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真心 ~まごころ~

今回はアキ視点の話となります。

 私は足早に教室から去った。だって、今にも泣いてしまいそうだったから。去り際、あの女の子と一緒に、真くんをさえ睨みつけてしまったかもしれないという懸念が、顔を伏しながら廊下を渡る私の胸の真ん中に現れた。

 私と真くんは生まれる前から一緒だった。私たちが、私たちのお母さんのお腹の中に存在するずっと前から、私と真くんは結ばれていた。お母さんのおへそと繋がる以前に、既に繋がっていた。

 私のお母さんと真くんのお母さまは、それぞれ結婚する前から友達同士だった。私たちは、両親が夫婦となるより前から夫婦だった。

 私はお母さんから、真くんのお母さまはお母さんの親友だから、もう一人のお母さんと思って仲良くしてねと言っていた。だから、もう一人のお母さんの子供は、兄妹みたいなものなんだよって言っていた。今から思い返せば、ふざけるんじゃないわよって思うけど。兄妹じゃないし。旦那さんと奥さんだし。あなたの孫のお父さんとお母さんだし。

 ただ、その一言こそ、私を真くんのお嫁さんに相応しい私たらしめる最初のキーワードとなったことは疑いの余地がない。その点は、感謝してもしきれない。私と真くんの間に第二子が誕生したら、その恩に報いてお母さんの名前を付けてもいいわ。

 そうして、私と真くんは生まれた時から兄妹のように仲良く育っていった。やがて幼稚園児くらいになって、その頃には、私にとって真くんは常に一緒にいてくれる男の子だった。お風呂と、おトイレと、寝る時以外は、ほぼ一緒にいた。たまに一緒にご飯を食べられない時もあったりしたけれど、そんなの片手の指で足りるくらいの回数だし。私と真くんは一心同体と言って過言ではなかった。

 親友同士の子供、そこから家族という間柄をも越えて、私たちは他の誰も割り込むことの出来ないほど近い距離にいた。言ってしまえば一つだった。その頃から、私のお母さんと真くんのお母さまは、そんな私を見て、将来は結婚とかしちゃうのかもね、その時はお互いに子供を預からせていただく身ね、なんて談笑していたように思う。

 お母さんは私に言った。私は真くんの幼馴染みだから、真くんと結婚しなきゃいけない。真くんと子供を作らなきゃいけない。そうしたら私は嬉しいし、真くんも嬉しくなるからって。

 でもって、もしたしたらお母さんも嬉しくなるかもしれないとも言っていた。私が真くんと仲良くすると、お母さんは真くんのお母さまと仲良くできて。私と真くんが結婚すれば、ひょっとするとお母さんと真くんのお母さまも結婚できるかもしれなくて。私と真くんが子供を作ったら、お母さんと真くんのお母さまも子供を作れるかもしれないって。

 お母さんが喜ぼうと喜ぶまいと知ったことではないけれど、とにかく、私にとっての幸せとは、真くんが幸せでいることで。真くんが幸せになるためには、私と結婚しなきゃいけなくて。私は真くんと結婚できたら、世界で最も幸せになれる。

 ――そんな私たちだったのに。あの転校生の女の子が来てから、真くんはあまり私を見てくれない。お弁当の時もあの女の子とばかり話していたし。女の子の方は女の子の方で、私の知らない真くんを知っている風なことを言っていたし。放課後、二人きりで学校を案内するらしいし。

 どうしてなんだろう。どうしてなんだろう。私と真くんは一つなのに。他の人が割り込んだところで、私の将来は揺るぎなく確定しているって信じてきたのに。少し、怖い。妬ましい。恨めしい。

 私の旦那さんが取られちゃう。そんな危機感が、私のお腹の少し下辺りに鈍痛を与える。胸焼けみたいにむかむかする。眼もじんわり熱い……やだ。外で泣いちゃうのかな、私。泣くのなんて、小学生の時、真くんが同じクラスの女の子に教科書を貸した件以来だよ。


「女の子……」


 その時、行く手から声が聞こえた。私は今の今まで伏せていた顔を上げた。白いタンクトップを着た、筋骨粒々の男の人がいた。男の人は、私の方を見ながら気味の悪い笑みを浮かべ、何か呟く。

 不審者――そんな単語が、私の脳裏をよぎった。


「女の子……ちょっとお兄さんと一緒に来よう? 大丈夫。殺さないから。ちょっとだけ……一晩だけ、一緒に寝るだけだから……」


 野太い声音で言う。私は男の人が悪い人であると確信した。私に悪いことをするつもりだ。殺さないという発言も、そうなると甚だ信用ならない。

 私は恐怖で竦む脚をぎこちなく動かし、男の人を警戒しつつ後退った。逃げなければ――ただその一心だけが、私の思考を支配していた。

 けれど、私が一歩退いた瞬間、十数歩分は離れていたはずの男の人が背後に現れ、私の身体を拘束した。岩のようにゴツゴツした腕が、私の首を締めつける。


「おい、下手に暴れると首の骨が折れるぜ。知ってるか? 女の子。首は大事にしないと、最悪死に損なって、お父さんお母さんに一生面倒見てもらわなきゃいけなくなるんだ」


 グッと、男の人が私の首にかけた腕に力を入れる。私は呼吸が苦しくなって、涙目でえずいた。それに構わず、男の人は続ける。


「さあ、一緒に寝よう。大丈夫。俺のベッドは大きい。君はどんな寝顔をするんだろうなぁ……くくく……さっきからずっと考えてるんだ。朝は俺が君を起こすか、それとも君に起こしてもらうか、どっちにしようって。君の寝ぼけ眼が最初に見るのは俺がいいし、俺も寝起きで朦朧としている時、君を最初に見たい……あぁ、どっちにするかなぁ……君はどっちがいい? 俺を起こしたいか? それとも俺に起こされたいか?」


 ギリギリと喉元を圧迫され、視界がチカチカ明滅し始めた。意識を失ってしまうのも、時間の問題だ。

 思考が諦念に支配されると、私の視界には、これまでの人生のあらゆる場面が映し出された。真くんと出会った日のこと。真くんにバレンタインのチョコをあげたこと。昔、真くんが『大きくなったら結婚しよう』と言ってくれたこと。

 それらの光景を見ている最中は、首の圧迫感や息苦しさを覚えなかったから困惑したけれど、私はこれが走馬灯なのだなと、不思議と素直に得心できた。ということは、私は死んでしまうのかな、と。殺さないという男の人の言は、虚偽だったのかな。

 私は怖かった。真くん以外の男の人と寝たことなんてなかったし、私の生涯において、真くん以外の男の人のお布団に入ることなんかないって思ってた。

 でも、もしかしたら、それは私の思い過ごしだったのかな? そんなの思い過ごしで、思い違いで、ただの楽観視だったのかな? ……私と真くんが結婚して、子供を作って、そんな未来が約束されているって、それも夢幻だったのかな? そう思うと、私の視界に現実が取り戻された。

 真くんと転校生の彼女――ミカさんは、とても仲が良さそうだった。真くんは知らない人にはあまり親しくしようとしないから、私の知らない内に知り合っていたというのは事実なのだろうけれど。

 そうなってくると、私よりも強い絆が、もう二人の間で育まれているというミカさんの言も、いよいよ信憑性を帯びてくる。

 もう、いいや。頭がぐるぐるして、苦しさが眠たさになって、次第に私は思考を放棄していった。

 私が馬鹿だったんだ。真くん以外の男の人のお布団に入ることなんかないっていうのは幻想で、私と真くんが結婚して、子供を作って、そんな未来が約束されているっていうのも妄想で。じゃあ、このまま眠っちゃって、眼が覚めたらこの人のお布団の中にいる、なんてことも、普通にありえるじゃない。

 当たり前だと思って。真くんも分かっていると思って。結局、伝えられなかったな。私の気持ち。

 真くんは、気づいてくれてるかな……。


「アキ!」


 一筋の涙が頬を伝うのを感じて眼を瞑ると、真くんの声が聞こえた。眼を開けると、私はあの男の人ではなく、真くんの腕の中にいた。首は痛くない。苦しくない。怖くない。

 ああ、私は馬鹿だ――やっぱり私には、真くんしかいないんだ。

次回はミカ視点の話となります。


また、同作者が並行して執筆している『ALTERNATIVE ~オルタナティヴ~』という作品があります。こちらは一人称視点固定となっています。お読みになる機会がありましたら、よろしくお願いします。

ミカ編が終わってからはアイデンティティーの片鱗も見られない、実に簡素で味気ない、より露骨に宣伝めいた売り文句となってしまっています。まあ、それも何を隠そう本作のディテールが、当初はミカ編の冒頭までしか考えられていなかったことに起因するのですが。

一方で『ALTERNATIVE ~オルタナティヴ~』は、初めから先々のことを考慮した上での執筆となっていますので、本作のストーリーを気に入っていただけたなら、きっと『ALTERNATIVE ~オルタナティヴ~』のことも好きになっていただけることと存じます。

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