破られた静寂
どうも、abyss 零 です。続けて2話目となります。ここから本格的に小説になりますので、どうぞよろしくお願いします。
高校二年生の夏、僕は今、愛すべき学友たちと共に期末試験を受けている。僕は指定されている自分の座席から立ち、クラスで最も頭が良い人間の答案を照らし合わせ、最適解を解答用紙に記入した。そのことを咎める者は、いない。僕のことを咎められる者など、いないのだ。なぜなら今、世界は僕を除いて全てが静止しているからだ。端的に言うなら、時間が止まっている。この瞬間、世界が止まっていることを知覚できているのは僕だけだ。これまでも、これからも、僕はずっと静止する世界の中で、自分の人生を優位な方向へ運んでいく。
そう。僕は特別だ。他の人間が持ち得ない能力を手に入れた選ばれし者、なのかは果たして定かでないが、少なくともそう言える。この文言に異を唱えるなら、まずは僕以外に世界の時間を止めることが出来る、ないしはそれに匹敵するほどの超常的な大事を成せる人物を召喚してほしいものだ。でなければ、そこに議論の余地はない。現に、僕は今、時を止めているのだから、それと同等か以上の特異性を提出する必要があるだろう。
さておき。僕はクラス内に留まらず、同じ試験を受けている同級生の記入した答えを、およそ数百人分、入念かつ厳正なチェックの下、最適解を自身の回答用紙に書くと、自席に着いた。何事もなかったかのように。
いやいや、試験中に世界の時間を止めていて、それを知覚できるの者が自分を除いていないことを確信できるのであれば、他の生徒の答案を見るなんて面倒なことをせず、教科書なりノートなりで該当箇所を参照して解を導き出せばいいじゃないか、なんて言及をされるかもしれない。その指摘はもっともであるし、効率という観点から考えればそうするのが賢い選択であるとも思うのだが、僕から言わせればそれは愚行だ。
他者に出来ないことが出来るのに、誰にでも出来るカンニングの方法を採用するのは損と言える。カンニング自体、誰にでも出来る所業ではないのだが。教科書やノートを見るなんて、試験前日の夜にやる気があれば出来る。誰にも出来ない、試験中に校内を練り歩いて学年全員の答案を見るという方法を採用した方が、なんというか自分が特別であるという認識が強固になり、またその事実が確固たるものであると自覚できる。
まあ、これらは建て前で、頭の良い人間も悪い人間も僕に試験の得点で勝つことが出来ない現実を、静止している彼らにまざまざと見せつけている感じがして小気味いいというのが本当のところなのだが。
元から特別なんだから、特別、賢い選択をしなくても構わないはずだ。
そうして、僕はクラスで最も頭が良いとされている、出席番号23番の相川 信彦くんの答案を覗き込んだ。
――その時。静止したはずの世界で、停止したはずの世界で、ガラガラと。教室の戸が開く音がした。堂々たるカンニング行為に及んでいた最中ということもあり、僕は完全に虚を突かれ、およそ40名の少年少女に日頃幾度となく踏まれている床に、尻餅をつくこととなる。
僕の臀部は、この時、相当に汚れたはずである。
「動くな!」
戸を開け、そう怒鳴ったのは、同い年か少し歳上くらいの女の子だった。他校の制服を着、眼をキッと吊り上げて、僕を睨みつける。彼女よりポニーテールが似合う女子高生は、おそらくこの世界にいないだろうと思われた。
――動くな。彼女は僕が時を止めた世界で、そう僕に言った。だが、それは僕の台詞だった。どうして動いてるんだよ。僕が止めたはずの時間を、なぜ生きているんだ。
ここは今、僕だけが生きる世界だ。僕だけが、時間を過ごす世界なのだ。それなのに、どうして動けるんだよ……。
「黒野 秋白! お前を【インゲニウム・ペルフェクトゥス法】違反の現行犯で逮捕する」
「な、なんだと!?」
僕はほとほと驚いた。だって僕の名前は田中 真なんだから。第一、僕のクラスに黒野 秋白なんて物珍しい名前の奴は――。
いや、いる。確かにいる。僕の三つ前の席に座る、普段からいけ好かない態度の目立つ男子生徒だ。彼は常日頃、同族嫌悪なのか同じクラスの中で権力を持たない方の生徒たちを恐喝し、権力を持つ方の生徒たちに対してはロッカーの上履きを上下逆さにしたりなど実害のほぼ皆無な嫌がらせを仕掛け、更には容姿端麗な女子生徒はすべからく自分に惚れ込んでいるものと錯覚しているかの如く、誰かしらが狙っている彼女たちにこう言っているようだった。
「別に付き合ってあげてもいいよ?」
いや誰もお前に付き合ってくれって頼んでねえよ。そんな明々白々たる思いを胸中に封じ込めつつ、彼女らは苦笑をもって彼の壁ドンした腕を払いのけるらしかった。
そんな悪評の絶えない黒野 秋白を、あの可愛い女の子は指名している。この状況において明らかな不正を働いている僕を差し置いて、だ。いやいや、僕が自意識過剰なだけとか、僕の被害妄想が過ぎるだけとか、そういう話ではない。そりゃ、確かに可愛い女の子がやって来てガン無視を決め込まれた物悲しさも起因するところはあるけども。でも普通、誰だって僕と似たり寄ったりの反応を示して然るべきである。
だって僕、時間を止めてるんだぜ? そんな僕を無視して別の男を呼び出すなんて、なんか違わない?
大体、この時間が止まった世界で僕以外の人間を呼んだところで、返事なんて期待するだけ――。
「は、はいぃ!」
動いたー! 黒野は僕の眼前で、奇声をあげながら椅子から転げ落ちた……マジかよ。
している内に、女の子はずかずかと黒野の方へ歩み寄り、懐から卒業証書を入れる筒みたいなものを取り出した。
その際、彼女の豊かな胸部が波打つように揺れたのを目撃して、僕は少し嬉しくなった。
「これより罪状を読み上げる。正座しろ」
女の子の冷徹な命令に、黒野は『はい……』と力なく応じた。女の子はそれを一瞥すると、筒を開けて (ポンッという軽快な音が、なんだか小気味よかった) 中から丸まった書類を取り出す。それを、くるくると開き、腕を前方にめいっぱい伸ばし、さながら新聞でも読むかの如く書面と相対した。
「逮捕状。黒野 秋白。貴殿は此度、【インゲニウム・ペルフェクトゥス法】の違反により、ちょ……ち、ちょうり……ちょ……」
女の子は途中で言葉がつっかえると、顔を真っ赤にして舌打ちしながら、制服の胸ポケットから眼鏡を取り出して掛けた。慌てる姿も眼鏡を着用した姿も可愛らしかった。
女の子はくいっと眼鏡の位置を調整すると、何事もなかったかのように続けた。
「貴殿は此度、【インゲニウム・ペルフェクトゥス法】の違反により、【超律管理統制取締連盟】に身柄を明け渡されるものとする。貴殿の親権保持者への伝令は既に完了しているものとし、これより貴殿を【プリシオン】へ連行、即時投獄するものとする。抵抗した場合には、現地の偵察官が直ちに貴殿を無力化する権限を行使するため、それを理解されたし。貴殿に課せられる処罰については、数週間後に開廷される裁判にて決定されるため、その間、貴殿は自身を弁護する者を召喚してもよい。裁判の開廷までは【プリシオン】内で衣食住をするため、予め了承されたし。
【超律管理統制取締連盟】総隊長 アレクサンドロス・オルティネイト・ヴェガ・カヌツッツ……カヌトゥンヌ……カヌ……」
女の子は再びつっかえ、今度は文書をかなぐり捨て、八つ当たりするように正座する黒野の制服の襟を掴み、『来い!』と怒鳴って引き摺った。
「いぃ、嫌だ! あんなところへは行きたくない! 嫌だ嫌だ! ご慈悲を! どうかご慈悲をぉ!」
黒野は必死で女の子に懇願した。引き摺られながら懇願した。しかし、彼女は『ええい、喚くな醜男!』と言って聞く耳も持たなかった。
「お、おい!」
それまで呆然自失としていた僕は、ふと我に返り、女の子を呼び止めた。女の子は黒野の首根っこを締め上げながら振り向いた。
いざこうして向き合うと、やはりとても可愛い女の子だ。僕は美少女を前に赤面してしまい、呼び止めておいて、何から言おうか迷ってしまった。
「え、えっと~……き、君は何者?」
最初の一言だった。
はい。なんかもう、『キャラクター』って感じのキャラクターですね。僕の脳内設定では、それそれはもう可愛い女の子ということになっております。どんな女の子なんでしょうね。
また、今作より硬派といいますか、より設定を詳細に練り込んで執筆しております『ALTERNATIVE ~オルタナティヴ~』という自称力作がありますので、気にかけていただいたなら、こちらもよろしくお願いします。