第一話『トラブルメーカー』
「伊知郎ーーっ!」
幼なじみのミコが、俺の名前を呼びながら、セーラー服のスカートを翻しながら、こちらに向かって全速力で走ってくる。
俺はミコにクルリと背を向けると、ミコと同じように全速力で走り出した。
はっきり言う。
こんな時のミコはかなり面倒臭い。
経験上間違いなく、何らかのトラブルに巻き込まれる。
「何逃げてるのよ」
「別に逃げてない。ただ用事を思い出しただけだ」
三つ編みを揺らしながら、怒りの表情で追いかけてくる。
捕まったら、きっと殺される。
俺は適当に言い訳をしながら、タバコ屋の角を右に曲がる。
後ろを振り返ると、ミコの姿はなかった。
「逃げ切った?」
少しスピードを緩めて、後ろを気にしながら走る。
どうやら追ってくる様子はない。
俺は立ち止まり、肩で息をする。
「捕まえた」
「どうして?」
いきなり肩を掴まれ、俺は愕然とした。
何故、ミコがここにいるんだ?
訳が分からなくて、俺は目を白黒させて動揺した。
「先回りしたのよ」
「そんな馬鹿な!」
指差す先には、小さな用水路があった。
どうやら、ミコは用水路を飛び越えてきたらしい。
小さいと言っても、幅は三メートルぐらいあるんだぞ。
「観念しなさい」
「わかった!聞く。聞くから引っ張らないで」
俺は奥襟をガシッと掴まれて、ズルズルと引っ張られていく。
俺は諦めて、ミコに従う事に決めた。
「最初から、そうすれば良いのよ」
「それで、何があったんだよ?」
「それがね」
満足気に鼻を鳴らすミコに、俺は説明を求めた。
捕まった以上、サッサと終わらせた方がいい。
俺が尋ねると、ミコはもったいぶったように、ニヤリと笑った。
「早く教えろよ」
「実はね、宝を見つけたの」
「宝?」
急かす俺に、ミコは眼鏡を中指でクイッと上げると、突拍子もない事を言い出した。
いやはや、何とも胡散臭い話だ。
「正確には宝の在処が書いてある本を見つけたのよ」
「いやいや、偽物でしょ、それ!」
自信満々で胸を張るミコに、俺は手を左右に振ってツッコミを入れる。
そんな物がおいそれとあるはずがない。
「絶対、本物よ。間違いないわ」
「本物だって証拠はあるのか?」
「ちゃんとあるわよ。だって……」
俺の偽物発言に、ミコはムキになって反論する。
それにしても、何故こんなにもミコは自信満々なのだろう?
ミコはニヤリと笑ってみせる。
「私、追われてるんだもん」
「は?」
「その本を渡せ」
ミコの言葉に唖然とした瞬間、いきなり知らない声が聞こえてきた。
気付けば、外国人達が俺達の周りを囲んでいた。
手には拳銃らしきものが握られている。
やっぱり、トラブルに巻き込まれてるーーっ!!
「もう一度言う、本を渡せ。さもなくば死ぬ事になるぞ」
「イヤなこった」
流暢に日本語を使いこなす外国人は、冷静で冷酷な口調で脅してくる
そんな外国人達に対して、ミコはあかんべーと舌を出して挑発で返した。
「いやいや、絶対ヤバいって。渡した方が良いよ」
「いやよ。折角、お宝が手には入るかもしれないのに」
「でも、このままじゃ……」
俺の説得に、ミコは子供が拗ねるように口を尖らせた。
俺はというと、お宝より今の自分の身の安全の方が余程大事である。
死んでしまっては元も子もない。
「そろそろ決めろ」
「伊知郎、三つ数えて目を瞑りなさい」
「な、何?」
外国人は俺達のやり取りを暫く見ていたが、早くしろとでも言いたげに口を挟んできた。
その言葉にミコは小さな声で呟いた。
何とか聞き取れたものの、意味が分からず聞き返す。
しかし、ミコはそれには答えず、ジッと男の顔を睨んでいた。
マズい!
そろそろ目を瞑らなきゃ。
俺が慌てて、目を閉じると同時にパンという破裂音が聞こえてきた。
「逃げるわよ」
「え?」
いきなり腕を掴まれて、俺はミコに引っ張られていく。
周りからは咳き込む声や絶叫が聞こえていた。
「何したんだよ?」
「以前、試しに作った閃光弾を投げつけたの。予想より激しかったわね」
問う俺に、楽しそうに笑いながら答えるミコに、背筋がゾッとした。
やはり、ミコとは関わってはいけない気がする。
どれぐらい走っただろう、気付けば自宅のアパートに到着していた。
「明日からの夏休みで探しに行くからね。準備しときなさいよ」
「俺は行くなんて一言も言ってない」
ミコは俺の意志などお構いなしに、勝手な事を言い始める。
俺の夏休みは、涼しい所で高校野球を見て、ゴロゴロしながら過ごすのだ。
「もし付いて来なかったら、あんたの机の二番目の引き出しの中のモノをクラス中にバラすからね」
「何故、ソレの存在を知っている!?」
机の二番目の引き出しの中には思春期特有のアレが入っている。
あれが流出なんてした日には、きっとクラス中の女子から変態扱いされるだろう。
それだけは避けなければならない。
何故なら、それは最早『死』と同義だからだ。
「もちろん、宝探し行くわよね?」
「……はい」
残酷な程爽やかな笑顔に、俺は従うより他無かった。