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その瞳は何を見るのか

前回の宣言通り、ミカ視点の話です。

 真の奴、大丈夫かな……無茶とかしなきゃいいけれど。私は同級生兼相棒の身を案じながら走る。にしても、同時に二人のブレイカーが現れるなんて、一体、何が起こっているの――私は周囲に眼を光らせながら、この不可解な状況について考えた。

 このOOAでは、追っている犯罪者のことを()()と呼ぶらしい。常人ならざる能力を悪用する連中が『(ホシ)』だなんて。星は星でも、妖星といったところかしら。まったく、お笑いよ。

 すると、どこからか甲高い女性の悲鳴が聞こえた。距離はそう遠くないように思われる。一番星見つけた、なんてね。私は声がした方へ駆け出した。


「血だぁ!」


 そこには身体中を包帯でぐるぐる巻きにされた、長身細身の男がいた。ひどい猫背で、手には短刀が握られている。そしてもう一方の手では、泣き叫ぶ女性の髪の毛を掴んでいた。


「血だよぉ、血ぃ! 俺に血を見せてくれぇ! 紅いぃ! 鮮血ぅ! たまらないんだよぉ! あの赤いジュースがぁ! 真っ赤なジュースゥ!」


 興奮した様子で、男は短刀を女性の首元に突きつけた。女性が短い悲鳴をあげると、男は卑しく舌舐めずりした。


「待ちなさい!」


 私は人命の危機を悟り、慌てて声を張り上げた。男の注意は私に向けられ、女性の表情には僅かながらに安堵の色が取り戻される。


「お前、ブレイカーだな! その人を離せ!」


 いつもの癖で、また女の子っぽくない口調になってしまった。真と出会ってから、少しは改善されたように思えたのだけれど。この無意識の内に高圧的な態度をとってしまう性、早く治らないかなあ。

 ブレイカーは私を凝視すると、ニタァと陰湿な笑みを浮かべ、女性の髪の毛を放した。女性はハイヒールが脱げるのもお構いなしに転げるように逃げていった。


「てめぇ……へへぇ、ちょうどいぃ……てめぇの年頃のメスの血はまだ見たことないんだったなぁ……」


 ブレイカーは何やらブツブツ呟くと、愛おしそうに短刀の刃を撫で回した。私は、ただ黙って男の動向を窺った。


「はうぅ……欲しぃ……血ぃ欲しぃ……てめぇの血はぁ、どんな味がするぅ?」


 ブレイカーは私に向かって走り出した。男のひどい猫背が相まって、その気迫に少なからず圧倒されてしまう。

 私はスキルを持っていない……パンピーだ。敵がどんなスキルを持っているのか、どういった経緯でブレイカーとなったのか。懸命に脳内で連盟のデータベースを思い出すしかない。

 ブレイカーが私に短刀を振り下ろした。間一髪で避けたけれど、尻餅をついてしまい、おまけに肩を少し切り裂かれてしまった。刀身に滴る血をブレイカーが舐めとるのを見て、私は戦慄した。

 ダメだ――戦闘系のスキル。パンピーの私には分が悪い。私はすぐさま立ち上がり、態勢を立て直すべく退却を試みた。


「どこへ行くぅ? まだ足りないぜぇ? 血ぃ……」


 ブレイカーが短刀を私に向けた。すると、刃先から私の血液が独りでに飛び出し、地を伝って私に迫ってきた。慌てて逃げ出すけれど、血液のスピードは凄まじく、あっという間に追いつかれてしまった。血液は私の踵に触れると、一気に膨張し、私の全身を覆った。あの切り傷じゃあ、こんなに多く出血するはずはないのに……。

 私は自分の血液に組み伏せられてしまった。身動きの取れない私に、ブレイカーがケタケタ笑って近づいてくる。


「どうだぁ? 自分の血はぁ?」


 生温かい水入り枕に囲まれている気分だった。我ながら気持ち悪い。血液は私の四肢を雁字搦(がんじがら)めにし、なんだかいやらしい挙動でうごめいている。


「温かいだろぅ? 気持ちイイだろぅ? 思い出すだろぅ……お母さんのお腹の中にいた頃のことを……」


 私は思い出した。この男はタギエスタ・ポトフ――歳の離れた妹を身籠った自分の母親の腹部をナイフで切り裂き、死なせたブレイカーだ。そのスキルは『ブラッド・クラッド』。文字通り血液を操るスキル。このスキルが自身に備わっていることを知って以来、彼は悪の道に傾倒していった。


「血ぃ……おいしい血ぃ……食べていぃ? 食べていぃよねぇ? いぃんだよねぇ? あぁ……飲みたぃ……てめぇの血がぁ……欲しぃ……」


 タギエスタは血液に捕らわれた私に馬乗りになり、短刀を掲げた。私は依然として拘束を解けない。

 ……ヤバい。このままじゃ、ヤバい。私は精一杯もがくけれど、でもやっぱり自分の血の束縛から逃れられない。私は初めて貧血になりたいと思った。

 そして、タギエスタは短刀を私の首に突き刺した。


「ぁ……ぇ……」


 凄まじい激痛に、私は声にならない声で悲鳴をあげる。急速に視界が暗くなる。痛い。寒い。暗い。怖い……。ゴポッと。私の口から大量の血液が飛び出した。その血液は地面に落ちることなく、私の身体を拘束する血液の塊の一部となる。


「いただきまぁす……」


 タギエスタが、血まみれになった私の口に顔を近づけてくる。そして、私は目の前が真っ暗になった――。


「温かいだろぅ? 気持ちイイだろぅ? 思い出すだろぅ……お母さんのお腹の中にいた頃のことを……」


 ――気がつくと、痛みはなくなっていた。どころか、そもそも短刀で刺された傷口さえない。ちゃんと呼吸が出来るし、首も痛くない。

 どういうこと? だって私、今、死んで……。


「血ぃ……おいしい血ぃ……食べていぃ? 食べていぃよねぇ? いぃんだよねぇ? あぁ……飲みたぃ……てめぇの血がぁ……欲しぃ……」


 なんだか聞いたような台詞だった。たしか、私が死ぬ前に……ううん、死んでないんだから、そんなのありえない。え? でも、だって……。

 その時、私は何かが煌めくのを見た。タギエスタが掲げた短刀が、陽の光を浴びて輝いたのだ。そう、その短刀は、今まさに振り下ろされようとしている。

 ――私は未来を見た。私は()()の記憶を頼りに、タギエスタの一撃を首を捻っていなした。すると動揺したのか、タギエスタの術中にあった私の血液が、パシャンと音を立てて地面に飛び散る。スキルの効果が解けたのだ。


「てい!」


 私は地面を蹴ると、タギエスタに思いきり体当たりした。タギエスタの華奢な身体は私のようなか弱い少女の渾身のタックルで吹っ飛んだ。

 私は恐怖と困惑で頭がぐるぐるしながらも、拙い足取りで立ち上がる。早いとこ無力化しなきゃ、またピンチになっちゃう。

 一歩進むと、固いものを蹴飛ばした感触があった。何かの機械のようだ。拾って見てみると、なんだかいかにも起動装置っぽい出っ張りがある。それを押すと、機械の先端がバチバチと電撃を放った。

 さっきの女性のものだろうか。聞いたことがある。これはスタンガンというものだ。危なっかしいけど頼り甲斐のある、イカしたツールだって部長が言っていた。

 私はニンマリ笑って、バリバリとスタンガンを鳴らしながらタギエスタに歩み寄った。


「あぁ……あぁ! 血ぃ! 血ぃ! 俺の血ぃ! あぁ! 俺の血がぁ! 血がぁ! 熱い! 寒い! 熱い! 寒い! 痛い! 痛くない! 暗い! 怖い! 痛い! 暗くない! 怖い! 怖くない! 怖い! 暗い! あぁ! あぁ!」


 タギエスタは額から滲む自身の血を見て錯乱しているようだった。このままだとあまりに危険だ。私は恐怖心を振り払って駆け出した。


「乙女に何するんだー!」


 私はタギエスタの首元にスタンガンを押し当て、最大出力の電流を流し込んだ。数秒して放すと、タギエスタはその場に倒れて動かなくなった。息はあるようだけれど、再起には時間がかかるだろう。


「……絶対に弁償させてやるんだから」


 私は血みどろの制服を見下ろした。そして思い出す――未来を見たことを。私にはスキルは備わっていなかったはずなのに。あの土壇場で、開花したということ?

 火事場の馬鹿力よろしく、死の危険に直面すると今まで発現することのなかったスキルを行使する、なんて案件があるにはあるけれど、決して多くはない。私も、その一人なの?

 ……いや、今はそんなことを考えている場合ではない。私は通信機を介して応援を要請すると、真と合流すべく走り出した。

というわけで。二人のヒロインにスポットを当てた話でした。時系列的には、前回=今回→次回という感じです。ヒロイン二人は、同時期にピンチを迎えていたということなのです。

次回の話は、前回からそのまま続く形になります。真くん視点の帰還ですね。ヒーローは遅れてやって来る演出、超好きです。


また、同作者が同時進行で執筆している『ALTERNATIVE ~オルタナティヴ~』という作品があります。こちらもヒーローを描いた小説となっておりますが、遅れてやって来たり我先にと馳せ参じたり、割りとバラエティーに富んだヒーロー像を想像しながら書いておりますので、興味がおありでしたら本作と一緒にご一読ください。

↑そもそもヒーローがたくさんいらっしゃるというね。

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