プロローグ
お読み頂きましてありがとうございます。
拙作『帰還勇者のための第二の人生の過ごし方』の外伝ですが
単独でも読める物語となっています。
野際瑤子:警視庁捜査1課長
横溝搖太:警察庁刑事局長
一見最強のジョーカー2枚を持っている主人公ですが・・・。
「瑤子さん。ごめん。怒っているよね。休暇を台無しにして本当にゴメン。」
僕の経営するドックカフェ『超感覚』は長期休暇に入った。
この店の名は僕の五感が人より優れているから付けた名前だ。嗅覚は警察犬よりも優れているし、聴覚は遠くに居るの人間の声も聞き取り、視覚は走る新幹線の窓の人の顔を判別できる。触覚は空気の流れる方向が分かり、味覚はどんな料理でも再現できる。
この驚きの能力は生まれ付いてのものじゃない。ある異世界召喚されたときに神から頂いたスキルだ。普通なら魔法とかのスキルを貰うのだろうが召喚先では適性が無いと使えないらしい。
だから代わりに五感を敏感にしてほしいとお願いしたのだが、召喚した人たちに戦えない人は欠陥品と烙印を押されてしまったので帰ってきた。
その後プロ野球選手に成りたいという夢を捨てきれず、スキルを生かしてプロテストに合格し1軍で活躍したものの肩を壊したので引退し、貯めたお金でこの店を始めたのだ。
7月8月といった子供たちが夏休みに入る期間はドッグカフェ『超感覚』の周辺にあるドッグランに訪れる家族連れが多い。週1回のお休みも取らずに営業を続けた代わりに、9月に遅い夏休みを取ったのだがそれに合わせて休暇を取った瑤子さんが案内してくれた温泉地に来ている。
ドッグカフェの看板犬のコウスケくんは車に酔うたちで、宿泊先の旅館がペット可でもなかったので麻生劉貴さんに預かって貰っている。
劉貴さんの奥様のフラウさんは僕を異世界召喚した張本人だとかでそれを引け目に感じているらしく頼みごとをしても嫌な顔ひとつせずに引き受けてくれるのだ。
それを利用しているわけでも無いのだが、逆に頼める用事を頼まずにすませてしまうと後で知ったフラウさんの気分が落ち込むらしく劉貴さんに催促される始末なので極力お願いしている。
その場所は長野県の山奥にあり瑤子さんの運転する真っ赤なスポーツカーで明らかに制限速度オーバーで飛ばしても3時間以上掛かるところにあった。
「シン謝らないで。大丈夫怒ってないから。」
そう言ってくれる瑤子さんだったが僕の嗅覚には神経を集中しなくても怒りの際に発せられる臭いがビンビンに感じられたから、かなり怒りの度合いが高いのは確かだ。
「瑤子。俺でもお前の怒りを感じるんだから、そういうことに鋭い那須くんは余計に敏感に反応しているんだ。まず心を落ち着けなさい。」
怒りの原因は全く別だがやはり怒っている瑤子さんの兄の横溝刑事局長が嗜める。
「だって。なんでこんな鄙びたところで殺人事件なんか起こすのよ。長野県警も変でしょ。警視庁捜査1課長がそんなに珍しいの? わざわざ初動捜査の陣頭指揮を執らされるとは思わなかったわ。」
桜田門の美魔女。自称警視庁のマリリンこと野際瑤子警視正はノンキャリアが多い捜査1課長にのし上がったキャリア組だ。
警視庁管内で重大事件が勃発し彼女が陣頭指揮を執ると警察官の気合が違うらしい。数年前に強犯1係の係長だった当時発生した『西九条れいな』誘拐事件でその辣腕が評価されて捜査1課長を拝命したそうである。
瑤子さんの怒りの原因は僕が昨夜、死体を発見してしまったからなのだ。
この温泉地に到着した夜にお風呂に入りにいくとそこには瑤子さんの姿があった。混浴だったらしい。温いお湯と聞いていたので長湯しようと思っていた僕は頭の中が沸騰しそうになってしまった。
そこで頭を冷やそうと温泉地を流れる渓流を何の気なしに遡って見ていたところ、5キロメートルほど上流で木の枝に引っ掛かって首が変なふうに折れ曲がっている死体を見つけてしまったのだ。
そのことを報告すると瑤子さんは警視庁捜査1課長の顔に戻り飛び出していった。そして帰ってきたのが明け方近くだった。
発見方法を克明に説明できない瑤子さんは現場に足を運び第1発見者を装ってくれたらしい。
刑事局長はよーちゃんで動こうとしてくれたのだが、如何せん童顔のよーちゃんは刑事局長だということを信じて貰えず、何故事件のことを知っているのだと疑われてしまったらしい。
「瑤太が絡んでくるから余計ややこしいことになったのよ。留置場の中に居た瑤太を見たとき青ざめたわよ。」
結局、瑤子さんが身分証明をしたらしい。今頃、長野県警の本部長が青ざめているに違いない。
僕も現場検証を行なっている鑑識班を尻目に現場で状況把握を行なっていた。死体は上から落っこちてきたらしく、周辺を視覚で調査をしてみると吊橋の残骸らしきものが垂れ下がっており、さらに吊橋のロープの端は明らかにナイフで切られた後があった。
それをSNSで瑤子さんに報告する。瑤子さんは双眼鏡で確かめたフリで次々と新たな発見を現場指揮官に報告していったらしい。
初めは事故死と思われたようだが現場の状況から殺人事件に切り替わった。
「それで吊橋の向こう側にある村落に連絡を取ろうとしているのだけど、電話線も切れているらしくて連絡がつかない有様なのよ。村落の人間だけが知っている裏道があるらしいんだけどシン解るかな。」
吊橋の反対側には道路も通っているが村落に入るには吊橋を通るしかないらしい。
「スマートフォンも使えないってどんな秘境だよ全く。」
丁度、携帯基地局の死角にあるらしい。高圧電線も通ってなければ、道路も通っていないのでは大型の携帯基地局を設置するしか無いのだが採算が合わないらしい。
日本中いたるところにこういった場所は存在する。僕が山田社長から与えられているSIMカードは衛星通話もできる特殊仕様だから世界中、それこそ海洋上でさえも電話は掛けられるようになっている。
「解ると思う。1人がギリギリ通れる道のようなものは所々に見え隠れしているし、嗅覚を使えば辿っていくこともできると思う。でも瑤子さんは背負って行けばいいけど、よーちゃんは難しそうだよ。」
その場合、僕が先頭で数人の警察官を連れて山道を登っていく必要があるだろう。よーちゃんとて警察官の端くれと思いたいところだがこれまでの経験で現場に連れて行かないほうがいいことが解っているのだ。
「那須くんが行くほどのことでも無いさ。現場は瑤子に任せておいて俺と明日まで泊まって帰ろうじゃないか。俺が長野県警本部長宛に通達を出しておけば警視庁も長野県警も納得する問題無い。そうしよう。」
よーちゃんは面倒になってきたのか。いい加減なことを言い出した。
「瑤太。卑怯者!」
「瑤子に卑怯者なんて言われる覚えは無いね。先攻を選ばせてやったんだから十分譲っているだろう。」
「よーちゃん。ダメだよ。あの村には困っている人が居るかもしれないんだ。とにかく行ってみてくるから、お留守番をしていて。」
推理物で言う『嵐の山荘』状態になっているらしい。所謂、陸の孤島というやつだ。もし犯人が連続殺人を犯そうと考えているならば、警察の介入を嫌いこんな面倒なことをしているはず、ならばその裏をかき数名とはいえ警察官を連れて乗り込んでいけば抑止力になるはずだ。