結成! 凸凹コンビ!?
凹凸コンビでも凸凹コンビでも、この際どちらでもいいです。
どこぞの事務所みたいな場所に、僕とミカさんはいた。また、間違えて見知らぬ場所に辿り着いてしまったとか言われたら、という一抹の不安が、僕の胸中で泥まみれの湖沼の如く蠢いた。だが、隣でミカさんが『よっしゃ!』と拳を握ったので、良かった、とりあえずは無事に当初の彼女の目的地に到着したのだと安堵した。
まあ、僕は早く帰りたいのも山々なんだけれど。
「ついてこい! 私の上司の元に突き出してやる!」
僕の手を引いてずかずかと机の合間を潜り抜けるミカさん。デスクに座り仕事に明け暮れている人々が、意気揚々と彼女が発した言葉に反応すると、訝しげに僕を――いや、ミカさんを見つめた。なんだろう、怪しむような目つきというか。『またお前か』みたいな念を感じさせる視線である。
それも、一様にミカさんの方に集中しているのだから、僕としても気が気でない。
扉を開けると廊下に出、この場所の少なくとも内装だけは至って普通の会社と変わりない事実に直面した。廊下の両側にいくつかの扉があり、それが大きな一室へ繋がっている。部屋自体の数は両手で足りるほどだろうが、その一つ一つが広大で、廊下に存在する扉の総数がそれを物語っている。
突き当たりを折れると、また扉がいくつもある廊下だ。ミカさんは自分が向かう先を理解し、そして経路に確信を持って進行しているのか、まったく歩調に迷いがない。
やがてミカさんは立ち止まり、ある扉を三回ノックした。僕は扉の上部に掛けられた札を見上げた。『執行部長室』と表記されている。
「入れ」
鋭い女性の声に許可を得ると、ミカさんは『失礼します』と言って、僕の手を引いたまま扉を開けた。
部屋の両側に、天井まで届きそうな本棚が壁狭しと並んでおり、そこに本がズラリと置かれている。中央にはソファとテーブルがあり、その真上で高価そうなシャンデリアが部屋を照らしている。
そして奥には、凛々しい表情の気が強そうな女性が座っている。長髪をポニーテールで括っており、スーツ姿が似合っている。胸も大きい。
デスクには見たことのない機材が置かれ (パソコンと思われるが、僕の知っている形状ではない) 、その傍らに書類の束が辞書の如き分厚さで君臨している。
「報告しろ」
女性に命じられると、ミカさんは『はい!』と威勢よく返事をすると、ほんの一瞬だけ僕を横目で睨んでニヤリと笑い、声高に述べた。
「令状の提出された黒野 秋白は取り逃がしましたが、別の【ブレイカー】を逮捕しました。まだ令状の出ていない未発見の【ユーザー】ですが、その口で自らの悪行を白状しました。逮捕時の状況から察するに『時間停止』のスキルでしょう。直ちに極刑に処するべきであると提案します」
「提案します、じゃない。このすっとこどっこい」
女性が吐き捨てるように言うと、ミカさんは『ええ……』と、反論したげに彼女を睨んだが、黙したままだった。
「正式に令状の出されていない【ユーザー】は、たとえ確定的に【ブレイカー】であったとしても、人権保護の観点から決して逮捕してはならない。犯罪者を捕まえるためにお前が犯罪を犯してどうするんだ」
「で、でも今回は――」
「おまけに。まだ状況証拠だけで白とも黒ともつかない若者を捕まえるために、黒だと分かりきっている【ブレイカー】は逃げおおせてしまっている……これで何度目だ? お前の独断専行で危うく冤罪の濡れ衣を着せられかけた【ユーザー】は、これで何人になる?」
「そ、それは……」
「最後通告をすら、結局お前は聞くことはなかったな――」
「ぶ、部長……! ま、まさか……お願いですから、どうかもう一度だけチャンスを――」
「立木 美日。本日を以て、お前を永久解雇とする」
「そんなぁ……」
女性の宣言で項垂れるミカさん。もはや先ほどまでの威勢は微塵も感じられない。瞳からは光が失せ、この刹那で十何歳も歳をとったようだ。
「君は……」
女性が、続いて僕を見た。僕が『田中 真です』と名乗ると、女性は『そうか』と頷いた。その面持ちは真剣そのものだ。
「田中 真くんか――さて、田中くん。私は【超律監視統制取締連盟スペクトル支部ブレイカー処罰執行部】部長のアリシア・紅蓮・キタザワだ。このバカのせいで、とんだ迷惑をかけてしまったね。本当に申し訳ない。大変見苦しいところを見せてしまったが、君の経歴に嘘偽りが書き加わることはないから、その点は安心してくれ。そして、君に謂れのない罪を着せようとした奴には、既にケジメをつけさせてある。勿論、私たちの監督不行き届きが原因でもあり、まだ責任を取りきれていないことは重々承知の上だ。だが、連盟の看板に汚点が生じるのは、私たちとしては何としても避けたい。だから、どうかこれで勘弁してもらえないだろうか。公式に謝罪を求められたら、連盟としても無視することは出来ないし、それに伴う影響は計り知れない。私個人への要求なら喜んで従おう。もし今回の件で手打ちとする意思がないなら、遠慮はいらない。何でも言ってくれ」
アリシアさんは先ほどまでの態度とは打って変わって、至極謙った物腰で僕に言った。
いやいや、だから僕はただ家に帰してくれれば文句はないんだって。ない、んだけど……うーん。なんだか、ミカさんをこのままにして帰るのは、なんだかなあ。罪悪感というか、残尿感というか、そんなモヤモヤしたものをも持って帰ることになるよなあ。それは嫌だなあ。
僕がこんな目に遭っているのは、黙っていればいいところに余計なことを言ってわざわざ逮捕されるキッカケを作った僕自身のせいという理屈が通るなら、僕の余計な一言が結果的にミカさんのクビに繋がったという理屈も通ってしまう。それは。それだけは何としても避けたい次第だ。僕のせいで誰かが無職になるのは嫌だ。
すげえ後味悪い。
「あの……要求というか、あくまでお願いという体で提言します――ミカさんを復職させてあげてください」
すると、隣でミカさんが顔を上げたのが分かった。だがアリシアさんはというと、より険しい表情となった。
「それは難しいな。彼女は今回だけじゃない、過去に何度も君にしたことと同じことをしている。捕らぬ狸の皮算用、と言うだろう。これ以上、彼女のたられば論に譲歩して今後の活躍を期待しておくことには、もう出来ないんだ。加えて、今日取り逃がした黒野は冷酷な常習犯だ。百歩譲って死刑を免れても、二度と青空の下には出られないはずだ。そんな凶悪犯を捕まえ損なった罪は重い。私は、これでもかなり甘く処罰したつもりなんだよ」
そんな凶悪犯をなんでこんな命令違反の常習に任せたんだよ。適材適所って知ってるか?
僕の隣では、ミカさんが再び項垂れてしまった。なんだか、こうしてれば僕が何とか取り次いでくれるだろう、みたいな魂胆が見えてきそうなくらい分かりやすい落ち込みようだ。まあ、この状態を見ればそんな懸念は間違っても持てないが。
「――捕まえれば、無罪放免ですか?」
僕は言った。
「黒野を逮捕できたら、彼女は復職できますか?」
少し間があって、それからアリシアさんは声高に笑った。男顔負けの、豪快な笑い方だ。がっはっは、と。こんな感じ。
「面白い男の子だな。あと四、五年早く生まれてれば結婚してやったのに」
いきなり何か言い出すアリシアさん。
「黒野のスキルは、君のいる【OOA】では間違いなく最強の能力だ……本当にやる気なのかい?」
「……はい」
一考して、僕は答えた。ミカさんはまた顔を上げ、パアッと花が咲いたような笑顔を見せた。アリシアさんは『よろしい』と言うと、僕とミカさんとを交互に見た。
「なら行ってこい。今度こそ黒野を捕まえるんだ。そしたら、ミカ。お前にもう一度だけチャンスをやる」
「はい! ありがとうございます!」
「……お前にコンビがつくなんて、いつ以来だよ。本来ならウチの仕事は二人一組のコンビでの行動が基本だが、そこのところをトラブルメーカーのお前と組みたくないって断固拒否する奴ばっかだったからな」
「まったくです! 人を見る目がないんですよ!」
「…………」
僕は早々に、彼女とのコンビの結成に不安を感じていた。
今作が全編に渡ってアクシデントな凸凹ノベルならば、さながら全編に渡って必然的もしくは運命的とでも言ったところの、同作者の『ALTERNATIVE ~オルタナティヴ~』という作品がございます。
宛のない放浪の旅の如き『僕と世界の時空静寂【クロノスタシス】』が気に入っていただけたならば、地図を片手に確信を持って着実に歩んでいく『ALTERNATIVE ~オルタナティヴ~』の方も、興味がおありでしたらぜひご一読ください。