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私の最終履歴  作者: 柿崎 知克
≒≪ニアリ・イコール≫
9/14

 9. 蠢動

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・国家・固有名称等は架空の存在であり、それに類似する実在ものとは一切関係がありません。


 ――――――1月



「新年、あけましておめでとう御座います!」

 その年の最初の日を迎えた今日、私達は道場で新年の挨拶をしていた。

 道場の上座に座るのは、道場主である父。

 父を正面に見て右側一列に並ぶのは、母、私、亜希、沙希の4人。

 私達と向かい合う形で並ぶのが、美咲さん含めた住込み弟子の6人。

 計11人による一年の始まりの儀礼だ。

 もっとも、今日のはあくまでこの家に住んでいる人による、内輪的なもの。

 道場として正式なものは、別の日に行われる。

 だから今日のところは、これにて解散の予定。

 その後は三々五々に分かれての行動になる。


 その内訳は、私と亜希と沙希については初詣に行く事になっている。

 両親は、新年の挨拶に訪れるお客さんの相手をせねば成らないから、自宅待機。

 美咲さんは、午後から大学の友人と連れ立ってスキー旅行の予定らしい。

 この事については、美咲さんは大変申し訳無さそうにしていたらしいが、両親は逆に学生時代の友人は大切にした方が良い。何だったら、正月前から行っていも良いんだよと言っていた。

 その事について美咲さんは、けじめですからと断り、友人と時間の調整をして午後からの出発と相成った。

 そしてその他の住込み弟子の皆さんは、接客の手伝いに駆り出されていた。

 まぁ、普段は美咲さんが働き過ぎなのだから、これもたまにはいいのかもしれない。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 龍宮家の応接間。

 今ここでは、新年の挨拶に来た藤崎と道場主の樹が、藤崎の手土産である鹿肉の燻製を肴に杯を交わしていた。

「お子さん方はみんな初詣ですか、先輩」

「あぁ、亜希や沙希の友人と一緒にね」

「いいなぁ~、瑞希君や沙希君の振袖を見れたのなら、自分もそっちに行けば良かった」

「お前なぁ……」

 溜息を吐く樹とケラケラと笑う藤崎。

 そこへノック共に部屋の扉を開けて入ってきたのは、振袖姿の美咲だった。

「藤崎さん、新年明けましておめでとうございます」

「おっ、美咲君。こちらこそ、本年も宜しく。

 それにしても……うんうん、美咲君のその姿を見るだけも先輩の家に来た甲斐があったな~」

「もう…嫌です」

 頬をほのかに赤らめる美咲。

「おや、香坂君。

 もう直ぐご友人が迎えに来るのではなかったのでは無いのかね?」

「大丈夫ですわ、先生。

 友人が来るまで、あと2時間ばかりありますから」

「そうか、なら良いが。

 ……こら、翔。そんなにジロジロ見るもんじゃない」

 そう、樹が美咲の予定を心配している間にも、藤崎はうんうん頷きながら美咲を見ていたのであった。

「いいじゃな無いですか、先輩

 これ程の眼福、滅多に無いんですから」

 樹の叱責にも、藤崎は止める気配が無い。

 流石にその遠慮の無い視線が恥ずかしいのか、美咲の顔は真っ赤になっていた。

「え…えーと、そろそろ支度して来ますね。

 それでは藤崎さん、ごゆっくり」

 そして逃げるように、顔を抑えて部屋を出てゆく美咲。

 その動きには、いつもの余裕が無いように樹には見えた。

「おい、翔。

 遣り過ぎだぞ」

「いーじゃないっすか先輩。

 自分は綺麗なものが好きなだけっすよ!」

「あのなぁ。第一お前は娘達の振袖姿を見に、うちの来たのか!?」

「まーそれも理由の一つではありますけどね」

 杯の中身を一気に空ける藤崎。

 そして杯をテーブルに置くと、目を樹に向け樹にしか聞こえない(、、、、、、、、、)音で話し始める。

『つい先日、科捜研の保管物が数件、紛失していた事が判明したって噂は聞いていますか』

『いや、聞き及んでいないが』

 同様の音で返答する樹。これは龍宮流の裏の人間が用いる発声術【木霊】である。

 これは、特殊な呼吸法と咽喉の筋肉を操作する事で、声の指向性や音質を変える技法であった。

 そしてこの技術は、裏の技法の基礎技術の一つでもあると同時に、裏の内容で有る事も意味していた。

『だったら大津山に至急確認を取ってください』

『わかった。それで何か有ったのか』

『こっちも噂段階で現在調査中なのですが、古巣の研究所がいくつか進入された形跡があるらしいんです』

『軍のか』

『自衛隊ですよ、一応。

 まぁ自衛隊って名称からして侵略兵器破棄って大義名分の為の、対外情報戦略の一環でしか無いんですけどね』

 視線だけで笑みを作る藤崎。それに対し樹は視線でその先を促した。

『それで、こっちは更に未確認の噂なんですが……【剣】の連中が最近入手した研究材料で、新技術を開発したとかしないとか』

『あの急進派の連中がか。

 そう言う事であれば、私も【ハム】に連絡を取ろう。

 となると、【公安】にも確認を取るよう大津山に伝えた方が良いな』

【ハム】とは公を分解した隠語だ。

 つまりは、これも公安を指す。

 然しながらあまり知られていない事だが、国内に於いて公安を冠する組織は数多く存在する。

 今、樹が自ら連絡を取ると告げた組織は、法務省公安調査庁。

 また、2人が大津山に接触を図らせるのは公安警察。

 この二つは管轄も権限も似て異なる別組織である。

 よって双方から情報をあつめれば、該当する情報について2方向から分析する事が出来る。

 樹の言葉に、藤崎は視線で頷く。

『だが新技術の元になる研究材料か?【石】に新たな発見でも……』

『いえ、【石】についてなら、それこそ世界各国で研究されてます。今更噂にすらならんでしょう』

『ふむ、確かにそんなの今更か。

 そうであれば一体何を……まさか』

 その想像に言葉を失う樹に、視線で肯定する藤崎。

『ええ、もしかしたらそのまさかかも知れません。

 ……自分は嫌な予感がしてならない、ですから至急確認を』



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 丁度その頃、私達は父と藤崎さんがそんな会話をしているとはいざ知らず、初詣をする為に神社へ向かっていた。

 向かう神社は、私が嘗て通っていた中学校の近所にある山裾にある神社だ。

 私がの異世界落ちする前の知識通りの場所にある――え~と、……多分――ので、私の知っているものと同一だろう。

(本当、どこからどこまでが違っているのやら……)

 知っているつもりで行動するとその変化に戸惑い、警戒すると肩透かしを喰らう。

 これは人についても同じ。

 居たり居なかったり状況は色々だ。

 2度の異世界堕ちの経験が無ければ、多分そのストレスで私の胃は溶けてなくなっていただろう。

(つまり有るがままに受け入れるしか無いんだけど……あぁ、もう本当に面倒臭い!)

 ととと、話が逸れた。

 この神社について説明しよう。

 この神社、結構歴史のある神社でこの土地に街が出来る前から存在していたらしい。

 但し、古い事は判るが出来た時期や祭神については、はっきりしない事が多い。

 明治時代の廃仏毀釈やら何やらで、詳しい事を記された書物は紛失したらしいし、神社の裏にある石碑も上半分が壊されている。

 ただその石碑に刻まれた残りから、この神社が街よりも古いって事が判る位だ。

 だから一応現在は、大国主を祭っているけれど、それが本当の祭神だなんて誰も思っていない。

 単に街の人からは『神社』であってそれ以上でもそれ以下でもなく、正月に参拝に来る以外は、受験や恋愛、はたまた厄払いの願い事など統一性が無いのが面白い。

 また、その様な神社なので代々祭祀を行う神主は居らず、隣県にある神社から人が来ていた。


「わ~、凄い人だかりだね~♪」

 何やら凄く楽しそうに歓声を上げる沙希。

「何だか去年より出店の数が増えてね?」

「ええ、種類も増えてますわね…。

 昨年はタコスの屋台なんて出店しておりましたかしら?」

「無かったよね、確か。

 そう言えばタコスって屋台で売るものなの、普通?」

「本場では屋台で売るのが普通らしいぞ。

 確かスペイン語でタケーリアとかタケリーアとか、そんなような名前だった筈だし」

 そして、その沙希の歓声に釣られる様に話しに加わったのは、沙希の友人の秋元さんと花京院さんだ。

 二人の事は少しだけど覚えている。

 でも覚えている通りなのかは不明、だけど二人が良い子なのはこの神社に来るまでに充分理解していた。



 それは30分程前のこと。

 沙希と約束したと言う待ち合わせ場所に、私達3人が到着したとき、二人は既に来ていた。

 背がスラリと高く振袖姿なのが花京院さん。

 その隣の動き易いスポーティーな服装をしたのが秋元さん。

 朧気な記憶だけれど、目前に居る二人の名前については合っている筈だ。

「新年明けましておめでと~」

「今年もよろしくな」

「明けましておめでとう御座います」

 沙希、秋元さん、花京院さんの順に、新年の挨拶を交わす3人。

 しかしその次に秋元さんと花京院さんの2人は、緊張した面持ちで私の前に立つ。

「新年あけましておめでとうございます、瑞希先輩」

「新年明けましておめでとうございます、龍宮先輩」

「……新年明けましておめでとうございます」

 私達3人は異口同音に、新年の挨拶を交わす。

「あの…こんな事を聞くのは失礼だとは判っているんですけど……私達の事、覚えていらっしゃいます…か?」

「私達は1年後輩で、沙希さんの友人の花京院と…こちらが秋元です」

 2人は挨拶が終ると、恐る恐る私に尋ねてきた。

「ええ、ちょっと色々とあやふやで記憶に自信が無いけど…花京院詩織さんと秋元美加さんよね。

 大丈夫、お2人の事は覚えていますよ♪」

 私は2人が安心するように、私は微笑み返す。

 その微笑に緊張が解れたのか、2人の表情はみるみる明るくなっていった。

「よかった~、先輩が私達の事忘れていたらどうしようってドキドキしてたよ。

 ふわ~、本当良かった~~」

「…本当に失礼致しました。

 龍宮先輩が、2年前の失踪事件に合われてから昨年無事保護された事は新聞でもテレビでも報道しており知っておりました。

 しかし、沙希さんからのお話でも龍宮先輩は記憶喪失と伺っていたもので…。

 お見舞いも出来ずご挨拶も遅れてしまい、誠に申し訳有りませんでした」

 秋元さんは心臓を押さえながら、花京院さんは本当に申し訳無さそうに私に謝る。

 2人が本当に良い子である事は、これだけも十二分に理解できた。


「でも先輩、本当に変わらないよね~」

「美加さん!」

「その雰囲気……って、あっ、やべ。

 先輩、ゴメン!!」

 秋元さんは私の雰囲気が変わらないって言いたかったのだろうけれど、私肉体の成長が2年前の当時のままである事を気にしているのでは無いかと配慮した花京院さんに窘められる。

 そして秋元さんも言われて直ぐに気付いたのか、謝ってきた。

「良いよ、気にしていないから。

 この身体の所為で、私が行方不明になったって日から2年が経過しているなんて、私自身に実感が沸かないんだから。

 2年タイムスリップしたようなものよね…これは返って得したかも…。

 な~んてね♪」

 しかし、謝る事自体が筋違いである事を知っている私は、人差し指を口元に立てながら軽く戯けて返答した。

 だがしかし、これで少しは二人の気が楽になってくれればとの配慮を、妹が台無しにしてくれた。

「お姉ちゃん、それ美咲さんの真似?似合わないよ~♪」

「…くっ」

 自分でも少し思っていた事を告げられ、二の句をいえない私。

 しかし、そのお陰か2人は笑い声を上げる。どうやら図らずも思惑通りにはなったようだ。

 だがっ、しかしっ。

(おのれぇ~沙希。……後で胸揉んじゃる!)

「…姉さん、何を考えているのか判らないが、多分犯罪だからそれは止めておけ」

 暗い決意をする私に、弟から呆れ気味の容赦ないツッコミが入った。



 さて、そんな事がありつつも屋台が並んだ、神社へ至る階段の前まで来た私達。

 お祭りじゃないのだから、参拝前に屋台で買い食いするのは流石に拙いだろとの意見の一致を見、私達は階段を昇ってゆく。

 正直なところ、私の階段を昇る足取りは重い。

 それはあまりにも振袖姿がきついから……では無く、先程説明した事が関係している。

 その一つ目の理由が、この神社の神主の事だ。

 先述の通り、この神社の神主は隣県の神社から来ていた。

 私がまだ普通の女子中学生だった頃は、その神主は孫娘の2人でこちらに住居を借りて住み、管理をしていた。

 その孫娘が私の同級生……と言うか、とても親しい友人だった。

 そこで二つ目の理由が関ってくる。つまり、この世界の彼女について不確定なのだ。

 居ないだけなら良い。

 この世界では、実家に帰っているのかも知れないし、そもそもこの神社に来ていない歴史なのかもしれないから。

 更には、居るのに私を出会わず知り合えなかった歴史かもしれない。

 いや、最悪亡くなったとかだったら…真実を知らない方が幸せかもしれないのだ。

 しかし逆に、7年前の親友に再び会えるかもしれない、もう二度と会えないと覚悟した親友に。

 そう考えると、このまま回れ右をして階段を下り帰る事も躊躇われる。

 そうした心の葛藤が、私の足を重たくしていた。



 そんな風に心の決断が出来ない内に、私達5人は階段を昇り切ってしまう。

 そのまま鳥居を潜り境内へ玉砂利を踏み締めながら進む私達。

 周囲を見渡すが、神主も巫女の姿も見えない。

 私はほっとする反面、心配にもなった。

 最悪の状況を再び想像してしまったからだ。


 だが、その時。

「………瑞…希?」

 私の背中側にあった社務所の影から、声がした。

 私は振り返る。

 そこには、成長して綺麗になって、髪も腰まで伸ばした、けれど変わらない私の親友が、居た。

「……霞!」

「……瑞希!!」

 駆けてゆく私。

 駆け寄ってくる霞。

 だが、ここが何処でどういう時でどう言う服装をしているか忘れていた2人は。

 見事お互いの目の前で、前のめりに転んだ。

「「ぷぎゃっ!?」」


 なんか色々と台無しだった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 そして私が嘗ての親友である、祠堂霞しどうかすみと親交を取り戻したその頃。

 一発の銃弾が、国境を越え、とある兵士のヘルメットを打ち抜いていた。


 それは、中東のとある国同士の、戦争を始める合図だった。



8.蠢動

をお送り致します。

発表が遅れてしまい、申し訳ありませんでした。

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