第四章 フレイズ
無情。
シグナスは決して実力が無いわけではないのだが、今回ばかりは相手が悪かった。人間の常識など浅知恵の如く消しさるような力の持ち主が相手では、実際のところ打つ手は無い。
どこの馬の骨とも知らぬ怪しげな輩の強さは、シグナスには計り知れないものだった。
しかも、剣を使わずして勝たせてしまったのだ。おまけに、何が起きたのかさえ分からないままに弾き飛ばされ、壁に背を打ち付ける不始末。
そして今、シグナスの右腕には、サマエルの愛剣カオスブレードが突き付けられている。
「クク………気をつけるんだな。腕試しとは言え、うっかり腕の一本も落としかねんぞ」
サマエルの皮肉たっぷりの勝利宣言を放ち、カオスブレードを鞘に収めることで幕を閉めた。
「夢でも見てるのか………?全く攻撃が見えなかった………」
シグナスは、驚愕しながら部下に支えられて立つのがやっと。
文句を言える者はザバス側にはおらず、勝負を提案したザバス国王だけは、サマエルの想像以上の実力に感嘆としていた。
そして、ただ一人、シズクだけはにやけ顔で自慢気にしていた。
「流石ね、サマエル。ま、こうなることは分かってたけど。よくやったわ」
と、まるで表面上の用心棒とその依頼主という主従関係が成立しているかのように言った。
「フン。くだらん茶番劇だ。人間という生き物は、気配で相手の実力を推し量ることが苦手なようだからな、こうでもしなければ納得せんだろう」
「あんた人間じゃないの?」
「……………。」
サマエルの沈黙を、シズクがどう捉えたか定かではないが、
「まいっか。人間離れしてるのは違いないし。色んな意味で。それに、遠くの時空間から来たとか言ってたもんね」
古い話を思い出して言った。
その話がサマエルにとって都合が悪いのかはさておき、ザバス国王が二人のもとへやって来て、
「見事だ。シグナスはあれでもかなりの剣の使い手だ。ああも簡単に負けるとは思わなかった」
サマエルを称賛した。
「では陛下、約束通り今夜の護衛は私達にお任せ下さいね!」
予言者の雰囲気を醸し出すのをさっさと忘れたシズクが、茶目っ気たっぷりに言うと、ザバス国王は潔く承諾した。
そんなシズクを見て、サマエルは一息だけ溜め息を吐いた。
要領よく物事を進めることなど、元々シズクには荷が重いのだ。何かやることへの意欲は買うのだが、待つという行為全般に拒絶反応を示すものだから、いつも“結果的”に物事が上手く行くだけ。その半分以上は自分が動いているのだと、サマエルはいつか言って分からせてやろうと思った。
「サマエル〜!ほら、行くよ〜!」
いや、分からせてやらねばなるまいと誓った。
旅は馴れたものだが、同じ世界に十年もいたことはない。最近、なんとなくスッキリしないのはこの世界に飽きたからなのだろうか。
羽竜は行けども行けども緑一色の草原にうんざりしていた。
大陸へ渡って来たはいいが、正規ルートではない為、町のあるだろう方角に自信が持てない。
いっそ、炎翼とは言え、ちゃんと飛行能力のある翼があるのだから飛んでやりたいのだが………
「腹減ったあ………」
味の濃い肉でも食べたい。そう思うと、冗談抜きで平べったい石がステーキに見えてくる。
「腹減った………」
今なら、土下座もしてしまうだろう。
そんな羽竜もまた、ザバスを目指していた。