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帰還勇者のための休日の過ごし方  作者: 一条由吏
超感覚探偵の温泉旅行記
16/32

第15話 そして第3の事件

お読み頂きましてありがとうございます。

「あれっ。これは酒井さん?」


 村役場を出てみると雨は上がっていた。真神家に向って歩いていくと嗅ぎ覚えのある体臭が僕の嗅覚を掠めたのだった。


「どうしたのシン。」


 その場で改めて深呼吸を繰り返すとアドレナリン臭の濃淡により人の動きが見えてくる。凄く興奮しているみたいだ。


「多分、山寺から酒井さんが出てきて、こっちの脇道に入っていったみたいなんだ。」


 この強烈なアドレナリン臭が気になる。何にこんなに興奮しているんだろう。


「それって拙いじゃない。この脇道って下の温泉地に向う道でしょ。逃げ出したってことじゃない。あの男が犯人だったということ?」


「多分怖くなって逃げ出したんじゃないかな。拙いな。下手をしたら遭難する。いや絶対に遭難するよ。」


 僕たちが通った道はまつたけの収穫ルートだったらしくて比較的平坦だったが本来のルートは結構急勾配な道なき道が続いていたのだ。


「あの道は村の者でも重装備で降りないと遭難します。こんな雨上がりの日にあのルートを通るのは別ルートを知っている私たち犬噛家の者くらいです。」


 市子さんが補足してくれる。相当に危険な行為みたいだ。


「とりあえず温泉地側の出入り口に警察官を配置して貰いましょう。まる一日経過しても降りてこないようだったら、捜索隊を出して貰いましょう。それでよろしいですね。市子さん。」


 神谷警部にショルダー型の衛星電話機から電話を掛けてもらう。何十年前の携帯電話なんだか。


「お心遣い感謝します。」


 その間にまつたけの収穫などを済ませてしまってくださいという意味で言ったのだが通じたようだ。結構な量を僕が収穫してしまっているから残ってないと思うけど、他の人間にまつたけを取られないようにしてある工夫のほうが問題である。


 余程相性のいいきのこじゃなければ、あんなに隣接して別のきのこが生えたりしないのだ。きっとまつたけが小さいうちの周辺に毒きのこを植えるのだろう。


 まつたけの香りが漂うなかであの一群をみれば根こそぎ持っていく。おそらく周辺の村々にはまつたけの香りに似た香りがする毒キノコが生えているところと認識されているに違いない。


「とにかく山寺のほうで何かがあったのは確かでしょうから、行ってみましょう。」


 市子さんと村長をその場に置いて僕たちは山寺に向った。


     ☆


「翔児さん。どうされました。」


 山寺近くまで行くと興和製作の翔児さんに出会った。


「それが酒井さんが突然『次は私の番だ』と騒ぎ出したと思ったら飛び出して行ってしまったんだ。それでみんなで手分けして探しているところなんだ。」


「1人ずつバラバラで探しているんですか?」


「そうだよ。それが・・・。」


 翔児さんの顔が白くなっていくのが解る。自分たちの行為が今どれだけ危険を冒しているかわかったらしい。1人ずつバラバラで行動されたのではこの辺りに潜んでいるかもしれない殺人事件の犯人に『殺してください』と言っているようなものだ。


「解ったのなら、僕たちと一緒に行動してください。他の仲間さんを1人ずつ探し出して合流していきましょう。」


 僕の嗅覚からは逃げおおせないはずだ。次々と捕獲していく。最後に残ったのは羽根さんだった。少し探索範囲を広げ、嗅覚と合わせて視覚も使っていく少々暗くなってきていたがようやく見つかった。犬噛家のほうに向っているようだ。


     ☆


「助けてくれぃぃぃぃ。」


 羽根さんは血だらけで立っていた。腕には銀のナイフが突き刺さり、血が滴りおちている。長袖シャツの袖口から肘の辺りが血で汚れている。


「那須くん。救急箱。」


 志保さんに言われて我に返る。紙袋を経由して『箱』スキルから救急箱を取り出して志保さんに渡した。HPポーションを渡そうか迷ったが瞬時に傷口が治るのは非常に拙い。死にそうになってからでいいかと思い直したのだ。


 志保さんが血だらけの袖をハサミで切り取る。僕はその袖を受け取ったはいいが持て余して『箱』スキルに仕舞いこむ。


「那須くん。ナイフを抜くから、この布で腕を縛って。」


 僕は指示されるままに救急箱から取り出した三角巾で腕を縛り上げる。確か心臓よりも上の位置にするんだよな。必死に昔習った救命講習の内容を思い出す。


「刑事さん。このナイフは証拠品だから手袋を着けてなるべく柄の部分を持たないように引き抜いてください。はい抜くよ、しみるよ、痛いよ。」


 志保さんが応急処置を淡々と進めていく。まさに独壇場だ。


 ナイフは動脈を外していたらしく大きな絆創膏を貼り何回かに分けて縛って止血することでなんとか血は止まったようだ。


 その間に村役場に担架を取りに行って貰っている。村役場に隣接した診療所はあるが医者は常駐していないらしい。その診療所に設備が揃っているようだったので村長の了解を得て使わせて貰えることになった。


「終わったわよ。とりあえずヘリは呼ばなくても大丈夫だったわ。」


 縫合が済んだらしい。診療所には入院設備が無いことから、羽根さんは真神家で預かってもらうことになった。


 後で知ったのだが村役場には防災無線があり、吊り橋が落ちたことは長野県には伝わっていたらしい。ただ無線が設置されている場所に常駐させる人員が無いため、連絡手段は一方通行になっていたらしい。

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