第17話 そして犯人は必ずつまらないミスをおかす
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「シンは私のものよ。ふざけないで。」
僕は間に入って庇ってくれる瑤子さんを置いて自分に割り当てられている部屋に引きこもる。思わず自分の短所を露呈してしまった。瑤子さんのときもそうだったが世間一般の価値観とはズレがあることは知っている。
もちろん僕は性的にノーマルストレートな人間だ。しかし、ああいう人たちが目の前に現われても口説かれても相手を罵倒することはできないのだ。これで相手が不細工だったら、そこを正直に言ってお帰り願うところなのだが、そういう欠点が無ければ逃げ回るのが関の山だ。
「ねえシン。逃げ出さないでよ。全く。」
瑤子さんが帰ってきて口を尖らす。怒るのは最もだ。瑤子さんは恋人なのに違う女性を褒めるなんてとんでもないことだ。
「でも。」
でも心で思っていることと違うことを言うのは苦手なのだ。
「うん解っているよ。そこがシンの良いところなんだから変わらないでいいからね。でもシンには余所の女の人の身体は覚えておいて欲しくないの。」
瑤子さんが自分の服をスルスルと脱ぎ出す。
「うん。綺麗だ。とっても綺麗だよ。瑤子。」
じっくりと堪能した僕は瑤子さんをギュっと抱き締めた。
☆
念のために2階の羽根さんのところへ向う。彼は襲われているのだ。悲鳴を聞いて怯えているかもしれない。
「悲鳴? うつらうつらしていたから、聞こえなかったぞ。何かあったのか?」
鎮痛剤と抗生物質を処方されている彼は薬が効いていたらしい。
「吉長さんがお風呂場で誰かに覗かれたらしいんです。」
「真神か?」
意外とすぐに反応が返ってきたどういうことだろう。
「何故そう思うんですか?」
「ああ。真神がロケバスで彼女をチラチラと見ていたから、好みのタイプなんじゃないかと思ったんだ。違うのか?」
「そんなに良く見てなかったみたいなんです。」
「なんだそりゃ。風呂場の窓といえば結構な高さがあるだろ。余程近くまで行って何かに登って見なければ覗くのは難しいじゃねえか。」
「随分、詳しいですね。さては覗こうとか考えてましたね。」
「まあな。男なら誰でも思うことだろ。」
羽根さんは悪びれもせずにそんなふうに返してくる。
周囲に人の気配は無かった。僕の聴覚を信じるならば確実である。では人の顔のようなものが風呂場の窓に映ったということはどういうことだろうか。
「次に風呂に入るのは誰なんだい?」
「もう皆入ったので後は僕だけですけど。」
その後入る予定だった志保さんも瑤子さんも入るのを渋っている。志保さんは執刀で瑤子さんは張り込みで何日も風呂に入らないことがザラなので気にならないということだったが僕は気になる。
「じゃあ気をつけろよ。真神の奴、コッチの気もあるみたいだからな。一度、その手の店に連れて行ったら店に貼ってあった性転換したオカマのポスターを見て、女みたいに『綺麗』を連発していたからな。」
羽根さんが手の平を裏返して口元に持ってくる。
この人本当に業界人か?
オカマをみて綺麗って言う男をゲイだと思うなんて付け焼き刃すぎだろう。
真正の同性愛者は男性の格好をしている男性しか愛することはできないと聞く。綺麗なオカマを見て女性の代替品にする男は同性愛者ではありえないのだ。なんでこんな簡単なことが解らないのだろう。
まあ世間の認識は少しでもズレている人間は侮蔑すべき存在でノーマル男性の対極に居るゲイと大差無いのかもしれないが、今時芸能界のどこでも平然とカミングアウトする世の中なのだ。
その違いを正確に掴んだ上で上手く活用していくのが業界人らしさだと思うのだが目の前の人物は違うらしい。一星テレビもこういう人間がディレクターをしていたのでは視聴率が低下しても仕方が無いのかもしれない。
「無いと思っているのかもしれないが君みたいな体形の人間が奴らの好みなんだぞ。」
僕が黙っていたのをどう勘違いしたのか、自分の付け焼刃をさらに露呈してくれる。
確かにこれは聞いたことがある真正の同性愛者は僕みたいなガチっとしていてムチムチと筋肉が付いた体形に欲望を感じるらしい。
それはあくまで真正の同性愛者であって、オカマを綺麗と言う男性ではありえないのだ。バカだろうこの男。
「わかりましたよ。気をつけます。」
こんな偏見に満ちた人間に何を言っても無駄だ。素直にハイハイと言って心の中で舌を出しておけばいいのだ。
☆
そう思ったものの、あんなことがあった後に入る風呂場は気になるよな。ついつい窓のほうばかりに目が行ってしまった。
馬鹿馬鹿しい。そう思って目を逸らしたときだった。視界に何かが映った。
あっ。と思った次の瞬間には消えていた。僕の聴覚も嗅覚も外に誰かが潜んでいる気配は無かった。そこで視覚を広角に変え、聴覚も嗅覚も広範囲に拡大する。
そして余所見をしていると窓に何かがチラチラと映った。真神さんの顔写真のようだったが凄く明るく笑っている。こんな笑顔は見たことが無い。
僕は思い切って湯船の縁に窓に向って立ち上がる。
『うげっ。』
やはりだ。僕の聴覚が捉えた声の主のところへ急行する。
「何をしているんですかっ!」
声の主がノートパソコンからこちらに顔を向けておりノートパソコンの画面には誰も居なくなった風呂場の動画が映っていた。
「シンこそ何をしているのよ。そんな格好で。」
瑤子さんにそう言われ自分の格好に気付いた。そういえば、素っ裸だった。これじゃあ僕のほうが痴漢じゃないか。
うっかり廊下と階段を素っ裸で走ってきてしまったらしい。なんてバカなんだ。
僕は『箱』スキルから下着を装着し、シャツとズボンも装着する。
その様子を見ていた彼は驚愕に顔を歪めている。彼が何を言っても嘘吐き呼ばわりされるから全て見せた。少しくらい僕を恐れてもらわないと話が進まないからな。
「これでいいかな瑤子。その画面には風呂場が映っているだろ。とりあえず、彼を盗撮の現行犯で逮捕してくれないか。」
瑤子さんが証拠品となるノートパソコンの画面を確認する。
「本当だわ。」
彼の腕に手錠が掛けられる。
「このノートパソコンは被害者の僕が預かっておくね。令状が取れ次第、引き渡すから。」
『嵐の山荘』事件は逮捕状と捜査令状がすぐに取れないのが難点なのだ。
探偵がどれだけ罪を暴いて、警察官がその場に居たとしてもできるのは法律上任意同行が限界である。それでは容易に自殺されてしまうし、犯人が足掻いて現行犯逮捕できたとしても証拠品の隠滅がされてしまった後ならば公判の維持ができないということになってしまう。
かなりこじつけだが、被害者の僕には奪われたものを奪い返す権利が保証されているので一時的に預かる権利を有する。まあ後で窃盗容疑で刑事告訴を掛けられても情状酌量されて不起訴になるのがオチである。
さらに『箱』スキルに入れてしまうことで起動中のまま、つまりパスワードが掛かっていないまま警察に証拠品を引き渡し、データの吸い取りを容易にする意味もあったりするのだが、これは余計だな。
「とりあえずということは他にも容疑があるのよね。」
「もちろんだよ。第1の殺人も第2の殺人も第3の殺人も全て彼が仕組んだことだったんだ。」
次回はいよいよ解決編です。現在執筆中。月曜日に更新を予定しております。
こういった古典的な探偵小説の作法にのっとれば『読者への挑戦状』を書くところですよね。
ですが、かなり想像で補ってもらわなければならないかもしれませんし
第3の殺人事件は被害者の名前さえわからないのでは卑怯と言われそうですので止めておきます。
『それでも挑戦したいぞ』という方のみ感想欄に書いて頂けると嬉しいです。