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SF短編

テセウスの船

作者: 寝る犬

 私が人体を瞬間移動させる装置を開発してから10年になる。


 まぁ瞬間移動と言っても物理学の限界はあるのだ、光の速度でしか移動はできないのだが。

 人体をスキャンし、すべての情報を電気信号に変換して、他の場所で再構成する。

 有り体に言えば、劣化のない三次元FAXのようなものだ。


 現在はその技術を使って、増えすぎた人間の火星への移住が盛況だ。

 なにしろ今まで片道一年半かかっていた火星への移動が、わずか8分になったのだから。


 私だけが知るその装置の理論・構造・その他もろもろの特許により巨万の富を築いた今、私は刑事の尋問を受けていた。



「テセウス博士、貴方の作った瞬間移動装置『テセウスの船』が、国際法で定められた『人間のクローンを作成する技術の禁止』に抵触すると言う密告があった」


「ほう、それは興味深い」


「笑い事ではない。それが本当ならば、貴方は重罪人として処罰を免れない」


「ふむ、それはどんな罪状かね?」


「人間のコピーを作ってはいけない。人間が人間を作ってはいけない。簡単な倫理の問題だ」


 刑事は隣に法律と科学の専門家を従えて尋問を続ける。

 刑事に促され、昔、私の研究室に居た科学者が話を引き継いで説明を始めた。


「お久しぶりです、博士。貴方のお作りになった『テセウスの船』は、人間の情報を電子化し、遠方へ電送して、そこにある人間の材料――水、炭素、アンモニア、石灰、リンなど――を元に新たなる人間を創りだす機械ですね」


「その通りだ」


「認めたな、これで博士、貴方は二つの罪に問われることになる」


 刑事は、間をおかずに肯定した私の目の前のテーブルに手をつき、睨むように私に顔を近づけた。


「二つとは?」


「一つは国際法に違反した『人間のクローンを作成した』事による罪」


「うむ、もう一つは?」


「電送した後の人間を材料レベルまで分解した罪。つまり……殺人だ」


 刑事も、法律家も、科学者も、全員がこの結論に納得している。

 しかし、私だけは納得していなかった。


「ちょっと良いかね?」


「どうぞ、 ただあなたには黙秘権がある。ここで行われた供述は、法廷であなたに不利な証拠として用いられる事がある。それを念頭に入れて、発言には責任をもっていただきたい」


 刑事の通り一遍のセリフに鷹揚に頷いて、私は疑問を口にした。


「私の作った『テセウスの船』は確かに先ほど言った通りの機能を持つ。つまり人を一度情報化し、別の場所で再構成する。コピー元の不要な肉体は原材料レベルに分解して再利用する。これの何処が問題なのかね?」


 わかりきった事を聞く子供に対する教師のように、めんどくさそうな顔で口を開こうとした刑事を手で制して、私は言葉を続ける。


「逆にだ、電子化が終了したコピー元を分解しなければ、私はクローンを作った罪に罰せられるのではないかね? 同じ人間を二人にする。これこそがクローン技術だよ」


 まだなにか言いたそうな刑事と法律家が口を開くより早く、私は畳み掛けた。


「私のやっている事は、例えば人工臓器の移植手術みたいなものだ。心臓を新しく作った心臓と取り換え、古い心臓は破棄する。腎臓を取り換え、古い腎臓は破棄する。……こうして最後には体のすべてを交換して、古い体を破棄するのだ。……これで医師は罪に問われるのかね?」


 取調室は静まり返る。

 法律家からも、刑事からも、もちろん科学者からも何一つ言葉は出ない。


 彼らにも理解できたようだ。

 私は周りを見回し、満足して椅子にかけ直した。


 呆然としていた刑事が、私の不遜な態度を見て気を取り直す。


「それは法廷で決まることだ。博士、私は貴方を逮捕する」


 腰から取り出した手錠を私の手にかけた刑事に向かって、私は最後の質問を投げかけた。


「私の『テセウスの船』によって別人を作った事が罪だとして、刑事さん、貴方はなぜ私を逮捕するのかね?」


 彼は、私の疑問の何処が疑問なのか、もう本当に何が何だか分からないような顔をしている。

 なんと無能なのか。

 私は小さくため息をついて、説明した。


「私は先刻まで火星に居たのだよ。『テセウスの船』によって、ここ、日本の警察署まで来たのだ。貴方があの機械で再構築された人間が別人だというのなら、私は何の罪も犯していない。あなた方は原材料レベルにまで分解された『元の私』を逮捕すべきだろう」

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白かった
[良い点] 面白かったです。
[一言] おお! あまりSFには造形が深くないのですが、面白いですね! こういう終わり方好きですよ( ´・ω・) 倫理と科学と法律と。 他の作品もちょいと読ませてくださいませ!
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