#01
また、この物語はフィクションです。登場する人物・団体・国家・固有名称等は架空の存在であり、それに類似する実在ものとは一切関係がありません。
~プロローグ~
―――初夏
その日はとても良く晴れていて、その日の夕日も……とても綺麗だった。
そんな中を前に2人後ろに1人で歩く、制服姿の3人がいた。
「お姉ちゃん、大会で凄かったね!」
妹の沙希は、はしゃいで兄の亜希に話しかける。
今日は姉の瑞希と沙希が出場する空手の中学生女子の部、地区予選だったのだ。
祖父が亡くなるまで空手道場を営んでいた龍宮家の子供である3人は、物心つく頃から空手を祖父に仕込まれていた。
祖父が亡くなってからは、省庁に勤める父が偶に休みの時しか稽古を付けて貰えないが、それでも結構な腕前である。
尤も亜希は兎も角、沙希はその性格上の問題なのか演舞では結構良い成績を残すが、実践となると実力を発揮出来無い。その所為だろう、大会の総合成績では良いを残すことが出来なかった。
・・・しかし彼女のシスコン振りを見る限り、自分の成績如何より大好きな姉の近く(当然の事ながら、参加選手は観客席よりも試合場所に近い)で応援出来る事に比重を置いている節がある。
沙希の兄である亜希も当然の事ながら1年生ながら参加選手であるが、当たり前の事だが男子の部で出場予定であり、日程は別の日であって今日は姉と妹の応援兼付き添いであった。
「まぁな……優勝だもんなぁ」
そう、二人の姉は総合優勝を果たしていた。
演舞の成績こそ沙希と争って居たが、実戦の方は一回戦敗退の沙希に比べ、瑞希は他者を寄せ付けない強さを見せつけた。地区予選優勝はその結果である。
「亜希が出てたら準優勝だったかもね」
「出れるか!」
二人の後ろからトンデモ無い事を言い出す姉に、振り向かずツッコミを入れる亜希。
「え~、空手三姉妹が優勝争いしたら思いっきり大会盛り上がったと思うなぁ」
「三姉妹、言うな!」
更なる姉のトンデモ発言に更にツッコミを入れる亜希。
『空手三姉妹』と言うのは、彼にとって暗鬱たる過去を思い出させる黒歴史なのだ。
そもそも二卵性の双子である亜希と沙希だが、二人を知らない他人が二人を見ると一卵性双生児と言われても疑問に思わないくらい同じ顔をしている。その上、筋肉の付け過ぎなのか遺伝なのか判らないが、亜希は同学年の男子の中でも、背の順で前から1から3番目を小学校入学時から守り続けているのだ。
その結果、本人にとってはかなり不本意ながら、妹の沙希と並ぶと双子の女の子が並んでいる様に見えてしまう。
「男の娘、言うな!!」とは、彼の座右の銘となりつつあるのだ。
そんな彼が、更なる苦情を――姉は、いつも聞き届けてくれないのだが――言おうと姉の方を振り向いた。
そして少年の時間は止まった。
「どうしたの?」
妹の沙希も同様に姉の方を振り向いた。
同じく少女の時間も止まった。
何故ならそこには、つい先ほどまで弟をからかっていた姉の姿は無い。
在るのは、つい今し方迄居た筈の姉の胴着が入ったバックが落ちているのみ。
「―――お姉ちゃん?」
沙希の姉を呼ぶ声が夕暮れの空に吸い込まれてゆく。
その時、一陣の風が路上を駆け抜け、落ちているバックに括り付けられたストラップの鈴が、悲しげに鳴り響いた。
まるで持ち主の替りに返事をしたかのように。
これが龍宮家の長女『龍宮瑞希』が確認された、最後の時間であった。