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僕とミカの時空静寂【クロノスタシス】

物語開始当初からの問題が解決し、今回はそのエピローグとなります。

 事後報告のため、僕とミカさんはアリシアさんの元へ帰投した。ミカさんが詳細を話し終えると、アリシアさんは険しい面持ちで僕を見た。


「ミカ……分かっているんだな?」

「……はい」


 ミカさんが答えると、アリシアさんは数秒して頷き、デスクチェアから立ち上がった。


「田中くん――私には君に全てを説明する義務がある。君の提案通り、ミカは黒野を確保し、事態を収束させた。しかし、状況は変わってしまった。ミカは現段階で正式に復職することは出来ない」

「そ、そんな……ど、どうしてなんですか?」

「……ミカは一般人である君にスキルを、私たちの都合で使用させてしまった。これはインゲニウム・ペルフェクトゥス法で定められている規律の、実に50以上を犯す行為だ。ミカは黒野を逮捕すると同時に、重罪人となったんだ」

「そんな――も、もしかして僕の……」

「いいや、これはミカのせいなんだ。君が気にやむことはない……けれど、代償は払わなければならない――ミカがプリシオン行きにならず、無事に復職する方法は二つある」

「えっ!? ……お、教えてください。どうしたら、ミカさんは――」

「……まず、君の記憶を消す方法だ」

「え?」

「スキルのこと。連盟のこと。そしてミカのこと……黒野のことさえも、全ての記憶を消去する。そうすれば、ミカが君に情報を漏洩し、加えてスキルを行使させた事実そのものが、なかったことになる」


 アリシアさんが言うと、ミカさんは『そんな!』と叫んだ。


「そんなそんな! なんで田中が……! 私のせいなのに……私のせいって、部長も言ってたのに……!」

「落ち着け、ミカ。方法は『二つある』と言ったはずだ」


 取り乱した様子のミカさんを、アリシアさんはたしなめた。僕は、面持ちを険しくして彼女の言葉に聞き入った。


「――もう一つの方法は、田中 真くん。君が私たちと共にブレイカーを取り締まる使命に従事することだ」

「なっ!? そ、それはつまり……」

「そうだ。連盟の一員となるんだ」


 途端、ミカさんの表情がパアッと明るくなった。


「残念ながら、どちらにしてもリスクを負うのは君だ。いずれの解決方法も望まないなら、ミカはプリシオン送りになる。そうなっても仕方ない仕業をしたのだから、当然と言えば当然だけれど――何にせよ、決めるのは君だ」


 ミカさんは、再び極度に落ち込んだ表情になって、項垂れた。僕が、どういった決断をするのか、既に悟っているような印象が持たれる。

 僕は、実のところ迷っていた。記憶をなくすのは、嫌だ。記憶を消すとは、すなわち脳に作用するはずで。後遺症とか、ないとも限らないわけで。そういう改造手術めいた怖いことはされたくないし、何より、この一連の事件に巻き込まれたことで得た経験を、なかったことにはしたくない。

 スキルのこと。連盟のこと。他にも、AOAのこと、今まで自分が知らなかったこと……そして、ミカさんのこと。出来れば、忘れたくないことばかりだ (黒野のことはどうでもいい。嫌いだし) 。

 ミカさんが監獄に収容されるなんて論外だし――なら、僕の選択肢は、たった一つだ。


「――僕を、仲間にしてください」

「……本当にいいのかい? もう普通の生活には戻れない。これからは熾烈な戦いの連続となる。熟考に熟考を重ね尽くしての決断と、そう受け取っていいんだね? 君の決意は、強固なんだね?」


 ――僕の人生は非凡だった。ただ悪戯に時を止め、私利私欲を満たすことのみ考え、このままでは、やがて非行に走っていたことだろう。非凡であるが故に、非行に走っていたことだろう。

 もしかしたら僕は、心のどこかで平凡を求めていたのかもしれない。時を止められる能力は、もちろん便利だし使っていて飽きない代物だけれど。使っていて、楽しい才能だけれど。

 時間なんか止められなくても、普通に友達と遊んだり、上手くいかないことで悩んだり、そういう青春を送ったって良かったんじゃないか。日頃から、ふと、そう思うことは多々あった。

 僕はいつからか、自分の青春をも止めてしまっていたのだ。


「――はい」


 僕は頷いた。今回の件で、気づいたことがある。スキルを悪用する者――ブレイカーは、時としてスキルを持たざる者を傷つける。平凡を侵略する。

 彼らから平凡を守るのは、ひょっとすると、スキルを使う者――ユーザーの使命なのかもしれない。同族を抑えられるのは、同族だけだ。

 目には目を。歯には歯を。そして――スキルにはスキルを。悪には、正義をだ。僕が、心の底で憧れていたのかもしれない平凡を。僕の代わりに誰かが謳歌している青春を。僕は、守りたい。

 そんな自分の気持ちに直面したのだ。


「……分かった。手続きは私が済ませておく。これからよろしく頼むよ」


 アリシアさんは言うと、僕たちに退室するよう促した。ミカさんは未だ浮かない顔で、ぺこっと頭を下げると部屋を出た。僕も、彼女に倣って扉から廊下へ出る。


「……謝っていいのか、お礼を言ったらいいのか、分かんないや」


 ミカさんは、複雑そうな表情で言った。『でも、 本当は喜びたいんだ』と。


「私のせいで、これから田中は過酷な仕事に就くことになる。田中のおかげで、今も私はここにいられる。でもって――私、田中と一緒に仕事できるのが、嬉しい」


 ミカさんは、微かに微笑んだ。


「ドジでワガママな私に着いてきてくれたこと。私が死にかけたところを助けてくれたこと。全部、私にとって『ありがとう』なんだ。『嬉しい』なんだ。ドキドキして、ムズムズして、私……私、田中と一緒にいたいんだ」


 突然の告白だった。


「――これから、真って呼んでいい? 私のこと、ミカって呼び捨てでいいから」


 すがるような眼で直視された。どうやら僕の青春は、ここから始まるらしい。

はい。行き当たりばったりなノベルにするつもりだったけれど、気がついたらあと二、三歩ほど先辺りまで構想を練っていた、本作『僕と世界の時空静寂【クロノスタシス】』の、今回までが〈ミカ編〉でした。ミカとの関係に主軸を置いたストーリー、ということですね。

次回からは、ネタバレになりますが〈アキ編〉となります。もし気に入ってくださったなら、引き続きよろしくお願いします。


また、二、三歩どころか二十、三十歩くらい先まで見通してのストーリーラインを構想した上で、現在、作者が執筆している『ALTERNATIVE ~オルタナティヴ~』という作品がございます。こちらは個人との関係ではなく、集団での関係に比較的スポットが当てられております。当然、個々の関係も大事にしておりますが、全体の一体感を楽しみたい方、全体の中から切り取った個々を見たい方は、こちらにリープしてはどうでしょう。


タイムリープって、正直、めちゃくちゃ格好いいワードだと僕は思うんですわ。

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