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帰還勇者のための休日の過ごし方  作者: 一条由吏
超感覚探偵の温泉旅行記
11/32

第10話 本物とニセモノの違い

お読み頂きましてありがとうございます。

「おいそこの木偶の坊。お前代わりにやれ。」


 山寺の撮影は始まったものの住職が出演を渋ってきた。僕の入れ知恵で物事が上手く進まなくなったと怒っているらしい。


 市子さんの意図は僕に説得役をやらせて僕の顔をたてようということなのだろうがテレビ局の人間がそんなことで恐れ入ったりしないと思う。ここはガツンと実力を示してしまうほうがいいに違いない。


 台本上の役柄的には無愛想な住職といった感じで、木魚を叩く住職にレポーター役の志保さんが後ろから話しかけるがぶっきらぼうに答えるだけである。


「簡単だろ。どうだ3枚目俳優デビューも夢じゃないぜ。」


 そう言って酒井プロデューサーがゲラゲラ笑うとスタッフも一緒になって笑っている。しかし志保さんまで笑うことは無いだろう全く。


 確かに袈裟姿はこのガタイに似合うかもしれないけど。


「解りましたよ。ですが志保さんにお手本を3回ほどお願いできないでしょうか?」


「いいわよ。」


 志保さんの天才女優ぶりは有名だ。新人の頃は過去に見た映像の演技そのままをやってみせることができたという。今では数々の映像の中から必要な部分をチョイスした上で感情の色づけをしつつ演技ができるらしい。


 きっと今頭の中で住職役の映像を組み立てなおしているところに違いない。その頭の中の映像通りで演技が目の前で展開される。


 そんなことは志保さんにしかできないがそれをお手本として3回みればダンスと同じようにコピーすることもできるはずだ。お誂え向きにBGMに木魚の音まで入っているのだ。出来ないはずが無い。


 最後には振り返って笑顔までサービスしてくれたらしい。テレビ局のスタッフたちが一様に頬を染めているところを見ると無愛想な顔から笑顔へのギャップで男を陥落するという噂は本当らしい。僕は演技終了後に今見た映像を組み立てなおすのが精一杯で見ていなかったけど。


「那須くん。何故そんな技まで持っているのよ。」


 僕が後方と右斜め前方左斜め前方の3箇所で視覚と聴覚に全神経を集中して記憶し、実際に1発OKを貰うことができた。


 これには僕を笑った奴らも苦い顔をしている。きっと何度もNGを出してもっと笑いものにする気だったのだろう。もう何も言わせるつもりはない。


「いえいえ、お手本がいいからですよ。僕の演技は単なる劣化コピーですから。」


 荻尚子先生から演出の指導を受けるようになって、男女間の若干のニュアンスの違いを組み立てなおすくらいは出来るようになっているが、殆ど志保さんの演技の劣化コピーでしかない。


「ううん天才よ。そんなことをできる俳優は1年に1人も居ないんだって。ねえ今度スギヤマ監督に紹介してもいい? こんな逸材が居ると知ったらなんて言うかしら。」


「止めてください。そもそもお手本が無ければ演技ができない俳優なんて役に立たないですよね。」


 実は既にスギヤマ監督とはお会いしている。ダンスシーンの演出で荻尚子主宰が自主謹慎中に代役として呼び出されたことが何度かあるのだ。


 その時に僕の色が全く無いと苦言された。劣化コピーなんだから仕方が無いと思うがまだ始めたばかりである。そういうことは10年後に言ってほしいものだ。


「でも私が1人二役の演技を考えて、那須くん相手に演技をしたら最高のものが撮れるはずよ。」


 これだから映像系の人間は鬱陶しい。最高の映像が撮れれば何を犠牲にしてもいいと思っている。


「それだと貴女の相手役しか務まらないじゃないですか。」


 僕が割り切れるうちはいいだろう。僕自身が最高のものにしたいと思ったとき、天才女優を超えられない苦しみを味わうことになるのだ。まだジャンルの違うダンスシーンで戦ったほうがマシである。


「他の映画に出演する場合は私が演技指導を・・・。」


 流石にそんな時間が無いことに気付いたのだろう。それでなくても本業の医師の勤務時間が減っていると聞くからな。


「まあギャラをしっかりガッツリ貰えそうな代役とかあれば呼んでください。スポンサーの意向さえ合えば別に構いませんよ。」


 『西九条れいな』主演のスギヤマ監督作品は山田社長がスポンサーだから、お手伝いすることはやぶさかでは無いが他のスポンサーの作品に出演するのは遠慮したいところだ。


 山田社長の手を煩わせないようにしようと思って行動しているつもりがいつのまにかバックアップ体制が整えられていたりして逆に手を煩わさせていることに気付いて愕然とすることが何度かあった。


 それ以来、僕は山田社長がスポンサーを務める事業へ積極的に首を突っ込み利益になるように動く方針に切り替えている。だがこの女は本能的にそうできているのだから癇に障るのだ。


     ☆


「何、どうしたのシン。」


 僕の出番が終わり瑤子さんの傍に戻るとすぐにその身体を抱き締める。たったあれだけの時間だったが本物とニセモノとの違いを思い知らされたのだ。


「ごめん。しばらくこのままでいいかな。すぐに元の僕に戻るから。」


 僕の泣きそうな思いを知ってか後ろからよーちゃんもハグしてくれる。このときばかりはその温もりが嬉しかった。

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