表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/20

第十章 もうひとつの始まり

 国が栄えれば栄えるほど、人々の生活は安定し、社会としての機能も充実していく。

………が、その一方で踏み台となる者達もいる。国として歴史の浅いヴァイス国では、その差は顕著だった。

都市と呼ぶには貧相過ぎるが、街と称するならザバスに近いものはある。

人はいつの世も高見を目指す。それは様々な要因の因果によるが、実力やひたすらの努力、そして運。それらを使いこなした者だけが裕福な暮らしを手に入れるのだ。

だが、そのうちの何人が認識しているのだろうか、人の幸福は、人の不幸の上に成り立っていると。


「どけ!オラッ!!」


男の怒号が響く。

その足下には、幼い少女が可憐な花を拾い集めていた。

どうやら、花売りをしていたようだが、若い男に弾き飛ばされたらしい。


「……………。」


少女はみすぼらしい身なりで、哀しげな表情を浮かべ無言で散らばった花を拾っている。


「大丈夫か?」


周りの通行人が無視する中、少女の目の前に花を拾い差し出した男がいた。

落ち着いた声で語りかけて来た男は、黒いマントを羽織り、黒い髪をなびかせながらも、実に爽やかだった。


「酷いことをする」


男は少女の頭を撫でると、


「仇を取ってやろう」


立ち上がり、少女を弾き飛ばした若い男に声をかけた。


「待て!」


通りに響かせた。

誰もが歩みを止める中、自分が呼ばれたのだと若い男は分かったのか、睨みを利かせて振り向いた。


「あん?俺になんか用か?」


「フッ。ただ呼んだだけなのに、自分が呼ばれたと思うのは後ろめたさがあるからか」


「なんだ、テメエ!?」


ふてぶてしく詰めよって来る若い男は、凄めば黙らせられると思っていたのだろうが、


「グエッ!!」


喉元を掴まれた。


「お前にはこの少女が見えてなかったのか?」


「あがが………」


「見えてなかったのかと聞いている」


「はぐがぁ………」


「貴様のような外道の為に、どれだけの善良な者達が苦しんでると思う?」


もはや、若い男に口を開かせる気はなく、締めた首をちぎり落とす勢いだ。


「人は等しく生きる権利がある。だがそれは………」


言い掛けた時、後ろにマントを引く力があった。

幼い少女が、訴えかける目で見つめていた。

黒マントの男には、少女が何を訴えてるのか理解出来た。そう、もう十分だと訴えているのだ。健気にも、自分は大丈夫だからと、拾い集めた花の束を見せた。少女にとっては、自分のことよりも、花の方が大切だったらしい。

それならばと、手の力を緩め若い男を解放した。


「………感謝するんだな」


さっき睨まれた仕返しにと、たっぷり睨みを利かせてやった。


「さっさと消えろッ!」


そう怒鳴られ、若い男は慌てて逃げ去った。

マントの男はというと、出過ぎた真似をしたかと更けってみせた。

そんな哀愁を漂わせている男のマントを引っ張ると、少女は一輪の花を差し出した。


「俺にくれるのか?」


少女はコクリと笑顔で頷いた。

しっかりとした茎を持つ濃いブルーの花。宝石なんかより眩しく、温かさを感じる生気溢れた花だった。


「ありがたくもらっておくよ」


マントの男は、少女の頭をもう一度だけ撫でてやると、背を向けて歩き出した。

ところが、少し歩き出したところで、少女がテクテク着いて来てることに気がついた。


「……………。」


立ち止まってみると、少女も立ち止まって男が歩くのを待っている。

また歩き出してみれば、少女もそれに合わせて足を動き出す。


「…………。」


立ち止まる。

少女も立ち止まる。

歩き出す。

少女も歩き出す。

立ち止まる。

同じく。

早足。

小走り。

歩幅は違えど、一定の距離を保ちながら着いて来る。


「どうして俺に着いて来る?」


振り返り言った。

しかし、少女はただ微笑んでいるだけで、何も言わない。…………いや、多分、喋れないのだろうか。


「………お前、話せないのか?」


その問いにも、やはり微笑んで応える。


「親はどうした?」


今度は、首を振り身寄りがないことを伝えると、また微笑んだ。


「やれやれ………」


少女が本当に伝えようとしていることが分かってしまった。それはとても面倒で、己の性格から無下に出来ない厄介さもあった。

我ながら困ったと思う。


「悪いな、俺は旅人だ。身寄りのない子供を引き取ってやれる環境にないんだ」


そう言い聞かせるのだが、返ってくるのは屈託のない愛らしい笑顔。

薄汚れたワンピースに、肩まで伸びた髪が少女の切実な実状を語っていた。


「本気で着いて来るつもりか?」


助けたからなのか、妙になつかれた。


「言っておくが、俺は人間じゃない」


じゃあなんなのかと、少女は怪訝な顔をする。


「俺は………」


言い掛けてやめた。

きっと、何を言っても着いて来るだろう。それは生きる為に媚びてるのか、ひとり生きて行くことを拒む機会を伺っていたのか、真意は分からず終いだが、


「………いいだろう。着いて来たければ勝手にするといい。だが、俺の旅は苛酷だ。根をあげても助けはしない。いいな?」


少女は何度も嬉しそうに頷いた。


「フッ。俺も物好きだな」


これも運命なのか………そう思わずにいられなかった。


「ああ、まだ名乗ってなかったな。俺の名はヴァルゼ・アーク。何者かは、追々話すとするよ」


そして少女は、提げていたポーチから何やら金属のプレートを取り出すと、ヴァルゼ・アークに渡した。


「タグ?」


そこには、少女の名前が刻印されている。

慣れない文字だが、幾度か学び覚えていたお蔭で、読み取ることは難しくはなかった。


「………セドナ。これがお前の名か」


少女は、大きく頷いて肯定した。


「そうか、良い名前だ。………よし、セドナ。まずはお前の旅支度からだ。長く苛酷な旅への………な」


悪魔の神ヴァルゼ・アークと、身寄りのない花売りの少女セドナ。

もうひとつの始まりだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ