勇者、対峙する
中央の奥にひときわ目立つ屋敷が見えた。
…あれか。
俺は剣を鞘から引き抜き戦闘の準備をする。
出来る限りの強化魔法を自身に施し屋敷へと突入する。
…誰もいないじゃないか?蛻の殻だ。
屋敷は二階建てで中央ロビーに大きな階段があり
部屋を見渡せるような形になっていた。
とりあえず、二階から調べてみるか。と思い階段を上ろうとする。
しかし、階段を上ろうとした時、階段の脇に地下へ続く道を見つける。
…扉が開けっ放しという事は誰かが出た後か、それとも入った後か。
二階に行こうと思ったが俺の興味は逸れ、地下へと続く階段を下る。
地下へと下る最中、血と肉が混ざり合ったような腐った異臭を感じる。
パーティメンバーを呼ばす俺一人で来たのはどうやら正解だったな。
この異臭は常人では耐えられないほどきつい。
恐らくここは処刑場か何かだろうと俺は思った。
階段を下りきり薄暗い中、灯火があり多少明かりがある。
そして、いくつも牢獄があるのが見てわかる。
中身は死んだ人間やモンスター。
生きている奴はいないかと思い周囲を見渡すが
半身がなくなってる屍、両手両足を切断されてる屍。
…酷い。
見てる俺が気分を悪くする。
そして一番奥の部屋から話し声が聞こえる。
誰かいるのか?
身を潜めながら俺は中を扉越しに窺う。
「いやぁ、ここはいつ来ても悪趣味ですなぁ」
肥えた中年の人間が誰かと話している。
「ここは私の食事室だ。貴様のような豚を入れたくはないのだがな。」
話し声の主はそう言うと鎖に繋がれ首輪をした幼い少女を引っ張り頭を掴む。
俺は悟った。
あの禍々しい魔力を秘めた男が「セルク」であると。
…アイツ相当強いな。
心の中で確信する。
てか、アイツ人間食うのかよ…。
「出来ればその娘もこちらに売って頂きたい。」
「最近質が落ちていると冒険者からクレームが来ましてねえ。」
肥えた中年がセルクに物怖じもせず告げる。
「これは私の食事だ。貴様も食うか?」
セルクは肥えた中年に言う。
「いえいえ、結構結構。これ以上太ってしまう訳にはいかないので」
ホッホッホと中年は高笑いする。
「では、私はこれにて。」
そう言うと肥えた中年が部屋から出ようとする。
まずい!?
このままだと鉢合わせる。
どこかに隠れようかと思ったその時。
セルクが口を開く。
「では私も食事を頂こうか…。」
その言葉を聞いて俺は憤りを感じた。
このまま、その少女を殺させはしまいと。
勢いよく扉を開け
「待て!!!」と俺が叫ぶ。
肥えた中年がぎょっとしたが「これはこれは…」と話しかけてくる。
「ネズミが一匹紛れ込んだようですなぁ、セルク様。」
肥えた中年が俺を見下すように言う。
「ふむ、魔王の息子か…。」
!?
「何故、知っている!?」
俺がセルクに慌ただしく問いかける。
「昔、魔王軍にいた時。お前の姿を見たことがある。」
「その時の魔力を覚えていてな、いい魔力に育ったものだ。」
じゅるり…っとセルクが舌で唇を舐め、俺を見て嘲笑う。
…コイツ魔族でも何でも食うのか?
「ま、魔王の息子ですって!?」
肥えた中年は腰を抜かして後ろに倒れる。
「邪魔だ。」
そう言うとセルクは肥えた中年の頭を【グシャ】と踏み潰し俺と対峙する。
「なんで反魔王派だったお前が人間や亜人にこんな事してるんだ!?」
俺はセルクに問いかける。
「確かに…、私は反魔王派だった。」
静かにセルクが口を開く。
反魔王派の魔族は人間達と協力し合い魔王軍と長きに渡って戦っている。
そして魔族からすればそれは「異端者」と呼ぶ。
「だが、しかし人間というのは実に醜態でね。」
「仲を取り持つ事など出来はしなかったのだよ。」
セルクが昔を思い出すように話す。
「人間は人間!魔族は魔族なんだよ!!!人間は裏切り、罵り、醜い!」
「簡単だったよ、我慢しなければいいのだ。人間は脆い。」
「そして知った。私は人間の味というものを…。」
暗い眼光を俺に向けセルクは俺に話す。
「貴様はどんな味がするのかな…?」
再度セルクは舌で唇を舐める。
…この変態野郎め!
そう思って間合いを取ろうとするが狭い地下通路、
ましてや扉越しでは間合いが取りづらい。
間合いが取れないのであれば!
俺はまっすぐ魔剣「リベレーター」を構えセルクに突進する。
「ふん」とセルクは肉切り包丁のような武器で俺のリベレーターを弾く。
そして素早くセルクは肉切り包丁の柄で俺の後頭部を強打する。
「ぐっ…が…。」
意識が飛びそうになるが何とか踏みとどまり体勢を立て直す。
「ふむ、この程度か、ガッカリだぞ。魔王の息子よ。」
セルクは見下すように俺に言う。
だが部屋の中には入れた。間合いもある。
ここなら!
「うおおおおおお」
セルクに向かって真空波を浴びせる。
「甘い。」
その一言で俺の真空波が片手でかき消される。
だが、しかし
真空波を放った瞬間もうひとつ別の真空波を俺は放っていた。
その真空波の先は幼い少女が繋がれた鎖。
【ガキィイイン】という音と共に鎖が切れる。
「今だ!逃げろ!!!」
俺は幼い少女に叫ぶ。
ぼろぼろになっている幼い少女は頭をコクコクと頷かせ部屋の出口まで走る。
「逃すと思っているのか?」
セルクはそう言うと肉切り包丁を少女へと投げる。
「させるか!!!」
予想していた俺は予め少女の脱出経路を確保しており肉切り包丁を
リベレーターで床に叩き落とす。
「ほう、いい反射神経だな。」
俺を評価しているようだが嬉しくない。だが、これで全力で戦える!
「さて。ここから反撃の時間だ。」
俺は剣を構え本日3回目の必殺剣をセルクにぶつける為、意識を集中させる。
「くらいやがれ、フレイムバースト!!!」
下から上に薙ぎ払うように、この屋敷が崩れないように一点集中で放った。
一点集中だけあって威力も3割増になっている。
だが、しかし。
放ったはずの必殺剣はかき消される。
「ふむ、実に惜しい。実に惜しいぞ!」
どこから召喚したのかいつの間にかセルクは槍を装備していた。
俺の最高の必殺剣が無傷だと…?
少なくとも俺はショックを受けた。
しかし、それと同時に分析する。
あの槍は魔槍であって魔力を吸収する武器なのではないかと。
「し、し、しかし、喰いたい。喰いたい喰いたい喰いたい喰いたーい。」
セルクの眼が血走ってるのがわかる。
どうする…?
今のでマジックポイントは空っぽだ。
さっきの斬り合いでは、たかが肉切り包丁相手にあの様だった俺だ。
考えろ、考えるんだ!クロム!
自分で自分に言い聞かせる。
だが、しかし相手は待ってくれない。
「ハハハハハ、喰わせろおおおお」
セルクがそう言うと槍を構え突っ込んでくる。
突っ込んでくると思った瞬間咄嗟に頭を横に捻った。
その時にはセルクは俺の後方に移動していた。
早すぎるなんてレベルじゃねえぞ!?
咄嗟に頭を横に捻ってなければ、頬をかするだけでは済まなかった。
焦る、そして俺は恐怖する。
これが、恐怖か…。
初めて味わう「恐怖」という感情。
魔王である親父は生前、俺に
「相手には恐怖を与えろ、与えた者が勝ちを得る。」という教えを教わった。
相手に恐怖を植え付ける事は教わったが
植え付けられた時の対処法は教わっていない。
「ふふふ、見た目は人間でも血の色は魔族か…。」
槍についた俺の緑色の血をペロリと舐めるセルク。
その姿にゾクッとした俺だが次の光景を見て絶望した。
ヒュッと姿を消すように移動するセルク。
そして、先ほど俺が放った「フレイムバースト」の衝撃で
縮こまっていたのか鎖から解き放った幼い少女がセルクの手に捕まる。
「やめろ!やめてくれ!!!」
必死に叫んだ。恐怖で俺は動けずにいたのだ。
しかし、奴が取る行動など予想せずともわかった。
「まずは前菜といこう!」
そうセルクは言い放つと幼い少女の心臓を取り出していた。




