第四話『スアレス教団』
「待て!異端共を逃がすな!」
後ろから追ってくる信者達に、俺達は全力で逃げていた。
潜入は上手くいったのだが、運悪く俺達の事を知っている幹部と鉢合わせしてしまい、こんな状況になってしまった。
教団本部は、蜂の巣をつついたような大騒ぎだ。
「伊知郎、こっち」
足音に追われるように、俺はミコの後を追って手近なドアへと飛び込んだ。
暗い部屋の中に、人の気配がする。
「何者だ!?」
「……」
どうやら、個人の部屋だったらしく、ベッドで寝ていた男性の住人が緊張した声で語りかけてくる。
ミコは何も言わずに、一瞬でベッドまで行くと、あっという間に男性の口に猿轡をして、シーツなどで簀巻きにする。
「静かにしろ!騒いだら殺す」
「……ッ!」
男性は壊れた人形のようにコクコクと頷いて、了承した事を必死でミコにアピールする。
男性も殺されたくはないだろうし。
本当に殺すつもりがミコにあるかどうかは別にして。
……やりそうだな。
それにしても、ミコの鮮やかな手際に、俺は感動と恐怖を覚えていた。
もういつでも犯罪者になれそうだ。
ミコは男性をトイレに放り込むと、外から出られないようにソファーを置いた。
ちょっと可哀想な気がした。
「二手に別れましょ」
「は?」
「このまま二人で探しても効率が悪いしね」
突然の提案に、俺は呆然としてしまう。
確かに、ミコの説明は理に適っているが、それはあくまでミコレベルの話だ。
ミコ程の身体能力があれば、そうかもしれないが、一般レベルの身体能力しかない俺では、あっという間に捕まってしまうだろう。
あっ!
俺は、そこでミコの本当の意図を理解した。
あいつ、俺を囮にするつもりだ。
「ち、ちょっと待って……」
「それじゃ、また後でね」
慌てて制止する俺の言葉も聞かず、ミコは軽くウインクして脱兎の如く走り去っていった。
残された俺は、呆然とするしかない。
ガタンとトイレのドアが鳴る。
俺はビクンと肩を震わせた。
先程の男性が騒ぎ出したら、あっという間に信者達が押し寄せてくるだろう。
俺はビクビクとしながら、ソロリと部屋から顔を出した。
幸い、今はこの辺りに信者はいないようだ。
俺は今のうちと言わんばかりに、部屋から飛び出した。
取りあえず、辺りに人の気配はなかった。
俺は出来るだけ人がいないであろう方へ歩みを進めた。
「出口は何処だろうか?」
考えてる事が口から洩れていた。
今更遅いが、慌てて口を塞いで辺りを見回す。
遠くから足音のようなものが聞こえた気がした。
まずい……。
何処か隠れるところはないだろうかと、キョロキョロと見回すと、扉が目に入ってくる。
取りあえず、ここに隠れよう。
俺は横開きの扉を引き開けて、ソッと中に入って扉を閉める。
そこで俺は失敗した事に気付いた。
締め切った扉は、中から開ける為には番号を打ち込まなければいけないようだった。
自ら牢屋に入ったようなものだ。
「はぁ」
「だぁれ?」
情けなくて、深々とため息に誰かが反応した。
俺はビクッと肩を震わせて、恐る恐る振り向いた。
そこには、小さなパイプベッドと、それに腰掛けた少女の姿があった。
しまった。
信者の家族の部屋だったか?
いや、待てよ。
何か、変な違和感を感じる。
そうだ!
ロックだ。
この部屋は内側に出られないようにロックされているのだ。
つまり監禁だ。
恐らく、この子は敵ではない。
「えっと、俺は伊知郎。君は?」
「私はレン。よろしく伊知郎」
レンと名乗った少女は、子供らしい笑顔を見せる。
おかしいな。
監禁されている感じには見えないな。
「君はここで何してるの?」
「私は生贄だから。その時まで、ここで日々を暮らしてる」
「……ッ!」
衝撃発言だ。
スアレス教団は、まだこんな事をしているのか?
もう信仰する邪神すらいないのに……。
それよりも、レンは何故にこんなに落ち着いているのか、不思議で仕方なかった。
「生贄なんかならなくていいっ!」
「そうなのか?」
叫ぶ俺に、不思議そうに首を傾げる。
この少女は何故こんな事もわからないんだろう?
「お前のお父さんやお母さんはどうしたんだ?」
「異教徒だと言われて連れて行かれた」
「……」
言葉が無かった。
どうやら、レンの両親はこの教団の信者ではなかったらしい。
改宗したならば、まだ生存の可能性もあるが、もし違ったなら……。
恐ろしい想像が頭を過ぎる。
「伊知郎。両親は殺されてしまった」
「……ッ!」
ハッキリと口にしたレンに、俺は愕然としてしまった。
知っていたのか?
もしかすると、レンに絶望を与える為に信者が告げたのかもしれない。
さて、これからどうしたものか……。
レンをどうするかという問題だ。
放って置けば、レンは生贄として殺されるだろう。
それは流石に目覚めが悪い。
しかし、レンを連れて行けば、逃げ切るのは困難だろう。
どうする……?
……まあ、いいか。
しばらく考えたが、段々考えるのが面倒臭くなってきた。
「レン、一緒に来るか?」
「行く」
即答だった。
俺は一つ頷くと、部屋を出ようとする。
そこで、今は開かない事を思い出した。
「さて、どうやって開けるかな?」
「扉の番号『2703391』」
「そうなのか?」
俺は試しに、レンの言った数字を打ち込んでみる。
ブンと音を立てて扉が開く。
俺は振り返り少女を顔を見た。
番号を覚えていたのか?
いや、あの位置からじゃ、番号は見えないだろう。
では、何故レンは番号がわかったのだろうか?
何だか背筋が薄ら寒くなった。