることが解るのであればどんなコメントでもかまいません。」
「いいわよ。」
『西九条れいな』の付けたコメントの拡散速度は芸能界でも類を見ない速度で広がっていく。多くのファンも拡散に協力するが芸能界の大御所に愛されている彼女のコメントは芸能界の中で次々と広まっていき、そのファンへと展開されていくのである。
お店のアカウントを使ったのだが凄い勢いでお友だち登録が増えていく。
「なんでお前たちのスマートフォン繋がりやがるんだ?」
「ああ衛星電話対応のSIMが入っているからですよ。瑤子さん。警視庁でリークする新聞社のメールアドレスにこのコメントが真実だということをメールして頂けますか。」
「いいわ。スマートフォンを貸してね。特殊なアプリをダウンロードするけどいいわよね。」
警視庁のメールアカウントを使用するメールアプリが存在するらしい。ダウンロード・インストールが完了すると警察手帳とスマートフォンを重ねている。警察手帳に内蔵されたICタグを読み取ってメールサーバーに接続できるらしい。
「なんだよ警官がそんなことをしてもいいと思っているのかよ。名誉毀損で訴えるぞ。」
「そうお? 情報操作したいときに良く使っているわよ。嘘は吐いてないから名誉毀損には当たらないわね。」
「しかもなんだあ探偵! お前オカマだったのかよ。」
彼は唾棄するように声を絞り出す。
「シンは違うわよ。吉長さんこと『一条裕也』さん改め『ユウ』さんだったわよね。」
「そうです。『ユウ』さんはニューハーフショーパブ『ガラスヤ』で働いていたこともあります。」
「『ガラスヤ』っておめえ。」
「そうです。店内に貼ってあったポスターの当人ですよ。」
僕もここ数年、荻尚子さんの代理でショーの振り付けに『ガラスヤ』に伺うことがあるが、9年前当時のポスターと全く変わらないスタイルをしているのだから凄いとしか言いようがない。
真神さんが気付いていたのか。よく似ていると思ってジロジロ見ていたのか。今となってはわからない。
「次にこのリークに対して自分でコメントを入れます。そうですね『この犯人。井川D
の女性問題にも関わっているらしい。ホモじゃなくてバイセクだったわ。誤報ゴメン。覆面の人物たちもバイセクかも!』っていうのはどうでしょう。」
「探偵! 絶対に名誉毀損で訴える。覚えとけよ。」
彼にとっては殺人事件の犯人と言われるよりもホモやバイセクシャルと言われるほうが名誉を汚されるらしい。
「へえ。どこに証拠があるのでしょう? 是非とも見せて頂けませんか。貴方のスマートフォンで。」
証拠、証拠と言う彼の真似をしてみる。
「証拠も何も目の前でコメントしたじゃねえか。」
「僕が口で言ってみただけかもしれませんよ。おおっと、早いなもうコメントが返ってきましたよ。覆面の人たちはストレートだそうです。このコメントの発信主をZiphoneのサーバーから探し出してみると・・・出ました興和製作の池谷和広さんだそうです。翔児さん知っている方ですか?」
まあ本当に訴えられることになってもアカウントを乗っ取られたとコメントするつもりだ。Ziphoneのサーバーから情報が出てこない限り証拠は無い。
「うちの専務です。なんてことだ。」
「後はDNA鑑定して逮捕して、殺人事件に関わりがあるか追及するように指示してよ瑤子さん。これであの事件の顛末が全てわかりますね。」
「とにかく動機があろうと無かろうと証拠は無いんだ。」
「証拠ならありますよ。ほら、この血で汚れた袖。見覚えが無いとは言わせません。ここに付いた血痕を調べてもらえば真神さんと羽根さんの両方のものだってわかると思います。」
『箱』スキルに入っていた所為か血液が生乾きで、黒く乾いている部分との差がハッキリとわかる。
あ、あれっ。何故か皆呆けた顔をしている。
「シン・・・そんな・・・そんな決定的な証拠品があるのなら初めから出しなさいよ。」
それは言わないお約束でしょ。
古今東西。どんな名探偵でも決定的な証拠品は最後に出して犯人を追い詰めるのが決まりだったはずなのに、何かを間違ったのだろうか。
これを初めから出したら、誰も僕の推理なんか聞かないでしょ。
「それなら素直に罪を認めるのに。俺にホモの烙印を押しやがって!」
思いがけないところから追撃が掛かった。
羽根さんは連続殺人の罪を認めることよりもホモの烙印を押されるほうがなによりツライことのようだ。何故だ。ありえないでしょう。
☆
「真神が女性タレントに仕事を斡旋してくれるように頼んできたんだ。」
罪を認めた羽根さんはポツリポツリと経緯を話始めた。
「何故羽根さんに? チームが違えば横の繋がりが全く無いのがテレビ業界。今回、真神さんがこちらのチームに所属していることも異例中の異例のはずですよね。」
「ふーん。意外と業界に明るいんだな。」
「はい。業界では演出家荻尚子の助手を務めさせて頂いています。」
ダンスシーンの振り付けが主でZiphone関連の仕事だったりするけどね。
「ほう・・・良い先生に付いているんだな。羨ましい。俺なんか上司が全て不祥事で辞めているんだぜ。嫌になるよ。」
羽根さんは心底羨ましそうだ。
だが演出家荻尚子は非常に仕事に厳しい人間で少しでもミスをすると殴る蹴るの暴力を振るわれる。僕が鍛えている分だけ余計に遠慮が無い。
普段がくどいくらいに甘えてくる分だけ、その豹変は凄まじい。しかも持ち前の運動神経で反射的に逃げると暴力の度合いが上がってきてしまうのでされるがままにするほかにないのだ。
いかんいかん。思わず遠い目をしてしまった。
「真神が俺を頼ってきたのは業界で『女衒』と有名だったからだろう。良く居るんだ。自分のモノにした女に仕事を斡旋してくれという人間が。俺も仕事を回すためにいろんなところに女を回していたんだ。それが興和製作の重役たちだったというわけさ。」
覆面をした男たちは興和製作の専務だけでなく主だった重役たちだった。それを聞いた浜田さんたちは青くなっている。
「何故下請け会社の重役に?」
そんなところへ斡旋してもあまり旨味が無いように思える。
「それは、この女がプロデューサーへの昇格を阻止しているためだ。」
志保さんのほうを指差す。
「なんでそんなことをしなきゃいけないのよ。貴方が昇格できなかったのはあくまで実績が無かったからであって、来年度の昇格者の最有力候補だったわ。」
「志保さん。それは羽根さんが女性を元社長や『観奇谷鬼好』に斡旋していたからですよ。だから今回出所したばかりの『観奇谷鬼好』に協力させたのでしょう。あの事件のときは被害者は誰もそのルートについて口を割らなかったそうです。」
『観奇谷鬼好』は以前映画監督として活躍しており、女優として契約した女性に対してAV出演を強要していたそうである。志保さんも第1作目を映画監督『観奇谷鬼好』を依頼しており、その正体を暴いたのが誘拐事件の動機だったそうである。
「ああ村人の敵意をこちらに向けようとしたんだが失敗だったみたいだな。」
「業界の人間としては信じられないかもしれませんが井筒志保という女性は女優であることよりもスターグループのオーナー夫人であることよりも医師であることを選ぶ人間なんです。現在女優をしている理由も宮内庁病院の医師として多くの人々を救える立場に居ない腹いせなんですよ。」
「ちょっと待ってよ。前半は合っているけど後半は間違っているわ。」
「大きな病院の医師だったら、女優も和重さんの奥さんも辞めてないと誓えますか?」
井筒和重というのがスターグループの現オーナーだ。
「ぐっ・・・。」
即答できないらしい。和重さん可哀想だ。この価値観の違いが業界に軋轢を生む原因になっていたらしい。そのことにいち早く気付いた球団社長がスポンサーの意向を振りかざして悪意が志保さんに向かないようにしてきたのだ。
「こういう女性なんです。だから羽根さんのことなんて、ひとかけらだって気にしてなかったと思いますよ。」
まあ和重さんが羽根さんの『女衒』行為を独自に調査して昇格を止めていた可能性はあるけどね。
「俺が間違っていたのか。それならば興和製作に移籍する必要なんて無かったじゃないか。」
なるほど。興和製作に移籍するための足場固めのために女性を斡旋していたのか。それも女性タレント側が訴えたことで全てご破算になってしまい。その証拠を握る真神さんが邪魔になったのか。
☆
翌朝には吊り橋の反対側に重機が入り1時間もしないうちに復旧したらしい。
らしいというのは前日のうちに羽根さんを抱えて山を降りてしまったからだ。瑤子さんは歩きで『ぶーぶー』言っていたが自傷行為でも怪我人を優先するのが当然だ。
サスペンスドラマじゃあるまいし、吊り橋の上から飛び降り自殺でもされてしまったら探偵役を務めた意味が無いからな。
「さあ来たわよ。パフェを出しなさい。」
初めて志保さんがドッグカフェにやってきた。お目当てはパフェのようである。
僕は無言で志保さんの前に季節限定のパフェを置いた。
「何よこれ。私が欲しいのは桃パフェよ。」
「何を考えているんですか。とっくの昔に桃の季節なんて過ぎ去ってます。このマロンパフェも今シーズン最後のパフェですよ。」
「いいのかな。そんなことを言っても。瑤子さんに報告しちゃうぞ。渚佑子さんにはいつでもどんな種類のパフェも出しているって。」
この女はあれから瑤子さんとSNSで繋がっているらしい。
瑤子さんも瑤子さんだ。あれだけ嫌っていたくせにSNSを交換したいと言われたら嬉しそうにしていた。意外とミーハーらしい。
「別に構いませんよ。」
特別サービスする人間がどうせ2人になるなら瑤子さんを選ぶ。
「ちょっと待って。これって、もしかして1日5個限定の吉祥寺倶楽部のマロンパフェ。」
僕が志保さんの前からマロンパフェを取り上げようとすると待ったが掛かった。
「よくご存知ですね。渋皮のマロンを取り上げると程よい甘さの栗の甘露煮が現われる。栗の甘露煮を取り上げるとマロングラッセが現われ、マロングラッセを取り上げると小布施の栗鹿の子が現われる。伝説と言われている吉祥寺倶楽部のマロンパフェを模して作ったパフェですね。」
「ああっ。」
嫌がらせでさっさと『箱』スキルに仕舞いこむ。
「冗談ですよ。さあどうぞ。季節限定のパフェはお店のアカウントSNSで情報を発信しています。4日目辺りが狙い目ですよ。」
涙目になった志保さんに再び『箱』スキルから取り出してパフェスプーンを添えた。僕の嗅覚はまたしても嘘泣きと判断したが、まあここは騙されてあげよう。
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第2章の連載開始は金曜日に予定しております。