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私の最終履歴  作者: 柿崎 知克
≒≪ニアリ・イコール≫
3/14

 3. プロローグ(3) ―姉が戻ってきた日―

今回の語り部は、龍宮家の末っ子である沙希です。


尚、この物語はフィクションです。登場する人物・団体・国家・固有名称等は架空の存在であり、それに類似する実在ものとは一切関係がありません。

 これは、とある姉のいる少女の物語。



 ――――――2年前、中秋



 その日の事は、今でも覚えてます。

 街が満月の光で綺麗に染まった夜、そんな日の事でした。



 お兄ちゃ……いえ、兄の亜希に挑発(立ち直)されてから2年が経ちました。

 あの言い方は一体何なの!?と文句の一つも未だに言ってやりたい私です。

 しかし、この事を親しい友人に話すとまた違う評価です。

 丁度お昼時の事です。

 机を3つくっ付けて、友人の秋元美加と花京院詩織とでお弁当を食べているとき、この話題が再度上ったのですが。

「お兄さん、自分を悪役にしても妹を立ち直らせたんだ」

「格好良いですよね」

 と、ベタ褒めの評価です。

 いやいや、違くは無いですか?美加に詩織。

 いくら妹とは言え、その後に道場で私が気を失うまで通し稽古ですよ。

 それが女の子に対する仕打ちですか?等と言おうものなら、逆にあの当時の私がどれだけ酷かったのか諭される始末。

 いえ、まぁ、その、確かにあの時の私は酷かったのは理解しています。

『お姉ちゃんが居ない世界なんか、滅びちゃえば良いんだ!』とまで思っていましたから。

 今ではそんな事は思っていませんよ。

 ええ、思っていませんとも。

 第一、「世界が滅びちゃえば良いんだ」なんて、世界を滅ぼして下さいって神様に祈っているようなものです。

 私からお姉ちゃんを奪った神様に、そんな事祈ったって聞き届けるはずがありません。

 って言うか、本当に神様が私からお姉ちゃんを奪ったなら、神様を殺してやります。

 お姉ちゃんに手が届いたのですから、私が神様に手が届かない筈がありません。

 ニーチェも言っているじゃないですか『神は死んだ!』って

 きっとニーチェも神様を殺そうと思って努力したんですよ。

 それで成功したと勘違いして、あの発言をしたのだと思います。

 でも止めが甘かったのか、残念ながら神は死んでなかったようです、ニーチェさん。

 でも安心して下さい。もしお姉ちゃんを奪ったのが本当に神様なら私が今度こそきっちり止めを刺しておきますので。

「いや、沙希。それは意味違う。とりあえずニーチェに謝れ」

「それよりも女の子が殺すとか発言するのは、如何なものかと思いますけれど」

 美加が私にツッコミをいれて、詩織が止めを刺す。

 うん、見事な連携技だよね。これが私限定の連続技なのが悲しいけど。

 でもこの二人の御蔭で私は立ち直れたと思っている。

 確かに切っ掛けは兄さんだけど、怒りというものは負の感情であり即効性はあっても持続しない。それどころか、同じ負の感情に対しては副作用の方が大き過ぎる。

 だから部屋に閉じ篭った私があれだけの仕打ちをしたにも関わらず、目覚めた後も本気で心配してくれた事には、本当に感謝している。

 なのでこれ以上兄さんを褒めないでね?ムカムカしてその感謝の気持ちが減っちゃいそうだから。

「はぁ~~」

 何よ、美加。そのあからさま溜息は。

 あ、今度は頭も振り出した。一体何なのよ?

「自分で自覚無いのかね、この子は」

「Sだけかと思ったらBも入っていますのね」

「いやいや、双子の兄だよ」

「と言う事はNも入っているのかしら」

 ねぇねぇ、何よ。そのSとかBとかNとか。

 磁石?あ、それだとBの意味が不明か。

「まぁいいや、詩織、沙希。次は体育の時間だよ、さっさと弁当箱洗って更衣室に行こ!」

「そうですわね」

 あ、本当だ。もうそんな時間になっている。

 先程の疑問は棚上げして、私達は机を戻し洗い場に向かった。

 ……でも、本当にSBNって何だろう??



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 次の授業は、体育です。

 場所は体育館。授業内容は、隣のクラスの女子と合同でバレーボールでした。


 …………はぁ


 思わず溜息がこぼれます。

 はっきり言ってバレーボールは苦手です。

 いえ、昔から嫌いだった訳ではありません。体を動かすスポーツは全て好きでした、1年生の頃は秋の体育祭でバレーの選手でしたし。

 でも最近になってから嫌いになりました。

 正確には2年生の後半頃からです。

 遅い成長期だったのでしょうか、その頃から私の手足も伸び始めて……いや、それは良い事だったのですが、胸が周囲の同級生と比べても少々大きく育ち過ぎてしまったのです。

 ―――4cup程

 いや、成長し過ぎですよ私!?

 そりゃ立ち直った後、お姉ちゃんが居ない事やお姉ちゃんの身体の心配、その他色々なストレスの発散に兄さんと同じくらい食べましたし、その後は更にストレス発散の為に父さんや母さん、それと兄さんのみならず父さんの門下生の人達と思いっきり鍛錬に励みました。

 その結果がこれなんて……悲し過ぎますよ!?

 美加なんて「何を贅沢なこと言ってやがる」なんて怒りますが、肩は凝る上にサラシでキッチリ抑えないと飛び跳ねたりするだけで胸は痛い。そしてそれ以上に自分の足元が見え無い!!

 これはもう空手家として、メリットよりもデメリットの方が多い位です!!!


 そんな理由から、バレーボールではレシーブやトス専門。

 嘗て出来たジャンピングサーブやスパイクなんて、厳しい事この上ない。

 ……そう言えば今朝、美加が持ってきたスポーツ雑誌にこんな記事がありました。

 確かその記事だと、プロのバレー選手はスポーツブラの上からサラシを巻いて対処をしているらしいです。

 でもバレーでそれならもっと動きの激しい空手では駄目かもしれませんね。そうです、サラシで駄目ならその上からコルセットで抑えましょう!

 中世の貴婦人の様にガッチリと!

 所謂「サラシで駄目ならコルセットで抑えれば良いのでは」byマリーアントワネット作戦

「ふふふ……早速試してみましょう」

 姉さんを助け出す決意に加え、更なる決意が産まれてしまいました。


 先ずはサラシとコルセットって、何処で売っているのか調べなくてはなりません。

 先ずは『物知り美加ちゃん』こと、美加に聞いてみます。

「ん。サラシ?そりゃウチの店で扱っているけど……って、まさか!」

 はい、正解です。良く判りますよね。

「そりゃ今朝の雑誌持って来たのは私だし、それとサラシと沙希……って言えば当然の帰結だろ」

 流石です。流石『物知り美加ちゃん』です。

「いや、ソレ止めろ」

 何でです?良いじゃないですか、『物知り美加ちゃん』。

 さっき私の名前を言ったときにチラッと私の胸を見ながら良い澱んだ美加にはピッタリの二つ名ですよ、『物知り美加ちゃん』

「あー、判った判った謝るって。悪かったよ、沙希」

 はい、それで結構です。

 人のコンプレックスをネタにするものじゃありません。

 余計ストレスが溜まって、食事量が増えるじゃないですか。

「それで余計な肉付かないで……」

 何か小声でぶつくさ言っていますか、取り敢えず聞き流す事にします。


 丁度そこへ、ローテーションが終了した詩織が私達のところに戻ってきました。

「ふふふ、何か楽しそうにお話をしていらっしゃいましたね」

 まぁ楽しく無くは無いですが、あまり触れられたくない話題であった事は確かです。

 因みに詩織も胸は大きい方ですが、身長も高い為に結構均整の取れたスタイルをしています。

 身長順で言えば、詩織>美加>私

 胸の大きさで言えば、私=詩織>>美加

 と、なります。

 そして、私にとって胸の話題が禁句であるように、我が家では……と言いますか、兄さんにとっては身長の話題も禁句だったりします。

 何故なら、兄さんの身長は未だ私と殆ど変わらず、その容姿から女の子と間違われる事も度々だったりするのです。

 だから一応この話題は、兄さんのいる前では口走らないようにする事は、美加と詩織も普段から注意している事項です。

 言ったからって美加や詩織に怒る兄さんでは無いのですが、態々空気を気まずくする必要はありませんから。

 でもそんな事情も女子だけの場では、話は別。

 特に詩織は兄さんの女装姿を一度見たいと言っており

「ふふ、今流行の『男の娘』ですわね」

 なんて意味不明な事を口走ります。

 ……これさえ無ければ完璧なのになぁ、詩織。

 本当、勿体無い。


「おっ、噂の亜希さんだ」

 私が詩織と話している間に、美加は窓際に移動して校庭を見てました。

 男子は隣のクラスの男子と合同でサッカーのようです。

 今はチーム総入れ替えの模様で、兄さんがグランドに入るところでした。

 兄さんのポジションはゴールキーパーらしく、ゴール前に居ます。

 そしてホイッスルが鳴るや否や、ゴールポストに寄りかかって自チームと相手チームとの中盤争いを眺め始めました。

「亜希さん、相変わらず無我の極致って感じだなぁ」

 美加は武道は嗜んでいませんが、陸上では全国レベルのアスリート。

 傍から視たら『ただサボっている』だけに見える兄さんが、実は全体を俯瞰している事に気付いているようです。

「本当に見事ね。弓を取らせても凄いのではないかしら」

 詩織さんは、弓を嗜んでいます。

 大会には出ませんが、結構な腕前である事実は、私と美加はこの目で観たので知っています。


 とと、相手チームにはサッカー部の元キャプテンが小早川が居たようです。

 あれよあれよという間に前線を押し上げてきました。

 因みに何故『元』かと言えば、うちの中学校は夏の大会で引継ぎをするからだったりします。

「「「キャァァァ」」」

 いきなり黄色い声援が飛び出し始めました。

 どうやら手すきの女子は、窓際で男子サッカーの応援を始めたようです。

 その応援の相手先は、小早川。

 あんな奴の何処が良いんだろ?少々耳障りな事、この上ありません。

「あー、顔と運動神経は良いからなぁアイツ」

「成績もよろしいですわよ、そこそこに」

 ……そう長所を並べると、かなり優良物件ですね、小早川は。

 でも私は嫌いです、アイツ。

 だって、アイツは……!

「あ~、沙希」

 美加が私の怒りの気配に気付いたのか、先手を打ってきました。

「口にしない方が良いぞ。余計な敵を作る」

 ……本当に見事です、我が親友。

 ここまで私の行動を読むとは伊達に永年親友をやっていません。

 そんな会話をしている内にライン際からフリーになっている小早川に、クロスパスが渡ります。

 あ~もう本当に下手糞なのかな、兄さんのチームメイトは。

「いや、仕様が無いって。今のクロスパス入れたウィングも、ディフェンスを惹きつけているフォワードも、サッカー部のレギュラーだった連中だぜ?」

 いや、確かにそうなのでしょうけど!

 とか言っている間に、小早川はフリーのシュートを撃った。

 その狙いはゴールに向かって右上隅。

 しかし兄さんは、そのシュートをきっちり読んで左手でワンハンドキャッチ。

 すかさずパントキックで相手陣地の中盤に蹴り返します。

 がっくりする他の女生徒達を他所に、私達はこっそり盛り上がります。

「相変わらず渋いねぇ、亜希さん」

「読みきっていらっしゃたわね」

 そうそう良いぞ、兄さん!頑張れ兄さん!負けるな兄さん!

 でも私だって、この胸が無ければアレくらい出来るぞ!?

「はいはい、沙希も凄い、沙希も凄い」

 何故か美加に頭を撫でられてしまった、私だった。



 結局男子のサッカーは、兄さんが徹底して守り続けた結果ノーゲーム。

 男子の体育教師がこの結果を予測してチーム分けをしたのなら、お見事と言うしかないでしょう。

 そして女子のバレーボールは、そもそもチーム分けしたのでは無く、全生徒がローテーションで入れ替わっていただけなので勝敗は無し。

 美加と詩織はスパイクを数本決め、私は兄さんと同様に防御中心のレシーバーに徹したので、私が居る間は無得点で守りきった。


 さっきは有耶無耶になったけど、やっぱり私もスパイク打ちたいから、何としてでもサラシとコルセットを入手しよう。




 そして放課後。

 本当は二人とショッピングモールに行きたかったのだが、二人とも忙しいらしく買い物は後日となった。

 まぁ確かに前から約束していた訳でも無く、その上その目的がサラシとコルセットを探す為なんだから、断られたって仕方が無い。

 なので兄さんの特訓に付き合うことにした。

 本来は受験生なのだから、受験勉強をしないといけない所だが、私達双子が入学先と決めている高校は、近所の公立だ。

 それ程偏差値は高くないので、特段必死に勉強しなくても合格は間違い無い。

 それよりも、両親の傍に居てあげたかったのだ。


 兄さんは、2年前のあの日。

 私を部屋から引きずり出した誓約から、近所の山で特訓をするようになった。

 あの誓約は本気だったようで、元々は古流空手だった龍宮の家の空手は、【裏門技】と呼ばれる古流独自の技がいくつもある。

 詳しくは知らないけれど、その殆どは門外不出の技法だったから、道場再開した家の道場では他人の眼が有り過ぎて練習出来ない。

 そこで兄さんはその門外不出の技を、山中の森で修練し始めた。

 尚、その指導役は父さんと同じくお祖父ちゃんの高弟だった藤崎と言う人。

 元自衛官で現在は予備役だというこの人は、レンジャー資格を全て所持したという経歴の持ち主らしい。

 その話を聞いた時、凄いんですね~と言ったら返って来た返答は

「大先生との山篭りの方が厳しかったよ」

 と、笑って言っていた。

 私達には人の良い好々爺としたお祖父ちゃんだったけど、弟子には厳しかったらしい。

 その技術を兄さんに伝授してくれているそうです。

 何故、そうだとからしいと言うのかと言えば、これは全て兄さんからの受け売りだからです。

 兄さんには父さんから、伝授の許可が下りているのですが私には降りていません。

 姉さんにも失踪する3年前から許可が下りていたらしく、藤崎さんは姉さんにも伝授していたそうですから、許可が下りていないのは私一人と言う事になります。

 腕は結構上がったと思うのに、まだまだ私は基準を満たしていないらしいです。

 正直言って落ち込みます。


 兄さんに差し入れを持っていった後は、私は必ず近くの池に足を運ぶ事にしていました。

 何故ならここには、池の中央に小さな祠があります。

 そこは、姉さんが失踪する前にお姉ちゃんの地区予選優勝をお祈りした祠。

 神様には祈らないけど、ここに祀られているのは龍神様だから。

 龍神様が神様なのかどうかは別にして、この龍神様は私達一家に不利益を被るような事はしない。

 そんな気がするから、私はいつも近くに寄ると必ずお祈りする。

「お姉ちゃんが無事に帰ってこれますように」って。



 その後、兄さんのところに戻った私は、一緒に家に帰ることにした。

 山を降りたときに空は、既に茜色から深い菫色に変わりつつあった。

 そして東の空には綺麗な満月が輝いていた。

 そうか。今日は中秋の名月だったのか。


 家に帰ると私は裏口に回る。

 正面側の門は道場の人達で出入りが激しいし、一々練習生や父さんの門人に頭を下げられるのを避けたかったからだ。

 でも兄さんは挨拶をしておきたい人がいるらしい。

 それじゃ、居間で会おうねと声をかけると兄さんは「判った」と声を返してくれた。


 正面口の横の路地から敷地の裏に回ると、東西に伸びた路地に出る。

 それから裏口の方に向くと、先程の満月が正面に見えた。

 ここでも中秋の名月は、やっぱり綺麗だった。



 …………



 ……でも、



 その光を反射する



 あの綺麗な服は



 誰だろう。



 地面に倒れていて顔は見えない。



 なのに、こんなにも綺麗で



 あんなにも、朧の様に不確かで



 でも、こんなにも私の心臓の鼓動を早める



 あの人影は?



 ま、まさか……



「お姉ちゃん!?」

 何の根拠も無いのに私は声をあげて走り寄った。

 その幻が、消えて無くなる前に。


 そしてその人影は、お姉ちゃんで。

 私にとって最後に見たままのお姉ちゃんで。

 私は大声で泣き叫んでしまった。

 その声を聞きつけた、門人や家族にも気付かずに。

 お姉ちゃんが、何故か2年前の姿と一切変わらずに居るのか。

 その事にも気付かず、私はただただ、泣いていた。


取り敢えず、今迄大した描写の無い主人公瑞希が、帰還しました。何故、何処に、今迄何をして来たのか。これから明らかになる予定です。

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