追え! 逃亡者!
追います、逃亡者。
僕とミカさんは、今度はアリシアさんが作り出した空間的亀裂――アリシアさん曰く、この移動手段の正式名称は【ワープホール】らしい――を通り、連盟の基地を後にした。
通ると、そこには僕が見慣れた光景があった。高層ビルディング、コンビニエンスストア、行き交う車の喧騒――どうやら僕の元いた世界に戻ってきたらしい。
「ミカさん。さっきアリシアさんが言ってた用語の解説をお願いします」
「ん? ああ、うん。分かった」
なんか反応が彼女にしては比較的温和というか、一般的なそれになっている気がする。気のせいかなあ。いや、まあ明らかに態度が軟化しているけれど、それは僕のおかげで復職のチャンスが与えられたことへの少なからずの感謝というか、なけなしのお礼のつもりなのかもしれない。
ここまでしてあげてやっとこさ普通かよ。どんだけ難儀なんだ、この女の子。
「【ユーザー】はスキルを使う人、【ブレイカー】はスキルを悪用する犯罪者のことだ」
「【OOA】っていうのは?」
「……あのさあ。お前、ちょっと学がなさ過ぎじゃない? 学校ちゃんと行ってたの?」
パンピーには知る由もないって言ったのはアンタだろ。少しは改心したと思ってからに、定期的に暴言を吐かないと気が済まない病気なのか。
「まあいいや」
まあよしとされた。
「【OOA】とは、AOAの内の一つの世界を指す。たとえば、宇宙の中の一つの物質が集合した空間のことを星って呼ぶでしょ? そんな感じ」
「AOAが宇宙、OOAが星……」
「まあ、認識としてはそんな感じで大丈夫。もっとも、OOAは一つの宇宙を指すけどな。AOAは、更に別の世界軸の幾つもの宇宙の総称であって」
そんな具合で質問に答えてもらい、僕は改めて周囲を見回した。雑踏にまみれて、ここから黒野を探し出すのは不可能に等しいと思われる――いや、ていうか。
「ここに黒野がいるんですか?」
「え、知らない」
「え? 知らない?」
「うん、知らない」
「知らないっておかしくありません? 普通、こういうのはアリシアさんが黒野がいると思しき場所にワープホールを作ってくれるところでしょう」
「そんなセオリーみたいに言われても、全然そうとは限らないんだけど」
「あなたの職場では取り逃がした犯罪者を追跡する際に『どこにいるか分かんないけど、とりあえず同じOOAのどっかしらに送り込んどけ』みたいなノリでワープホールを作るんですか?」
「うん。私も任務で初めてこのOOAに辿り着いてからお前と黒野に会うまで、二週間くらいに渡って軽い旅をしてたから」
「それがそっちでは普通なんですか?」
「むしろ二週間で済んでラッキーだったよ」
「二週間で済んでラッキー?」
「うん。大陸を横断とか海を渡るとか普通にあるし、下手したら宇宙船をジャックして別の星系にまで繰り出して初めて標的を発見できた、なんて実例もあるからな。まあ、それはこことは違うOOAの話だけど」
クソみてえな組織だな。
「……じゃあ、黒野を探すところからスタート、ですか?」
「どちらかというと見つけてからがスタートかな。スタートラインに立つまでが長いんだなこりゃ」
他人事みたいに言ってる。まあ、ともかくスタートラインに立たなきゃ文字通り話が始まらないので、とりあえずは渋谷を出発して (到着した地点から109が見えたので、幸いどこにいるのかはすぐに判明した) 望み薄かも分からないが、まずは黒野の住居に赴いてみよう。
そんな提案をすると、ミカさんは『そう! それ! それなんだよなあ、私が今まさに言おうとしていたこと!』と豪語して、着いてこいと言わんばかりに先行して駅とは真逆の方向へ歩き出した。
すぐに呼び止めて、電車に乗らなきゃ今日中に黒野の家に辿り着けないし、電車の乗り場もそっちじゃないと突っ込むと、『しっ、知ってるよ、それくらい! 知ってるんだよ、そんなことくらい! ただ勝手気ままに若者の徘徊する最先端の流行が先走ってる感じの市街を見て回りたいと、ほんの刹那に思っただけ!』と逆ギレした。
うぜえ。
そうして、たまたま教室に置き忘れた鞄の中ではなく、僕のお尻のポケットに入っていた財布の中のSuicaを使って電車に乗り込むや否や、そういえば勢いのままに電車に乗り込んでしまったけれど、僕、黒野の家の場所なんか知らないやと思い出し、急遽、目的地を僕と黒野が在籍する高校に変更した。
高校では試験の最中、僕と黒野が行方知れずとなったことで騒然としていた。あと少し遅かったら親に連絡がいっていたという頃合いに、僕とミカさんが間一髪で割って入った感じだ。
なんやかんやと言い訳をして、黒野の家の住所を聞き出すと、僕は仮病で保健室へ向かい、保険医の眼を盗んで (というか時を盗んで) 早退届の用紙と担当教員の印鑑を拝借、僕の担任のデスクに人知れず適当な理由を書いて判を押した用紙を置いて、校舎の裏手の目立たないところに潜んでいてもらったミカさんと合流した。この際、遅いぞ何やってたんだ、みたいなことをかなりキツい口調で言われて、殊更腹が立った。けれども無事に学校を脱出し、聞き得た情報を元に黒野宅へ向かった。
「でもさあ、ぶっちゃけ追われてる身でのこのこと自分の家に逃げ帰る奴なんていないよね?」
しばらく行動を共にしている内に打ち解け合い、口調もだいぶ普通の女の子に近づきつつあるミカさんの口から、そんな台詞が発せられた。
黒野家の自宅付近にまで来てからの一言である。
「……そういうことは早く言ってもらえませんかね」
「え。いや、知ってて敢えて家に向かってるのかなって思って。こんな当たり前のこと、言わなくても分かってるんだろうなって」
まあ一理あるな。僕も失念していた自分を殺したいくらいだもの。
「……まあ、ダメ元で行ってみましょうよ」
「え? ダメ元なの? 当たり前のことを分かってなかったの? バカなの? いよいよもってアホなの?」
いよいよもってとか言ったら、まるで僕がこれまで幾度にも渡って自分のバカさ加減、アホさ加減を披露してきた上での今回みたいじゃないか。僕の悪評が独り歩きしちゃいそうな物言いは控えていただきたいな。
僕は黒野の標識を見つけると、でもやっぱりピンポン押したところでいないんだろうなあと、半ば諦念と恥辱とで死にたくなっている心境にあっても尚、そのお宅のインターホンを鳴らした。
『はい』
ごくごく平凡な主婦の声音が応答する。僕は秋白くんのクラスメートを名乗って (ここではたまたま不意に頭をよぎった志村 忠文くんの名前を借りた) 、忘れ物を届けに来たというありきたりなでっち上げ話を繰り出した。
『ちょっと待っててね』
言われて待つこと、数十秒――一分もかかっていないくらいだ――玄関の洋式の戸が開けられた。
「どちら様――」
家の中からは黒野 秋白くんが現れた。
そういえばプロローグの次の回である実質第1話で使って以来、主人公、全然時を止めねえなと思い、今回は止めさせました。すげえ汎用性高そうです。
そんな汎用性の高い本作『僕と世界の時空静寂【クロノスタシス】』ですが、一方で現在、作者が同時に連載している『ALTERNATIVE ~オルタナティヴ~』という作品がございます。ございますとも。こちらはこちらでまた寛容性の高い (?) 作品となっております。こちらは今後の展開次第では頻繁に時を止めますので、興味をお持ちになられましたら、何卒よろしくお願いします。
以上、『追え! 逃亡者!』でした。次回は『いた! 犯罪者!』です。