第十三章 求め合う靈(たましい)
「悪魔……だって?なんだよ………それ?」
「悪魔は悪魔よ………正真正銘の」
ノアの疑問に、シズクは静かに答えた。
肌がピリピリするようなプレッシャーは、二人の口数を減らす。
「俺は永い時間を生きて来た。だが、この十年間ほど永く時を感じたことはない」
ヴァルゼ・アークが不敵に笑った。
ノアにも分かる。関わってはならない男だと。悪魔だろうとなんであろうと、危険であるに変わりはなく、既にいつでも命を持って行かれるテリトリーに呑まれている。
羽竜やサマエルの強さとは別の強さ。この男の前では、万物が平伏すのではないだろうか。
「あんたもレメディを探してるの?」
なのに、シズクは警戒しながらも強気な口調を吐いた。
バカか?と言いたくなるが、
「既に二つ。俺のもとにある」
意外にあっさりと答えた。
そして、後ろにいる少女に促し、少女は鉛色の石と緑色の石を出した。
「間違いないわ。レメディよ」
探しているものが目の前にある。小さな少女の手に、しかも二つも。
シズクは胸の高鳴りを抑えながら、じっと見つめた。
「お前達も持っているのか?」
「ええ。ひとつきりだけど」
だがシズクは出さない。ヴァルゼ・アークが少女に促したのは、エサで釣ろうとしたに違いなく、それにつられてこちらも見せれば、迷いなく奪いに出るはず。
「そうか。なら目指す場所は同じだな」
ヴァルゼ・アークがそう言った時、
「場所は同じでも、目的は違う」
扉が開き、羽竜とサマエルが駆け付けた。
「お前………羽竜か?」
十年前とは違う羽竜の姿に驚いたが、纏っている鎧と面影で分かった。
「ヴァルゼ・アーク………やっぱまだゴッドインメモリーズを!」
「どうにも、話は十年前から複雑になって来てるからな。そんな単純なものではないがな」
喧嘩腰の羽竜に、ヴァルゼ・アークは相変わらすさを見たのか、微笑んだように見えた。
「それにしても………」
そしてヴァルゼ・アークは、サマエルを睨み、
「死んだヤツが何故ここにいる?」
「ククク。さあな。どうしてだろうなあ?」
「あの時、確かにこの手で葬ったと思ったが………?」
そうだ、確かに確実にサマエルを殺した。それなのに、視界の中にいるサマエルは、ニヒルに笑っている。しかし、答えはひとつしかない。
「ジーナスか」
生き返ったのだ。それも、完璧な形で。
自我を持ち、記憶も確かなようだ。こんなことは、ヴァルゼ・アーク自身も出来ない。ジーナスの魔力が底知れないことの証だろう。
「信じられんが、ジーナスは俺の想像を超える力を持っているということか」
そうとなれば、残りのレメディを全て集め、さっさと冒涜の都に行く必要がある。
「もうここに用はない。セドナ、先を急ぐぞ」
そう言うと、姿を人間へと戻した。
セドナと呼ばれた少女は、愛らしく頷いてレメディを仕舞った。
「待てよ!」
その行く手を、羽竜が塞ぎ、
「あんたもレメディを集めてんのか?」
「愚問だ。レメディを知ってるということは、貴様らもバイブルを読んだのだろう?レメディ無くしてバジリア帝国の結界を破ることは出来ないことも」
「集めてみなきゃわかんねーけどな」
「もし、バイブルに書かれていることが真実なら、ジーナスはこの世界の創造主だ。迂闊に手を出すよりも、唯一の対抗手段と言えるレメディの力を用いるのが妥当だろうな」
「対抗手段?レメディがか?」
羽竜の脳内にクエスチョンマークが現れると見ると、
「ジーナスと共にこの世界を創造したもうひとりの神。その神の力の形のひとつがレメディ………そう言いたいのか」
サマエルが口を挟んだ。
「ジーナスの目的は、推測だがソニヤの覚醒だったのではないかと思っている。その目的は十年前に達成されたはずだ」
「……………。」
「そして、ゴッドインメモリーズはシズクひとりでは成り立たない。ジーナスは覚醒したソニヤを利用して、シズク………ゴッドインメモリーズをより完全なものにしようとしているのかもしれん」
全員の視線がシズクに注がれる。
「わ、私からゴッドインメモリーズを奪う為だっていうの!?」
「いや………多分、ゴッドインメモリーズの発動は準備でしかない」
何かに気付いたように、羽竜が呟いた。
ヴァルゼ・アークの話し方、サマエルが語ったバイブルの内容、考えれば考えるほど中心にいるのはただひとり。
「ジーナスはゴッドインメモリーズで自身を守ろうとしている」
ヴァルゼ・アークは言った。
「ククク。さすがだな。そういうことの方が話としてはしっくりくる」
賛同するようにサマエルも。
横で聞いていてノアもシズクもよく分かっていない。
ノアに至っては、全てがちんぷんかんだ。
十年前のことも聞いたには聞いたが、当事者でないのだから頭に入らないというのが本音だ。
「ジーナスが誰から身を守ろうってわけ?私達からなら分かるけど」
「もうひとりの創造主さ」
シズクにも分かりやすく説明する自信が羽竜にはあった。ヴァルゼ・アークもサマエルもその答えに疑問は抱いてない。転生するのは二人のうちひとり。しかし、転生出来なかったとしてもレメディを通じて干渉出来る。それがバイブルの話らしいが、ヴァルゼ・アークとサマエルは少し解釈をねじ曲げている。
真実はジーナス本人に聞かなければ定かではないものの、転生出来なかったもうひとりの創造主は、なんらかの形でやって来るのではないか?期限限定かもしれないし、何か儀式的なものか。それに加え、冒涜の都から離れられないジーナスは、ソニヤの覚醒を急いだ。ゴッドインメモリーズを発動させるより先に。
神々が争い、勝者が世界をリセット。それはそのまま鵜呑みにすれば見当違いになるが、深く読み解けば別の意味があるのかもしれない。
ヴァルゼ・アークとサマエル。二人は仮説は立てているのではないだろうか?
「俺は既に二つ。お前らはひとつ。残る六つのレメディさえ手に入れば、真実は解き明かされる」
「また逃げんのか?」
立ち去ろうとするヴァルゼ・アークを阻むように、羽竜が噛みついたが、
「逃げる?今は戦う時ではない。どうせそのうちまた会える。………レメディを求めるのならな」
ヴァルゼ・アークは羽竜達の間を抜けて教会を後にした。もちろん、セドナもそれに続いて。
「な、なんなんだ?親しく会話してたけど、羽竜達の知り合いか?」
敵のようにも見えたが、仲間のようにも見えた。なんとも不思議な関係には違いない。ノアは、緊張感から解放され、額の汗を拭っていた。
「知り合い?何言ってんだ。アイツは敵だ。いずれ剣を交えることになる」
唇を噛み締めた羽竜の真意を、今のノアには計り知れるわけもなく、ますます暗雲めいたこれからに頭を痛めていた。
「相変わらず胡散臭いヤツ!大体、何なのあの暗そうな子!」
と、シズクはノア同様、解き放たれた緊張で毒づいた。
神父は、何が何だか分からず怯えている。
「ヤツが現れたのなら悠長にしてられんな。保険の為にひとつでも多く手に入れておいたほうがいい」
「ああ。あの野郎………会う度に違う女連れやがって。しかもいよいよ未成年かよ。犯罪だぞ」
サマエルに焦りが見えた。
沸き上がる闘争心を抑えた結果、小さな愚痴が羽竜から漏れた。
「ぐちゃぐちゃ言っても何も変わらないわ!さっさと行きましょう!残りのレメディは私達が戴くのよ!」
どこぞの盗賊のような宣言をし、シズクは踵を返した。
「自分勝手な女だな。いつからリーダーになったんだよ」
深い溜め息を連れ、ノアは歩き出した。
その行く先に、求め合う靈は集う。