4. プロローグ(4) ―姉、還る直前の記憶―
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・国家・固有名称等は架空の存在であり、それに類似する実在ものとは一切関係がありません。
ここで無い場所。
ここで無いとき。
もしかしたら、遥か未来に起こりえる……その様な場所と時。
そこでは、人類の生存を賭けた戦いに於ける、一局面を迎えていた。
『手遅れだ…すまねぇなアイン、戦乙女』
『どうやらここまでのようです、御武運を隊長、姫様』
私が搭乗する楕円球型戦闘機【ヴァルキュリア3号機】の後方で二つの通信が途絶える。
それはたった今、度重なる被弾により私の戦闘機の直衛機のうち、2機が消滅した事を意味した。
『後方4番機、8番機、消滅』
「ハイド!トウマ!!」
≪h・a・t・a≫の報告と同時に、私は彼らの名を叫ぶ。
しかし私の心情とは関係無く、敵は容赦無く更なる悲劇を生み出す。
『ぐぁっ!』
『右舷1番機、被弾』
悲鳴と報告に右を向いた私が見たものは、操縦席の側面に局所拡大で映し出された、敵の位相攻撃を喰らった1番機の姿だった。
「アイン、コレ以上は無理よ!
下がって!!」
私は1番機に向けて通信を開き、呼びかける。
しかし返事が返ってこない。
「(……まさか)」
私は1番機の状況を知る為、≪h・a・t・a≫を呼び出す。
「≪h・a・t・a≫1番機のバイタルは?」
『回線切断により詳細は不明です。
但し、外部からの診断では左舷機関部が損傷と診断…回線復旧しました』
『…スマン、通信機がやられてな。
今、サブに切り替えた』
「通信機だけじゃないでしょう!
左舷の機関部が全損じゃないっ」
≪h・a・t・a≫からの報告途中で回復した通信から、アインの報告が返ってくる。
だが、報告以上の損害である事は外から見ただけでも判る。
あれでは、戦闘続行不可能だ。
「さっきまでの損傷を含めたって、満身創痍じゃない。
もう戦闘続行は不可能よ」
『…安心しな姫さん。
まだ空間爆雷もエネルギーも残っている。
最悪、姫さんの盾位にはなれるぜ!』
「だからそれが要らないって言ってるのよ!」
アインの台詞を拒絶する私。
隊長がこんな馬鹿だから、部下まで馬鹿なのだ。
そう、私の乗る【ヴァルキュリア3号機】の直衛は出撃当初、8機居た。
なのに先程まで三人、今では彼一人にまで減っていた。
誰一人として、母艦に戻ろうとせずに宇宙の藻屑と消えていった。
いくら私を作戦ポイントまで誘導するのが任務だからって、やり過ぎだ。
しかし、私の思いを知ってか知らずか、彼は下がろうとしない。
未だ、この超光速空間に留まり続けている。
「もう私一人で大丈夫だから。
敵の前まで辿り着いて目的を達成してみせるっ。
だからお願い、下がって!!」
『…いくら姫さんのお願いでも、そればかりは聞けねぇな』
「なんで!」
『ここで下がったら散っていた部下共に示しがつかねぇ』
「死ぬ気なのっ!?」
『いや、生きて帰るさ。
姫さんと一緒にな。
うちの娘達も待ってるぜ?』
私は言葉に詰まった。
彼は私を最後まで護りきるつもりなのだ。
私の機体と、彼の機体では基本性能が違いすぎるのに。
そもそもこの作戦に於いて、私の作戦当初の生存確率は3割を切っているのに。
だからこそ、私は彼を道連れに出来ない。
勇猛でありながらも優しい、アイン隊の最後の一人に。
「≪h・a・t・a≫、1番機に強制介入。
戦線離脱シークエンスを発動させなさい」
『了解しました』
「おい、止めろ姫っ……」
相棒の≪h・a・t・a≫が1番機のシステムに強制介入し、超光速空間から離脱を含めたシークエンスを無理矢理発動させる。
私を止めようとしたアインだが、その声は超光速空間から離脱し始めた途端に途切れた。
これで最悪でもアインの命は救われる。
いや、最初からそうするべきだった。
そうすれば他の7人…
アイン隊の寡黙な副官、ランタオ。
一緒にお菓子を食べながらよくお喋りをした、ベス。
音楽が好きで明るく陽気な、ハイド。
無口で不器用だが心優しい大男、デビィ。
いつも本ばかり読んでいた、ヤン。
女性仕官に声をかけては振られていた、ボルツ。
私の組み手の相手をしてくれた、トウマ。
彼らも救えたかも知れないのだから。
『当初の計画よりスケジュール早いですが、全武装を開放します。
よろしいですか』
≪h・a・t・a≫からの確認の声に、私は現実に意識を切り替える。
そう、悔やんでいても彼らは帰って来ない。
ならば彼らの遺志に報いるだけだ。
「≪h・a・t・a≫全武装開放了承。
……これからは私達二人だけだよ…頑張ろうね」
全武装開放に伴い、機体の外観とコックピットの形状が変化する。
先ず私が立ち上がると、今迄私が納まっていた座席が収納される。
両脚で床に立つ私は、コックピットの中央に仁王立ち状態だ。
すると、私の身体を幾重にも包んでいた帯…私専用の戦闘衣【ヴァルキュリアの衣】が両腕両脚や腹部、首周りから解けてゆく。
そして帯の先端はコックピット壁面の端子に接続される。
また体内のナノマシンが、私の五感の補助に入る。
平行して機体の外観は、元の楕円球の形状から変ってゆく。
機体上部中央―上部と言っても私の認識上だけど―縦方向に線が入り、そこから左右に割れてゆく。
そこに現れたのは、片膝をついた形で収まっている人型兵器【戦乙女】。
人型兵器はその面を上げ、足元にせり出してきた通称【盾】と【槍】を手に取った。
それと同時に私の両腕にも、摑んでいる感覚がナノマシンによってフィードバックされる。
そう人型であるのは、私の認識を機体全体に浸透させ、私の意思通りに稼動するようにするためだ。
これは、この機体だから必要な機能であり、通常の機体には搭載する意味の無い機能だ。
また、開いた部分は、機体の大部分を占める機体下部の左右に接続、そのまま広げるように展開する。
そして左右ユニットの内側だった上部には、その面積を埋め尽くす数の空間爆雷が重なり合っている。
実際には、母艦とその甲板部分に【戦乙女】が乗っているだけだ。
しかし嘗て私は、義父であるDrクラウドの傍で稼動テストを見ている時に言ったものだ。
『まるで、巨大な鳥の背に乗る戦乙女ですね』、と。
そう、これがこの【ヴァルキュリア3号機】の第2形態だ。
そのコックピットで、身体の胸周りと腰周りのみを帯に包まれた――ビキニの水着より覆う面積が少ない――私は、少々恥ずかしく思いながらも、気にしない事にする。
どうせ誰が見ている訳でも無いし、そもそも実年齢不相応な凹凸の寂しい身体を見て喜ぶのは、一部の特殊な性癖の男性だけだろう。
『武装開放終了しました。
…自分を一人と見做すのは、貴女とDrクラウド位ですよ』
「(しまった、≪h・a・t・a≫が居たか)」
尤も、≪h・a・t・a≫が男性なのか女性なのか、そもそも性別という分類があるのか不明なのだけど。
まぁ、どちらでも良い。
≪h・a・t・a≫は≪h・a・t・a≫だから。
「≪h・a・t・a≫は大事な相棒だよ」
『…ありがとうございます、姫』
◇◆◇◆◇◆◇◆
それから私達は【ヴァルキュリア3号機】で戦場を翔けた。
位相変化を察知した≪h・a・t・a≫が回避行動を執り、カウンターの空間爆雷を射出する。
射出された空間爆雷は、一定距離若しくは一定時間後に周囲の空間ごと崩壊を起し、敵の端末を道連れに消滅する。
それでもやはり、空間爆雷の隙間を縫って接近してくる端末もある。
「このぉぉっ!」
私は端末から射出される質量弾を、右腕に装備された盾から放出する重力子で、軸線を操り逸らす。
そして反対側の端末を、私は左腕のに装備した槍で切り伏せた。
しかし流石、多勢に無勢。
潰し損ねた端末による攻撃で、機体のあちらこちらに損傷は増えてゆく。
その時だった、敵側の空間崩壊が機体中央部に命中したのは。
吹き飛ぶ【ヴァルキュリア3号機】母艦の中央部。
幸い規模が小さかった為、機体が致命的な損傷を負った訳ではない。
そう、機体は。
「(!!、あの部位は、≪h・a・t・a≫のコックピットだった筈っ)」
「≪h・a・t・a≫、大丈夫?≪h・a・t・a≫」
私は直ぐに≪h・a・t・a≫へ呼びかける。
と同時に、壁面に普段は写さない、機体内部…≪h・a・t・a≫のコックピットの映像を呼び出した。
そこはまさに地獄絵図のようだった。
鋭利な刃物のような断面を見せる構造材。
そしてコード類は反動と無重力に飛び回っていた。
私は生きているカメラに何度も切り替えながら、≪h・a・t・a≫の姿を探す。
そして十数度目の切り替えを行ったとき、画像の隅に靴を履いた足が見えた。
私はカメラを移動させる。
するとそこには、片腕と片足を失ったエプロンドレスの女性が、壁にもたれ掛かっていた。
「≪h・a・t・a≫!」
私は、我を忘れて通信で呼びかける。
しかし、その返答は至極冷静だった。
『第2コックピット損傷、破損箇所エネルギー供給遮断、隔壁閉鎖中……完了しました。
これよりサブシステムに移行し、戦闘を続行します』
実際、機体は空間崩壊の被弾時の一瞬だけ制御を離れたが、既に回復している。
だが、私の目には≪h・a・t・a≫の片腕片脚の欠損が目に焼きついていた。
「≪h・a・t・a≫片腕と片脚が…」
『問題ありません。
またもやお忘れですか、この身体は…』
≪h・a・t・a≫の冷静な反論に、私も冷静さを取り戻す。
そうだった。
≪h・a・t・a≫の身体は生来のものではないのだ。
私が魔術で生み出したものに、特異な意思生命体≪h・a・t・a≫は宿っているだけだ。
生体としての機能が失われても、本質に影響は無い。
その事は私も充分理解していたが、あまりの映像にその事を失念していた。
自らの行動を恥じつつも、直ぐに意識を戦場に向ける私。
すると被弾の一瞬の合間に、機体の周囲は敵の端末に取り囲まれていた。
だが恐怖は無い。
あるのは怒り。
自分の無力さへの怒り。
「あああああああぁぁぁぁぁぁっ!」
私は裂帛の気合と共に【ヴァルキュリアの槍】を旋回させる。
そして殲滅の意思と空間破砕の魔術を乗せて、球状に光波を放つ。
すると光波に接触した端末は、接触点から崩壊してゆく。
そして空間崩壊のように一定空間のみが崩壊するのでは無く、一部でも触れた端末の全体が周囲の空間毎クォークとレプトンに砕けた。
『竜魔術【天龍】、発動確認しました』
相棒の報告が私に流れ込んでくる。
そう、これが【ヴァルキュリア】シリーズの真価。
私の竜魔術を、効率良く破壊力に変換するDrの傑作だ。
だが、これだけでは無い。
Drの傑作はもう一つあるが、それはここで使うべきでは無い。
この先、目的地で使うものだ。
「いくよ≪h・a・t・a≫!
このまま目的地まで全てを蹴散らすっ!!」
『了解』
【ヴァルキュリア3号機】は更に速度を上げて、目的地へ突き進んでいった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
『第1次目標地点到達完了』
≪h・a・t・a≫の報告に荒い息を吐いていた私は、相対位置を示す概略図を呼び出し確認する。
敵…意思生命体と呼ばれる光点が密集する地点のはるか手前の地点。
ここが私達の目標地点だった。
「…やっと。やっと辿り付けたね…」
ここに私を送り届ける為に、たくさんの命が失われた。
いや、未だ失い続けている最中かもしれない。
私の最終ミッションが完了する迄、陽動作戦は継続中なのだから。
だから私は最終ミッションを速やかに完了するべく、機体の状況を確認する。
機体は既にぼろぼろだった。
母艦の空間爆雷も、既に残段数は5%を切っている。
右腕の【盾】も既に機能を喪失しており、物理的な盾としての役割しか果たさないだろう。
【槍】に到っては、戦闘途中で端末の自爆に巻き込まれて爆散した為に、既に破棄済みだ。
作戦立案時の予測よりも過大なダメージ。
これは予定より早い単独戦闘の開始によるものだろう。
しかし私に悔いは無い。
少なくとも一人の命は救えたし、そして何よりも。
「(そう、私はここに居る!)」
結果が全て。
私が最終ミッションを無事完遂し帰還すれば、、問題無い事なのだから。
「≪h・a・t・a≫、3adフェイズに移行するよ。
【竜騎士】、起動っ!」
『了解、これより本機は【竜騎士】モードに移行します』
≪h・a・t・a≫が報告すると同時に、機体が再度変形を始める。
先ず母艦と【戦乙女】が分離する。
そして母艦はいくつもの外部装備を排除した。
そして排除後に残った部分が各々分離し、【戦乙女】に装着される。
先程まで優美な女性的シルエットを誇っていたその外観は、四肢を備えた直立する巨大な竜に変化する。
そう、これが【竜騎士】。
私のデメリットの高過ぎる≪魔法≫、それを最大効率で最適化し天文単位にまで拡大させる兵器だ。
そしてこれが先程言ったDrクラウドのもう一つの傑作だ。
この位置なら敵の全てを効果範囲に巻き込める。
「(生存率3割、勝ち取ったっ!)」
しかしそれは早計だった。
――アクシデントは最後の最後になるまで、その牙を研いでいる。
これは戦闘機乗り達が、油断を戒めるために良く口にするセリフだ。
そして、私は油断していた。
――私なら大丈夫だと。
――この【ヴァルキュリア3号機】ならば、アインを救えると。
それは、無常にも≪h・a・t・a≫の報告でその牙を顕にした。
『異常事態発生。
現在【竜騎士】は各種センサーを破損。
現在CNSの誘導を行えません
修復完了迄…』
私は茫然自失となった。
それは≪魔法≫の発動基点の設定を出来ない事を意味していたからだ。
修復予定時間迄には、敵も当然移動するだろう。
それでは最終ミッションが行えない。
つまり作戦は失敗……皆の死は犬死だった事になる…。
「(ゴメン、みんな…ゴメンっ)」
涙が出そうになった私は、左手顔を覆い涙を堪えた。
ここで泣き叫んでも何も解決にならない。
だが私の油断で、一大反攻作戦を無に帰したのは間違い無いのだ。
「(どうする、どうすれば良い?)」
しかし私はその時、目前にある自分の左手を見て思い出した。
思い出したのは先程までの戦いで【槍】を失ったときの事。
そう、敵は何をした?
位相攻撃を阻まれた敵は、私に手傷を負わす為に。
…そう、自爆したのだ。
私は自らの考えが実行可能か相棒に確認する。
「≪h・a・t・a≫、CNSの発動自体には問題無いんだね?」
『はい、問題ありません。
実行できない処理は、誘導のみとなります』
「だったらもう一つ確認。
発動基点を、私に設定する事は可能だよね」
『理論上は可能です。
…ですが、帰還は確実に不可能となります』
私を気遣って死亡と言わないのが≪h・a・t・a≫らしい。
そんな相棒と最後まで一緒に戦える事を私は嬉しく思う。
「そんじゃ、やるよ
私は生存確率3割を摑み損ねちゃったけど…、それでもこれで人類は…勝てるっ!」
『了解しました。
作戦最適地点を算出します』
「お願いっ」
私は≪h・a・t・a≫に演算を頼むと、【竜騎士】を超光速へと突入させる。
本来【竜騎士】は砲台であり戦闘機では無い。
だからこの機動は、頑丈な砲台部分以外に少なからずダメージを与えるであろう。
先ずセンサー類の復旧と外部武装は戦闘中の修復は諦めた方が良い。
だけど、それでも構わない。
「(…どうせ一発勝負、後は無いんだから!)」
私と≪h・a・t・a≫が乗る【ヴァルキュリア3号機】は損傷を無視して、光を付き従えながら翔けて行った。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「≪h・a・t・a≫、あの座標が最適点?」
『はい、残り60秒で到達します。
発動シークエンスを開始して下さい。
到達後3秒以内に発動出来ない場合は、効率はその後1秒後毎に5%低下します』
「(つまり23秒で犬死って事よね)
了解、発動シークエンス開始!」
私は体内に取り込み封印してある≪魔法≫の封印解除を行う。
解除されれば、その発動は一瞬だ。
私を基点に発動した≪魔法≫は、嘗てと同様に全てを飲み込み消滅させる。
違うのは今回は、【竜騎士】が砲台として規模を拡大してくれる事だけだ。
『残り30秒カウント入ります』
≪h・a・t・a≫の宣言と共に、視界の端に数字が現れ、減り始めた。
残り24秒の段階で、私の体内で≪魔法≫が活動を始める。
「封印解除完了、バイパス開放!」
『バイパス開放完了』
「続いて、安全装置解除!」
『解除完了』
私の指示に≪h・a・t・a≫が答え、実行してゆく。
残り20秒!
そのときだった、≪h・a・t・a≫が別の事を伝えたのは。
『安全装置解除に伴いDrクラウドからの伝言が開放されました』
「Drクラウドの!?」
『娘よ、お前の為に一つの仕掛けを施した。
運が良ければ還れるはずだ』
Drの言葉の意味を≪h・a・t・a≫に確認したかったが、時間切れだ。
私はこの機を逃せない!!
私は≪魔法≫を発動させた。
光が視界を、世界を呑み込む。
私の意識も等しく光に呑まれ消えた。
でも最後に、
義父の、優しい、声が、聞えた、ような、気がした。
『幸運を、我愛する養女よ』
5分遅れました…申し訳ありませんorz