勇者、油断する
「我々は勇者一行である!我こそはと思うものは我々と共に魔王ギデアスを討伐しに参上せよ!!!」
サーシャが堂々と冒険者ギルドの机の上で叫んだ。
それを聞いて俺はかなり嫌な予感がした。
…シーン
一瞬、間を置いてヒソヒソとギルドにいる連中の話し声が聞こえてくる。
(おい、勇者だってよ)
(え、どれがどれが?)
(ギデアス倒すとか無謀すぎじゃないの)
(あの子可愛いわね)
ヒソヒソと喋る声に対し徐々にサーシャの怒りが溜まる。
溜まりに溜まって爆発した。
「誰かいないの!ギデアス倒そうっていう強者は!?」
そりゃ無理もないよな…。親父は確かに歴代最強の魔王とも言われてるし。
「ハッハッハ、お嬢さん。冗談は止したまえ!」
そこでスキンヘッドで巨体の男がサーシャを嘲笑う。
「魔王なんざこの俺が片付けてやるからおうちに帰ってオママゴトでもしてな!」
更にサーシャを煽る巨体の男。
「な、なんですってー!?」
あぁ、アイツはサーシャの頑固さと実力をわかっちゃいないな、死ぬぞ。
「クロム!やっちゃいなさい!!!」
えっ、俺かよ!?
へいへい…、と適当に相槌を打ち巨体の男の前へ出る俺。
「おいおい、彼氏持ちかよ、可愛い顔して何人たぶらかしてんだ?」
更にサーシャを侮辱する。
「おい」
俺が巨体の男に一言声をかけ
「誰が誰を片付けるんだ?」
ピンッと指で男の胸を弾く。
「ぐっは」という声と共に男は真後ろに吹っ飛びギルドの壁を突き破る。
…シーン
それまで罵声と笑いでいっぱいだったギルドが一瞬で静まり返る。
やっべえ、やりすぎたか!?そう考えた俺だったが
「やるじゃないのクロム!改めて見直したわ!」
このお嬢さんはこれくらいが丁度いいらしい…。
静まり返ったギルドの中、一人の女が階段から下に降りてくる。
「何があった?騒がしい。寝てもいられないじゃないか。」
ギルドの二階は宿屋になっており
どうやら寝起きらしく頭をボリボリかいている。
「あ、アーシェ様!」と声をかけたのはさっきまでカウンターにいた係員。
「荒事か?」とアーシェと呼ばれた女が係員に聞く。
「ええ、新入りのあの男が…」と俺に指をさした瞬間。
俺の喉元にアーシェと名乗る女のダガーが寸止めされる。
この俺が一瞬でも油断したとはいえ反応出来なかっただと…!?
「で、コイツが何をしたんだ?」寸止めしといて横目で係員に聞くアーシェ
「いえ、喧嘩を売ってきた男を…その…、突き飛ばしまして…」
と突き飛ばした方向をアーシェが見る。
「なんだこれは?貴様相当の馬鹿力の持ち主のようだな。」
それでも俺の喉元から短剣を引かないアーシェ
「うちのツレが馬鹿にされてな、ついやっちまったんだよ、すまなかったな。」
面倒なので謝っとく。こういうのは謝れば大抵魔族は許してくれるのだが…。
「ふむ、そうか。」
そう言ってアーシェは俺の喉元からダガーを引く。
ふぅぅぅ、あぶねええ
少しでもかすって血出たら魔族だとバレるとこだったじゃねえか!?
と安堵する俺。
その場の空気を知ってか知らずかサーシャがアーシェに告げる。
「ねえ、貴女!随分強いようだけど私達とギデアス倒しにいかない!?」
そんなピクニックにいこうよ!的なノリで誘うなよ…。
「悪いが…」
これは断られる雰囲気だな、うん。
「今立て込んでる仕事がなかなか片付かなくてな、無理だ。」
うん、やっぱ無理だったな。
「じゃ、その仕事私達が片付けたら一緒に来てくれる?」
おいおい、そこは引き下がれよサーシャ…。
「ああ、いいだろう。」
いいのかよ!てか簡単に決めすぎだろ!?
「で、依頼ってのは何なんだ…?」
試しに俺が聞いてみる。
「魔族の討伐だ、奴隷商人とつるんで人身売買をしている連中だ。」
!?
そこで俺は思わず叫んだ。
「魔族にそんな奴はいない!!!」
あっ、言った後にしまったっと思った。