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保安官ワイアット・アープ外伝 「クリミア砦の決闘」

作者: 佐渡 譲

1881年、アメリカ合衆国、アリゾナ州の「トゥームストーン」において、西部開拓史上に残る「OK牧場の決闘」が行われた。

この時、悪党「クラントン一家」を相手に、派手な銃撃戦を演じた伝説の保安官「ワイアット・アープ」と、酔いどれ医師「ドク・ホリディ」は、州判事から過剰防衛で追訴され、ひとまずはロッキー山脈の麓、コロラド州に身を隠す事となった。

そして、辺境の町「アラモーサ」で、二人はひっそりと保安官と医者として暮していた。


 そんなある日、ドク・ホリディが、ひょっこりとワイアット・アープの保安官事務所にやって来た。

「よぅ、ワイアット」ドク・ホリディが、入って来て言った。

「何だ、ドクか…今日はえらい酔ってるなぁ~」ワイアット・アープは言った。

「これが飲まずにいられるか…!ってんだよ。今しがた血生臭い手術を終えたばっかりだ」

「どうしたってんだよ。何かあったのか?」

「州境のインディアン居留地でゴタゴタがあってな。怪我人が出たんだ」

「そうか。そりゃあ~、商売繁盛で結構な事じゃないか」

「何言ってんだ!ロシアの毛皮商人共が、ウクライナ・インディアンの土地を掠め取ってるってぇ~、もっぱらの噂だぞ」

「そうか…それがどうした?」

「そうか…じゃねぇだろ!お前らしくもない。何とかしてやんねぇと、インディアンがロシアの奴らに土地を奪われちまうぞ」

「インディアン居留地は、連邦政府の管轄だ。レンジャーに任せるしかない。俺の出る幕じゃあ無いよ」

「臆病になったもんだなぁ~、ワイアット。OK牧場でクラントンの奴らを相手に、正義を示したお前さんが…」

「そのお陰で判事に訴追されて、こんなロッキーの片田舎に都落ちしたんじゃないか。もう、余計な揉め事はごめんだ」

「おぃ、おぃ、それが西部一の早撃ちガンマンと異名を取った保安官様の言う言葉か?」

「あぁ、そうだよ…そろそろパトロールに行かなきゃならんから帰ってくれ。ドク」

 そう言うとアープは、保安官事務所からホリディを追い出して、町の見回りに出掛けた。


 アープがアラモーサの町をパトロールしていると、通りで二、三人の男達が、一人のインディアン娘を取り囲んでいた。

「やっぱり、町に逃げて来てやがったのか…おぃ!捕まえろ」一人の男がそう言っていた。

「あいよ、兄貴…さぁ、こっちへ来い」

 言われた男は、インディアンの娘を乱暴に鷲づかみにして、引き立てて行こうとした。

「助けて下さい!誰か助けて~!」

 男たちに捕えられたインディアンの娘は、遠巻きにその様子を見ている人々に助けを求めた。

 だが、誰も助けに入る者はいなかった。みんな厄介な揉め事に関りたくはないのだ。

(まずいな。町の中で揉め事を起されちゃ困る)アープは現場に近寄って行った。

「あ、保安官!どうか助けて下さい」

ジェリフのバッジを胸に着けたアープの姿を見るなり、インディアンの娘は、そう言ってアープに助けを求めて来た。

 だが、娘を捕えている男達の一人が、ジロリ!とアープを見て言った。

「何だぁ、お前は…?俺たちに何かイチャモンでも付けようってのか?」

「まずいぜ、兄貴。こいつぁ保安官だ!」

「保安官ったって、インディアンの事は連邦政府の管轄だ…ちっぽけな町の保安官風情の出る幕じゃねぇ」

「そうだ!俺たちゃ、ちゃん連邦政府の認可を受けてやっている毛皮商人だ」

「あぁ、連邦政府の認可を受けてるんなら文句は無いが、町の中で揉め事は困る…何かあったのか?」

 アープがそう言うと、どうも彼らのリーダーらしいロシア人の男が出て来て言った。

「このインディアン娘が、大事な商品の毛皮を盗んだのでね。これから連行して処罰するんだ」

「嘘ですっ!違います!この人たちは、私たちが先祖から受け継いだ大事な土地を奪おうとしているんです」

 娘は懸命にそう訴えたが、アープにはどうしてやりようも無かった。

「さぁ!お前たち、さっさと娘を連れてけ…これで文句は無いでしょうな?保安官」

「あぁ、町の人間に迷惑を掛けなきゃ、あんたらの好きなようにしたらいい」

(俺も歳を食ったな~)アープはそう思いながら、屈強な男たちに、無理矢理、連れ去られて行く娘を見送った。


 さっきの一件で、何と無く気が滅入っていたアープは、気分直しに酒場に入って一杯やろうとした。

 酒場では、集まっていたカウボーイたちがあれこれと噂話をしていた。

「ロッキーの辺境にあるウクライナ・インディアンの居留地で、ゴタゴタがあったらしいな~」

「あぁ、何でもロシア人が住み着いたクリミア砦で、ウクライナ族の酋長が、殺されたってぇ話だ」

「クリミア砦って言やぁ…南北戦争前に、インディアン討伐のために騎兵隊が作った砦だろ」

「それが今じゃあ、ロシアの毛皮商人たちが住み着いてるそうだ」

「何でも、インディアンの土地に少しづつ人を送り込んでは、土地を掠め取ってるらしいな」

「ウクライナ族の酋長は、それに抗議して殺されたらしい。見せしめに木に吊られて、無残な死に方だったってぇ~噂だ」

「確かティモシェンコ…ってぇ~酋長だろ。俺は会った事があるが、親切なやつで悪い男じゃなかったがなぁ~」


 カウボーイたちの話を聞いている内に、アープはあの日の出来事を思い出した。

 過剰防衛の罪に問われて、判事の追及を逃れ、ロッキー山脈までたどり着いて、道に迷ってしまったあの日の事を…

 森の中で方角も分からず、馬に乗ったまま戸惑っていたアープとホリディの前に、一人のインディアンが現れた。

 馬に乗った初老の男で、立派な羽根飾りを頭に被っている所をみると、どうも部族の酋長らしかった。

「道に迷ったのかね?白人」インディアンは微笑みながら、二人に話し掛けてきた。

「あぁ、どうもそうらしい」アープは答えた。

「ロッキーの山中でうかつに道に迷ったら、コヨーテに好かれてしまうよ」

「そりゃあ、ごめんこうむりたいね…同じ好かれるんなら女の方がいい」ホリディは、冗談交じりに言った。

「アラモーサって町に行きたいんだが、どうやって行ったらいい」アープは尋ねた。

「アラモーサか…いいよ。わしが居留地の境界まで案内してやろう」インディアンはそう言った。

「そりゃあ、ありがたいね。頼むよ」

「ただし、境界までだ…わしらインディアンは、許可なく居留地の外へは出られないからな」

「あぁ、それでいい…で、あんたは何てぇ名だ?俺はワイアット・アープ。こっちは連れのドク・ホリディだ」

「わしかね…?わしはウクライナ族の酋長で、ティモシェンコと言う」

「ティモシェンコか…ありがとう。この借りはいつかきっと返すよ」

「気にしなくていいよ。人間、困った時はお互い様だからな…さぁ、わしに付いて来るといい」

 こうしてウクライナ族の酋長、ティモシェンコに案内されて、アープとホリディは森を抜け出す事ができたのだった。


 馬に乗ってやって来たアープは、ホリディの診療所に着くと、玄関のドアを激しく叩いた。

 そして、ほろ酔い加減で出て来た、ドク・ホリディの顔を見るなりこう言った。

「ドク、出掛けるぞ!」

「どうしたい?ワイアット…性急だな~」

 ドクが見ると、アープの腰には、彼にしか扱えない長い銃身の拳銃・コルト45=バントラインスペシャルが吊り下げられていた。

「すぐに馬とライフルを用意しろ!一緒にクリミア砦に行こう」

「そうか!やっとその気になったか?そう来なくっちゃあ、ワイアットらしくねぇ」


 馬を走らせたワイアット・アープとドク・ホリディは、ロシア人の拠点、クリミア砦にやって来た

 砦の柵の上から、それを見ていたロシア人の手下が言った。

「兄貴、誰かやって来ましたぜ!」

「何だ~?あいつは…この前の腰抜け保安官じゃねぇか」

「何の用だ?ここは田舎町の保安官風情の来る所じゃねぇ」

 手下たちは、アープとホリディを見下ろしながら、威嚇するように言った。

「お前らのボスに用があって来た」アープは答えた。

「ボスは忙しい。お前らにやぁ~お会いにならねぇ」

 その時、額が禿げ上がって、陰険な窪んだ目をした、毛皮商人のボスらしいロシア人が姿を現した。

「何だ!騒々しい…ありゃあ、いったい誰だ?」ボスは手下に尋ねた。

「アラモーサの町の腰抜け保安官でさぁ、ボス」

「何の用かね?保安官。ここは連邦政府の管轄地域だ。許可を受けて来たのかね?」

「いや、毛皮商人を連れて来たんだ」

 ボスにそう聞かれたアープは、隣にいるホリディを指差しながら言った。

「そうか。俺んとこの毛皮は高いぞ~…何せ、極上のバッファローだからな」

「構わんよ。高値で引き取るそうだ」

「そうか。そんなら入れ」

 ロシア人のボスは、アープとホリディを砦の中に招き入れた。

 砦の中にはバッファローの毛皮を積んだ馬車と、覆いを掛けたコンテナを乗せた馬車が置いてあった。

 長年の保安官生活をして来たアープは、一目見るなり、その場違いのコンテナを不自然に思った。

「あの馬車の上に乗ってるのは何だ?檻の様に見えるが…」アープは、ボスに尋ねた。

「あぁ、バッファローの檻さ。ロシアに連れて帰って繁殖させるんだ」ボスはそう答えた。

「バッファローの檻にしちゃあ小さいな~…?ちょっと見せてくれ」

 アープはそのコンテナを乗せた馬車の側まで行って、掛けてある覆いをめくって中を覗こうとした。

「勝手に見るなっ!」ボスが、アープを威嚇するように怒鳴った。

「ほぅ~…何か都合の悪い事でもあるのか?」

 威嚇されて臆するようなアープでは無い。ボスは彼に問い詰められて、答えに窮してしまった。

「やはりな…どうやら、俺の思った通りか」

 アープに真相を見破られて、陰険な顔つきのボスの顔が余計に険しくなって来た。

「人身売買か!ロシアに連れ帰るのはバッファローじゃ無くって、インディアンの奴隷娘ってぇ訳だ」

 たちまちボスの手下たちが、アープとホリディを取り囲んだ。彼らの手は腰に下げた拳銃のホルスターに掛かっていた。

「貴様ら~!この保安官たちを殺っちまえっ!」ボスが怒鳴り声を上げた。

 とたんに、ボスが言い終わるより早く、馬を翻したアープの長尺拳銃バントラインとホリディのライフル銃が火を噴いた

 ズドン!ズド~ン!…バン!バァ~ン!スバッ!ズバ~ン!

 たちまち10人ほどの荒くれ男たちが、次々に血しぶきを吹き上げながら、バタバタと倒れた。

 騒ぎを聞いて、部屋を跳び出して来た手下とロシア人たちも、銃を抜くより、もんどり打って地べたに転がる方が早かった。

 西部にその名を知られる早撃ちの名手、ワイアット・アープとドク・ホリディが相手では、しょせん彼らに勝ち目は無い。

 黙って手を上げて降参するか、逃げ出すかしていれば、悪党共は命を落とさずに済んだだろう。

 だが、コンテナ馬車によじ登ったボスは、ワープ目掛けて散弾銃を放った。卑怯者の銃と言われる当ればこれ幸いの散弾銃だ。

 バウッ!と放たれた弾はほとんど逸れたが、たまたま一発がワープの右腕を掠め、ワープの二の腕からは血が流れた。

 それでもワープは怯む事無く、コルト45=バントラインで、ボスが手にしていた散弾銃を吹き飛ばした。

 そうして、ワープとホリディは馬を下りて、ボスがいるコンテナ馬車に飛び乗った。

 ワープとホリディに追い詰められたボスは、馬車の荷台の箱からダイナマイトを取り出してかざした。

「悪あがきはやめろ!ウラ・プーチン!インディアンの土地の略奪と、人身売買容疑でお前を逮捕する」アープは言った。

「近寄るな~!ちょっとでも近寄ったら、ダイナマイトで娘たちを吹っ飛ばすぞ」ウラ・プーチンはそう喚いた。

「死なばもろともって訳か?どこまでも性根の腐ったヤツだな!ウラ・プーチン」

 脅しに屈するようなアープでは無い。たちまち放たれたバントラインの弾丸が、悪徳毛皮商人:ウラ・プーチンの腕を貫いた。

 ダイナマイトは虚しく荷台に転がり落ち、ひっくり返った悪徳毛皮商人:ウラ・プーチンはジリジリ後ずさりした。

「まっ!待て!俺が悪かった…どうか、命だけは助けてくれ」とうとうウラ・プーチンは命乞いを始めた。

 しかし、ワープは黙ったまま、血の滴る腕に構えたコルト45=バントラインのトリガーを引いた。

 ズド~ン!一発…ズド~ン!二発…ズド~ン!三発…銃声がクリミア砦に鳴り響いた。

 見苦しく転げ回っていた悪徳毛皮商人:ウラ・プーチンはついにピクリとも動かなくなった。

 アープはウラ・プーチンの脇腹を蹴り上げてどかすと、コンテナの覆いを取って監禁されていたインディアンの娘たちを解放した。

 その中には、アラモーサの町で、アープの見ている前で悪党共にさらわれた、あの娘がいた。

「ありがとう。保安官…何とお礼を言っていいやら…」その娘は、頭を下げながら言った。

「いや、気にしなくていいよ。人間、困った時はお互い様だ…ところでお嬢さん、名前は?」アープは尋ねた。

「ユリア…ウクライナ・インディアンの酋長、ティモシェンコの娘です」

「そうか~…あんたがあの人の娘さんか」

「殺された父を知ってるんですか?」

「な~に、少しだけ世話になってね…みんなで仲良くして、大切な土地を守って暮せば、死んだ酋長も浮かばれるだろうさ」

 そういい残すと、アープはホリディと共に馬に跨って、激闘の終ったクリミア砦を後にした。

 目の前には、かってインディアンとバッファローが共存していた、果てしないコロラドの大平原が広がっていた


 後にこの一件は、国交悪化を恐れた政府によって隠匿された。だが地元のインディアンの間では長く語り継がれたそうである。


 夕焼けのコロラドの大平原を、馬を並べて歩んでゆく二人の男の姿があった。

「またやっちまったな~…ドク」アープは、傍らを行くホリディに言った

「これから何処へ行く?やっちまった以上、アラモーサの町には戻れねぇぞ」ホリディは、アープにそう言った。

「そうだな~…あてはないが、西に向かって行ってみるさ。海の見える所までな」

「俺も付き合ってもいいか?」

「好きにすりゃあいい。どうせ共犯だからな…って、痛ぇなぁ~、傷が!」

「手当てしねぇと、ばい菌が入ったら厄介だぞ。俺が手当てしてやるよ」

「ごめんだね。お前は酔いどれのヤブ医者だからな…荒っぽすぎる」

「馬鹿言え!こう見えても、俺は西部一の名医だぞ」

「なら、俺は西部一のガンマンだ」

「ちげぇねぇ…」

 そうして、ワイアット・アープとドク・ホリディは、お互いの顔を見て笑った。

 コロラドの大平原を、西に向かって流れて行く二つのシルエットが、沈んでゆく夕日に映えていた。


伝説の名保安官ワイアットアープは、1929年1月13日、ロサンゼルスにて80年の波乱に満ちた人生を閉じた。

生涯、正義を愛し、不正を憎み、悪と戦った男の中の男、アメリカ人の中のアメリカ人であった

晩年のワイアットアープと親交を結んだ、映画監督「ジョン・フォード」は、彼の男気に惚れて、数多くの西部劇映画を製作した。

『駅馬車』(ジョン・ウェイン主演)『荒野の決闘』(ヘンリー・フォンダ主演)『黄色いリボン』などは特に有名である。

まさに西部開拓史の生き証人として、ハリウッド映画に影響を与えた正義のヒーロー「保安官ワイアット・アープ」であった。


親ロシア派に4年間監禁された、元ウクライナ女性首相「ユリア・ティモシェンコ」に愛を込めて捧ぐ…

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[良い点] すっきり短くまとまってる。 正義正義してないけど、最後はやっぱり正義感なところ。 [気になる点] ワイアット・アープって普通の(町の?)保安官なんですか?連邦保安官なんですか? 昔ケビンコ…
[良い点] おもしろいです!
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