勇者、始まりの街に戻る
トールギアを出立して二日。
キップアの荷馬車に乗り始まりの街、グランエールへと到着する。
(そういえばここで俺が始めて人間と出会った場所なんだよな…。)
耽っていると見た事のある顔に出くわす。
「よぉ、門番さん。元気だったか?」
俺は極上の笑みで再会を喜ぶが
「ヒ、ヒィィイイイ!!!」
と門番がたじろぎ逃げていった。
ふむ、そうか。アレが人間で言う「照れ隠し」って奴なんだな
と勝手に解釈する俺。
横で見ていたサーシャが
「アンタあの人になんかやったの?」
と聞いてきたから
「前に道を聞いて礼を言っただけだが?」
と返しておいた。
「さて、そんな事より礼拝堂いくわよ!礼拝堂!」
やっぱりサーシャが仕切るのか、てかなんで礼拝堂?
気になったので聞いてみたところ
「アンタつくづく何も知らないのね…、街についたら一番最初にいかないといけないのが礼拝堂でしょ!」
だから俺はなんで礼拝堂に行かなきゃいかんのか聞いてるのだが。
「旅の無事とこれからの旅路を神リディア様に報告しなきゃ駄目でしょ!」
神リディア…?あぁ、人間が崇めている神か。
大昔、神話で聖神リディアと邪神バルトの戦いの文献を読んだ事あったっけ。
「ほら、さっさといくわよ!」
サーシャに連れられ礼拝堂へ到着する。
てか、礼拝堂って魔族にとっちゃまずい場所なんじゃないか?
そう思って立ち止まると
「何立ち止まってんのよ!さっさと入るわよ!」
サーシャに手を引っ張られ礼拝堂に入ってしまう。
一瞬ピリッと顳顬に感じたが大したことはなかった。
「ほら、アンタもさっさと祈る!」
何を慌てているんだが…。と思うと
サーシャは片足を地に着け祈りを始めた。
(うーん、何か周りにも人がいるしやっといたほうがいいよな…。)
サーシャのマネをするように俺も祈りを捧げる。
祈る神なんざいないが。
俺が目を閉じ祈ってるといきなりサーシャが肩をバチンと叩き
「ほら、次行くわよ!次!」と急かしてくる。
まったく慌ただしい女だ…。
次に訪れたのは冒険者ギルド。
トールギアに冒険者ギルドはあったらしいのだが
出張所扱いなので冒険者となる手続きは
ここグランエールでしないといけないらしい。
ここで冒険者として登録して名を売れば
各地の宿は割引され何かと優遇されてお得らしい。
「ほら、アンタも書いて!」
サーシャに一枚の紙切れを渡された。
どうやら登録用紙らしい。
んー、名前の他に職業とか身長、体重…。まぁこんなもんか。
危うく魔族文字で書きそうになったが
人間文字も学習してある俺に隙はなかった。
そして最後の欄を見るととんでもない事が書かれていた。
「ん?最後に血判を押し、これにて手続き終了になる…?」
血判だとおおおおおおお?
まずいまずいまずい、俺の血は人間と違って緑だ。
これだと魔族とモロバレする。
「ん?どうしたの青い顔して?」
ひょんとサーシャが俺に質問をしてくる。
「い、い、いいや、なななんでもないぞ、うん!」
必死に誤魔化す俺、多分誤魔化しきれてない。
「?まぁいいや私先に提出してくるからアンタも早くしなさいよ。」
そう言うとサーシャは手続きのカウンターへと向かった。
今が好機!
サーシャの目が離れたことを確認し、近くで同じ手続きをしている
なんとも弱そうなオッサンを見つけて俺はこう告げる。
「おい、テメェ死にたくなければ指かせや!?」
思いっきり睨みつけて「ひぃ!?」と言った隙に
オッサンの指に爪を立て血を俺の指につける。
「ふぅ、これでよしっと…。」
血判を押し一安心する俺。
さぁ提出してこようっと思った矢先。サーシャが
「アンタあの人に何やってたの?」と聞いてくる。
見てたのかよ!
「い、いや、さ、財布落としたみたいで拾ってやった、だだだけだ、う、うん。」
思いっきり動揺するがサーシャは「ふーん…」と興味なさそうだった。
正直助かった…。
俺の書類提出も終わり。俺の職業は剣士、サーシャの職業も剣士となった。
魔法は使えますか?と言う問いに全てイエスと答えると
係員は訝しげに俺の方を見たがサーシャの殺気が後ろから感じたので
「早くしろよ」と睨みを効かせ手続きを終わらせる。
「よし、これで晴れて私達冒険者ね!」
サーシャが嬉しそうに俺に言う。
書物で冒険者の事は知っていたが
こういうシステムがあるのは流石に知らなかったから新鮮だ。
「ちょっとそこの叔父様達、テーブル借りるわよ!」
何やらサーシャが昼間から飲んだくれてるオヤジ達のテーブルの上に
足をかけ、テーブルの上へと仁王立ちする。
すぅ…っと息を吸い込んでサーシャはとんでもない事を言い出した。
「我々は勇者一行である!我こそはと思うものは我々と共に魔王ギデアスを討伐しに参上せよ!!!」
かなり嫌な予感がした。