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アウト・オブ・ザ・ワールド

どうも、abyss 零です。ひたすら会話が続きます。

 そこは緑豊かな草原だった。そこに断罪官と思しき人影もない。というか人がいない。広大な草原に、ぽつんと僕が立っているだけである。

 いや、だけではない。見たことのない生物が、群れを成して闊歩している。頭を垂れて原っぱの雑草を食しながら、池の水を飲み下しながら、親が子の身体についた泥を落としながら――それぞれの生活体系を謳歌している。

 振り返ると、既に空間的亀裂は消えていた。そして僕の視界の端では、女の子が落ち込んだ様子で体育座りし、項垂れていた。


「…………」


 僕が見下ろしても――見下しても、女の子は気づいているのかいないのか、黙ったままだ。


「あの……」


 僕が呼びかけると、女の子はグスンと鼻をすすりながら振り向いた。眼には涙が浮かんでいる。


「間違えちゃった……」


 返す言葉もなかった。


「うえーん! うえーん! また部長に叱られちゃうよぉー!」


 終いにはわんわん泣き出してしまった。泣きたいのは僕の方なんだよ。


「また叱られるって……さっき、令状がなくとも独断で罪を犯した疑いのあるクソ野郎を連行できる権限が与えられてるって……」

「それは……け、権限は言い過ぎた……かも……」

「要はただの独断専行の命令無視ってことですか?」

「はわわー!? そ、そんな直球で言うな! それ以上生意気なこと抜かしやがったら二の腕から先をスパッするぞ!」

「……冗談とか言ってる場合じゃないの、本当は分かってるんですよね?」

「…………」


 いい加減に僕の腸も煮えくり返ってきた頃合いだったので、少し声色を怖い感じにして言うと、女の子は途端に萎縮して黙りこくった。少なからず罪の意識は存在するようだ。

 いや今更罪の意識を露呈されても困るんだけれど。


「ともかく、まず僕は被害者として現状の把握がしたいんです」

「ひ、被害者って……」

「そうでしょう? 令状も確証も持たず僕を執拗に恐喝し、挙げ句は独断専行で逮捕までしようとしたんですから。その結果としてこうなったのであれば、僕はあなたの身勝手な行動の被害者と言えます。言えませんか?」

「いぃ……言えます……」


 もはや萎縮どころか恐縮している様子の女の子だった。まあ本当は何も言わずに黙って黒野が連行されるのをアホ面で傍観していればよかったものを、余計な一言を挟んで彼女の注意を自分に向けさせた僕にも責任はあるんだけど。

 そして彼女が取り締まる【スキル】とやらを――僕の世界の時間を止める能力が【スキル】なら――それが何とか法の範疇なのかは置いといて、自分だけの利益のために使用していたのは確かなのだから。それも常習犯だ。

 よくよく考えれば、僕のこれまでの所業の全てが罪に問われたら、本気で死刑も有り得るかもしれない。そこのところを慮ると、連行されようというまさにその時に彼女がしくじってくれたのは、ある意味では幸運と言えなくはないのか。

 知らない場所に何の説明もなく放り出されたことを幸運と呼べてしまう僕。何者なんだろう。

 まあいい。無罪放免だった時はめちゃくちゃな額の賠償を請求してやろう。そしたらその金でラスベガスとかに行ってカジノとか建てちゃおう。ついでに僕のファッションブランドも設立する。

 ともかく、僕の巧みな話術に言いくるめられた女の子は、すっかり自分の罪悪感に参ってしまい、加害者の立場から被害者である僕の要求には概ね従わなければならないという先入観を抱くこととなった。

 ちょろい。


「じゃあ僕の質問に素直に答えてください。アンサーミーです。いいですね?」

「い、いえす」

「本当ならもうちょっと高圧的に、何なら命令しても構わないところを、こうして譲歩する形で訊ねてあげるんです。別にそれを善行とか紳士的とか僕は甚だ思ってませんけど、それなりの感謝とかはしてくださいね」

「はい……」


 恩着せがましいことを言っていると、なんだか自分が洗脳教育を施しているような気分になってきた。どうしよう。こんな可愛い女の子を洗脳するのは嫌だなあ。でも、こんなデカい口叩いた手前、今さら互いの友好的関係を共に築き上げていこう、なんてスタンスを演じるのもなんだかなあ。


「まず、お名前はなんですか?」

「はい。立木(たつき) 美日(みか)です」

「そうですか。僕は田中 真です。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」


 彼女は恭しく頭を下げて返した。やればできるじゃないか、素直な態度。いつもそうしていれば普通の可愛い女の子なのに。

 残念に思いながら、僕は質問を続けた。


「ミカさん。さっきスキルがどうとか、管理統制がどうとか言ってましたけど、そこら辺の事情を詳しく教えてもらえませんか?」

「え? 知らないの?」

「はい。全然」

「じゃあ教えられません」

「どうしてですか?」

「知らない人にこのことを教えたら、私……」

「そうですか。なら仕方がありませんね。僕も自分のせいで誰かが職を失うようなことは、僕の精神衛生上あまりによろしくないと思うので、この質問はなかったことに――」

「すごく怒られるんです……」

「そんな軽いペナルティなら安いもんだろうが。早く教えろよ。早く教えて後でめっちゃ怒られろ」

「そ、そんなあ……」


 部長の怖さを知らないのかよ~と、へなへなと項垂れてミカさんは言った。知らねえよ。誰だよ部長って。なんの部長だよ。


「……【超律管理統制取締連盟】の任務は、【AOA】に広く浸透した【スキル】と、それを悪用する使用者を管理する機関だ。私は、その下っ端なんだよ」

「【AOA】……【スキル】……そこのところも、詳しくお願いします」

「AOAとは【All(オール) of(オブ) All(オール)】の略だ。全ての空間的世界・時間的世界を指す用語――宇宙の大規模版とでも思ってくれ」

「世界って……」

「パンピーには知る由もないことだ」

「パンピーって……」

「世界は、今お前が生きている世界だけじゃない。過去や未来の時間的世界、今現在の異なる分岐点を辿った空間的世界――星の数ほどとはよく言う例えだが、この【AOA】の真理とは、星の数ほどある星々、その一つずつが更に星の数ほど存在しているということだ」


 話がビッグバンの如く光速で膨脹していく。


「そして【スキル】は、AOAで広く浸透している特殊な能力のことだ。自然発火や避雷針、重力操作や水上歩行――千差万別、多種多様なスキルが横行している。スキルが当たり前に存在する世界もあれば、ちょうどお前が生まれ育った世界のように全く認知されていないケースもある。中には、存在を知らず、更には誰一人としてスキルを持たない世界だってあるんだ」

「……そのスキルを、どうして僕が持ってるんですか?」

「分からない。連盟もスキルについて全てを把握しているわけではないんだから」

「そうですか……」


 なんかえらいことになってきたな、こりゃ。超能力とか、世界とか。どういうスケールだよ。どうした今日の僕の人生。

 マジでちゃんちゃらおかしいわ。


「それと、ここはどこです?」

「分かりません……」

「分かりました。じゃあ、これからどうします?」

「分かりません……」

「分かりませんじゃねえんだよ」


 思わず怒鳴ってしまった。でも、そりゃあ怒鳴りたくもなるわ。誰のせいでこんなことになってると思ってんだ。こちとらAOAだのスキルだの訳の分からないことは全くの無知だっていうのに。そこへきてあなたが頼りないとどうしようもないじゃないか。


「どのくらい分からないんですか?」

「なにが分からないのか分からない……」


 終わりじゃねえか。


「あの生き物は何?」

「分かりません……」

「ここは俺の元いた世界とは違いますよね?」

「分かりません……」

「そもそも、ここなんか地球っぽくないですよね?」

「分かりません……」

「あの空の光って太陽ですか?」

「分かりません……」

「ここは、さっき言ってた時間的世界と空間的世界の内、どっちにカテゴライズされる世界なんですか?」

「分かりません……」

「なにかここについて分かることってありますか?」

「分かりません……」

「そんなことも分からないんですか?」

「ごめんなさい、言い間違えました。分かります。ありません」

「さっき使った空間的亀裂ってやつは、もう一回使えたりしないんですか?」

「分かりません……」


 試せや。そんな意味合いのことを、かなり謙って頼んでみたところ、ミカさんは『うん……』と弱々しく答えて立ち上がった。


「開け、ゴマー。肉じゃが。わさび。てんとう虫ー」


 なんか先ほどと比べてえらい無気力な調子でミカさんは唱え始めた。さっきもこんな感じで空間的亀裂を作り出していたし、でもさっきと微妙に呪文の内容が違うし……大丈夫なのか?

 すると、バシュンッと。空間的亀裂は生じた。なんどうよんうよんしてないんだよ。そこはうよんうよんしてろよ。そんな露骨にさっきのとは別物アピールされたら不安になるだろうが。


「……やった! 出来た出来た! わーいわーい!」


 跳ねるように喜ぶミカさん。すごい嬉しそうだ。


「ほら! 行くぞクソ野郎! この先にはお前の死刑判決が待っているんだ! 今更ガクブルになったって遅いんだからな!」


 満面の笑みで振り返るや否や、僕に罵詈雑言の限りを浴びせるミカさん。どうやら調子を取り戻したようだ。

 取り戻してほしくなかったなあ。


「えへへ……えへへへへ! 今に見ていろ、頭の固いクソ運営役員共め! 私だってやれば出来ること、証明してやるんだからな!」


 うわごとを言いながら、ミカさんは僕の手を握る。ちゃっかり人生で初めて女の子と手を繋いでしまった僕。これで最近の若者の仲間入りだ。

 こうして僕とミカさんは、空間的亀裂の中へ再び身を投じた。

行き当たりばったりとか言ったけど本当のところは薄々ストーリーラインめいたものは構想していたりするのかなと実直な心で自分に問いかけてみましたがマジで先の展開とか考えてませんでした。


そんな本作『ぼクロ』――なんだかホクロみたいですね――ですけれども、他に同作者が書く、重厚なストーリーと人間模様を勝手に売りにしている『ALTERNATIVE ~オルタナティヴ~』という作品がございます。口酸っぱく宣伝してるやつですね。そちらの方もご縁がありましたらよろしくお願いします。

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