幼馴染み VS 転校生
修羅場。
初っ端でクラスメートに畏怖の念を抱かれたミカは、それから午前授業を黙して乗り切り、昼食の時間となった。転校初日の生徒を当てる教師はいなかったが、もし何かしら問われていたら、ミカは一体、どう反応したのだろう。想像するだけで頭が痛くなる。
「あの……ミ、ミカさん。い、一緒にお弁当、食べない?」
「ごめんね、先約があるの」
数人の女生徒に誘われるも、ミカはそれを突っぱねた。すると可愛らしい布で覆われた弁当箱を持ち、立ち上がった。
僕はその様子を、アキと弁当を食べながら見つめていた――僕とアキはいつも一緒に弁当を食べている――。何を好き好んでクラスメートに嫌われようとしているんだ、彼女は。僕からしたら、その一挙一動はといえば、そりゃあとち狂ってるようにしか見えない。ミカがアクションを起こす度、ハラハラするのは僕だった。
そしてミカは、僕とアキの方へ歩み寄った。
「真……一緒にご飯食べよ?」
「!?」
ミカは上目遣いで僕に言った――驚きながらも快く承諾しようとしたが、その瞬間、僕の隣で卵焼きを頬張っていたアキが勢いよく立ち上がる。
「ちょっと……真くんは私とご飯食べてるんだけど」
その形相は冷徹極まりない。すると今度はミカの方も穏やかならぬ面持ちとなった。
「なんだ。誰なんだ、お前。私はお前なんか知らない。興味ない。なんだその卵焼き。めちゃくちゃ美味しそう。そんな美味しそうな卵焼きを食べるお前が、なんでこんな冴えない男とご飯を食べてるの? そんな心優しい女の子アピールしなくてもいいじゃない。素直に友達とか、クラスで一番かっこいい男とでもイチャイチャしてなさいよ。真には私が慈悲をくれてやるから」
なんで僕と弁当を食べるために僕を貶すんだ。というか、加えてなんかアキにも悪い人みたいな印象が、その台詞からは感じられる。相手を攻撃することでしかコミュニケーションをとれないのかよ。この前は少し改善が見られたと思ったのに。あの時ちょっと嬉しくなった僕の純情をどうしてくれるんだ。
まあ慈悲をもらえるらしいので、それは遠慮なくもらっておくとしよう――黒野はもらえなかった慈悲を。
そんなことを思っていると、二人の間に蔓延する険悪な雰囲気が、殊更ひどくなっていくのが分かった。それは互いに対する不快感が、今にして思えば子供じみていて可愛らしいとすら感じられるほどの、明確かつ鋭角な嫌悪であった。
「私は真くんの幼馴染みなの、幼馴染み。生まれた時から私と真くんは将来、次世代の赤ちゃんを育てるカップルになると天命が決めてたの。それを、どこの馬の骨とも知らないあなたは、なに私の未来の夫を貶してるの? なんの権利があって私と真くんの間に取り入ろうとしてるの? 私に比べて真くんと過ごした日数がお話にならないくらい少ないあなたが、私を差し置いて真くんとお弁当? それはちょっと片腹痛くなっちゃうかな。片腹が痛くなるどころか、胃がキリキリ痛んじゃうよ。いっそあなたのお腹に穴でも空けようか? 錐で」
「やれるものならやってみなさいよ。日数が少なくともね、私と真は一日で何十年分もの密度の絆を深めたの。命を懸けた一大スペクタクルをして、一緒に世界の危機を救ったの。要は数より質ってこと。たまたま親同士の仲が良かったからってだけで、そんな大言壮語を吐かれても挨拶に困るわ。なに、錐でお腹に穴を空けるって? なに? 胃がキリキリ痛むこととかけたつもり? あーお腹痛い。それこそ片腹痛いわ。錐でキリキリお腹に風穴を空けられるが如き鈍痛よ。さながら拷問ね。拷問じみた薄ら寒いジョークよ」
頻りに罵詈雑言を浴びせると、二人はぷいっと口を尖らせてそっぽを向いてしまった。かと思えば、すぐに僕の方を見、ずいと顔を寄せた――満面の笑みで。
「ねえ、真くん。私たち幼馴染みだよね? 幼稚園生の時、結婚して赤ちゃん作るって約束したよね? 幼馴染みは結婚しなくちゃだよ? 幼馴染みは赤ちゃん作らなきゃだよ? 約束は守らなきゃだよ? だから私とお弁当食べよ?」
「ねえ、真。私と真は相棒でしょ? パートナーでしょ? 一緒に犯罪者を追いかけ回して捕まえると楽しいでしょ? それはつまり、私と真は両想いってことだよ。行く行くは結ばれる運命なんだよ。だから私とお弁当食べよ?」
「…………」
誰か助けて。
女の子が怖い、今回はそんな話でした。幼馴染みと仕事の相棒との板挟み。たまんねえなあ、おい。
あと同じく作者が手掛ける『ALTERNATIVE ~オルタナティヴ~』という作品があります。宣伝用の口上ネタが切れたため、前回までと比べ随分と質素なコマーシャルとなってしまいますが、興味がおありでしたらぜひご一読をお願いします。