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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-19.分かたれた者、届かぬ手
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19-(3) 彼女の心映(ビジョン)

 ──初めて実際に導きの塔を目にしたのはいつの事だったろうか。

 そう……あれは確か、まだ僕ら兄弟がサンフェルノにいた頃。あの惨劇の日よりもずっと以前の、

より幼くより無力な頃だったと思う。

 教練場の社会科見学として、リュカ先生が僕らを村最寄の塔へと連れて行ってくれたのが

最初だったっけ。まぁその「最寄」がかなり遠かったんだけど……。

 それでも、そんな長丁場を忘れさせてくれるぐらい、実物の導きの塔は凄かった。

 どっしりと重厚な佇まい。風化はしていたけど細部まで掘り込まれたレリーフ、塔内部の

彫刻達。内部全体に張り巡らされた魔流ストリームの回路。

 これが七千年以上も、それこそ今現在も、世界各地に残っているなんて凄い。

 僕はそう子供心にでも思えて、胸の奥のワクワクが止まらなかったものだ。

 ただ、そういう知的好奇心は実の所僕くらいだったみたいで……。

 他の子は殆どが遠足気分ではしゃいでいたり、この凄さを分からず退屈そうにリュカ先生

の説明を聞き流していたり(それは主に兄さんだったけど)。

 でも……。僕はこの時、まだ何も“分かって”はいなかったんだ。

 当時はまだ幼かったから。それだけで片付けていいものなのかと、正直僕は疑問に思う。

 後々、僕が個人的に本を読み漁る中でつけていった知識の中に、それらはあった。

 導きの塔。これらが建立された歴史的背景。その大計画の発案者──当時この世界を治め

ていた、竜族ドラグネスを中心とした“神竜王朝”の歴代の王達。

 “最強の種族”が故に、魔導開放後の混乱を治める存在として祀り上げられ。

 強く永い身体を持つが故に遥か先を見据え、人々の為に持てる力を尽くそうしとて。

 しかし、やがてはその力の強大さ故に畏怖され、人々から離れられていった──挫折。

 その歴史を知って、僕はハッとした。

 リュカ先生も紛うことなきドラグネスの一人だ。まさか、この自分たち種族が抱えてきた

歴史の古傷を知らない筈がない。

 なのに……先生は僕らに、当時の治世の一端を、導きの塔を案内し、紹介までしていた。

 顕示欲なんかじゃない。それはずっとお姉さんみたいに一緒だったから分かる。

 辛い筈なのに。それでも「この子達の学びの為」だと自分に言い聞かせるように──。


「アルス……。アルスってば」

「えっ?」

 幼い日々の記憶が、はたと水面に立った波紋のように揺れて四散する。

 アルスは同時に聞こえてきた相棒エトナの声に、思わずハッと我に返った。

 やや斜めに動かした視線。その間近に淡い緑の光を纏うエトナが宙に浮かんでおり、背後

には、先まで追憶のままにぼうっと眺めていた導きの塔が静かに佇んでいる。

「何ぼ~っとしてるのさ? アルスの興味を引く建物だってのは分かってるけど、今はそん

な場合じゃないんだからね?」

「う、うん……」

 どうやら相棒は少々勘違いの解釈をしていたようだが、アルスは特に否定し直す気にもな

れなかった。十中八九、もし今回のような理由で訪れてなければ、きっと自分はあの日のよ

うに知的好奇心を刺激されてワクワクしていたと思う。

 何よりも先程まで抱き、想像していた恩師あねの、種族としての苦悩を彼女に悟られるのは

気まずくなるだけでしかなかったから。

 アルスはそんな選択を瞬時の情動の中で済ませると、曖昧に苦笑して返答とした。

「転移装置、ちゃんと動くかな?」

「どうだろう……。一応保存措置が取られているところを選んで来たつもりだけど」

 夜闇と雑木林の中を、二人はまた脚を踏み出してゆく。

 アウツベルツから延びる幹線街道からはすっかり外れてしまっている──そもそも物が物

だけに、人里からは距離を置いた場所ばかりに在るのだ──が、ストリームとの距離を感じ

ているのか、或いはエトナという精霊どうほうが来ているからなのか、辺りにはぽつぽつと精霊達が

姿を見せており、期せずして暗闇を照らす灯りとなってくれていた。

「……~♪」

 そうして同胞が言葉少ないエールを送っているようで嬉しいのか、エトナは鼻唄交じりで

横目を遣るアルスの隣に在った。

 そんな相棒を視界の隅に映しながら、それにしても……とアルスは思う。

 先の思考の続きが頭の中で発展して、ジグサグと小走りを始めている。

 思えば、彼女も出会って間もない頃はもっとしおらしかった──神秘的な印象のお姉さん

といった感じだったように思う。

 なのに、今は随分と俗世に染まったというか、感情が豊かになったなぁとつくづく思う。

 それだけ自分達ヒトに慣れたという事なのだろうか? 或いは、元々はこんな豊かな表情

を持っていたが、自分と出会うまではヒトと距離を置いて硬くなっていたのではないかと。

(……皆、変わっていくんだな)

 エトナも、リュカ先生も。

 共に人族ヒューネス女傑族アマゾネスに比べれば、非常に長寿な彼女達。

 特に精霊に関しては基本的にマナがこの世に存在する限り“死ぬ”ことはない。尤もそれ

はスピリチュアルな面でみればヒト全般、生命全体に言える事ではあるのだが。

 それでもこの十年程の時間で、彼女達は変わった。少なからず、変わったように見える。

 にも拘わらず……自分はどれだけ“成長”できているのだろう?

 魔導師を志す者の一人として、知識を積み重ねてはいる。

 しかし結局それらは昔も今も、兄や大切な人達の後ろ姿を追っていることに変わりないの

ではないかと、そう思えてくるのである。

 僕は、皆が賛美するような「優等生」なんかじゃない。

 ただ身勝手に、皆に笑っていて欲しい。それだけに衝き動かされてきた……。

「……アルス? どうしたの? ほら早く早くっ」

「あ。うん……」

 だけど頭には浮かんでいても、上手く言葉には出来なくて。口にするのも憚られて。

 ふと振り返って促してくるエトナに、アルスはただ一見穏やかな苦笑を返すことしかでき

ないでいて。


「──お、お邪魔しま~す……」

 金属質のレリーフがびっしり彫り込まれた入口の扉を開き、塔の中に入る。

 以前の記憶、頭の中の知識の通り、内部は祭礼場としての印象を強く抱かされる内装だ。

 奥に長い楕円形に近い床。

 真ん中の通路の左右にずらりと並んだ木製の長椅子。

 奥の階段の上、中二階に鎮座している、多様な神々を象った彫像を配置した祭壇。

 アルスはそっと、エトナを伴いながら中へと足を踏み入れていった。

 念の為、誰かいないか呼び掛けてみたが返事はない。ただしんと、夜の静寂と一体化する

ようにこの古びた塔は佇んでいるだけであった。

「ねぇアルス? 普段は管理人さんみたいな人がいたりするの?」

「うーん。観光地にでもなってたらいるかもだけど、基本的に行政が人を派遣しているケー

スは稀じゃないかなぁ? 保存措置といっても、要は勝手に取り壊したりしちゃ駄目ですよ

っていうものだから……」

「そうなの? 結構いい加減なんだね」

 頭のフードを取りながら、アルスは苦笑した。

 精霊であるエトナからすれば、確かにこれら導きの塔はストリームに、彼女達のルーツに

近しい場所となるのかもしれない。

 しかし建立を命じた神竜王朝は既に姿を消して永く、加えて今は飛行艇が人々の大陸間を

渡る主要手段になっている。

 少なくとも今日の人々にとっては、これら塔は最早、皆が皆熱を上げて守ろうとするよう

な対象ではなくなっているのも事実なのだ。

「……仕方ない、か。それで? 肝心の転移装置は何処にあるの?」

「うん。基本的に何処の塔も大体の構造は同じ筈だから……。何処かに深部──装置がある

場所へ続く扉みたいなものがあると思うんだけど……」

 そして二人は、そんなやり取りを交わしながら内装を調べて回り始めた。

 壁面全体に施された緻密なレリーフ達を、アルスはそっと掌で撫で、なぞってみる。

 一見するとただの装飾だろうとか思わなかったかもしれない。しかし、実際にこうして間

近で一つ一つに目を遣ってみると違うのだ。

 セカイの根源が始まり、マナに抱かれた大地を踏む神々。

 天上界から地上界、地底界へと連なるセカイの多層化。

 神々からの独立を望み、魔導という術を得て各界へと散ってゆく多くの人々、種族。

 その魔導もやがて権力腐敗に巻き込まれ──魔導開放、その後の混乱、そして彼らの諍い

を仲裁する形で、人々に請われて、ドラグネスを擁いた神竜王朝が成立する……。

 レリーフ達が無言のまま記していたのは、そんな永いセカイとヒトの歴史絵図だった。

(……? おかしいな……)

 しかし、導きの塔を建立させたのは他なからぬ神竜王朝。当時は自分達以後の歴史など知

りようもない筈なのに。

 なのに、何故……“続きが彫られている”のだろう?

 眉根を寄せつつ、その連続したレリーフの先を、まるで嘆き悲しんでいるかのような人々

の群れと今まさに崩壊始めているかのような遥か高い塔の姿を、アルスはなぞろうとおずと

手を伸ばし──。


 ──お願いです。どうかあの人を、止めて下さい……。


「ッ!?」

 次の瞬間、脳裏に強烈な刺激が駆け巡る感覚を受けた。

 イメージの中、そこにぼんやりと姿を見せた、哀しく大樹の根本で祈っている女性の姿。

 思わずアルスは弾かれたように半ば反射的に顔をしかめ、手を除けていた。

(何だ? それに、あの女性ひと……)

 恐る恐る自分の掌を見てみる。だが見た限りでは傷の類はみられない。

 アルスは暫しじっと、掌と目の前に広がるレリーフを見比べていた。

 さっきの映像ビジョンは、何だったのだろう?

 何故、あの人は哀しそうにしていたのだろう?

 そして何よりも……何故、僕はあの彼女の声に“懐かしさ”を覚えている……?

「アルスッ!!」

 だが、そんなアルスの戸惑いは次の瞬間、エトナから発せられた叫びで霧散していた。

 塔内部に響いた相棒の声。

 その叫びに、アルスは思わず反射的に振り向き──そして身を凍らせる。

『…………』

 いつの間にか、目深にローブを被った術者風の一団がアルスを取り囲むように立っていた

のである。

(この場所でこの格好……衛門族ガディアか!)

 アルスはごくりと息を呑んだ。

 正面と左右は彼らが、背後は先程のレリーフで埋め尽くされた壁がある。

 エトナがガディア達の向こう側から慌てて飛んで来ていたが、それでも彼らの何人かが肩

越しにちらと向けた威圧の眼で突撃するまでには至らない。

(くっ。どうする……?)

 ガディア越しにエトナとアイコンタクトを取りつつ、アルスは最初の言葉を何とすべきか

に思考を傾け始めていた。

 こうして彼らを実際に遭遇するのは初めてだが、書物など知識からではよく知っている。

 守り人の民・衛門族ガディア

 古くよりストリームを見つめ、神竜王朝からは導きの塔の管理者としての任を受け、今も

尚各地の“門”を護り続ける者達。

 故に彼らは、徒にその出入りが成されるのを好まない──。

「ア、アルス。き、訊いてみる?」

 少なくともこちらから危害を加えなければ、何とか。

 そう同じ事を考えていたのだろう。彼ら越しからも自分の姿が見えるように、エトナは心

持ち高い位置に浮かびつつ、そう言ってきた。

 確かに。何も自分達は悪いことをする訳じゃない。しに行く訳じゃない。……その筈だ。

「あ、あのっ! 皆さんはガディア……ですよね?」

 アルスは数拍のぼうっとした思考の中から抜け出しコクコクと頷くと、

「だったらここの転移装置を使わせては貰えませんか? 僕達はトナンに行きたいんです。

兄さ──大切な人達が危ない目に遭っているかもしれないんです」 

 ただじっと自分を見下ろしてくるこの守り人らに、そう懇願をしてみた。

「お願いしますっ!」

 ぶんと、彼らに頭を下げる。なるべく平和的に事が運ぶならそれに越したことはない。

 それでも、ガディア達は暫くじっと黙り込んでいた。複数の視線だけがアルスの後頭部や

背中に突き刺さる。

 アルスはじとりと冷や汗が肌を伝うのを感じた。

 エトナも、人だかりの外から心配そうにおろおろと相棒の姿を覗き込もうとしている。

「──……聞いたな?」

「へ?」

 しかし結論から言うと、彼らの反応は二人の予想とはまるで別物だった。

 たっぷりと間を置いた後からの、ぽつりと呟かれた一言。

 その言葉にアルスは思わず聞き返し、下げていた頭を恐る恐る上げていく。

「お主、“始祖”の御声を聞いたな?」

「えっ? シソ……?」

 ガディア達は淡々と同じ質問を繰り返してきた。

 いきなりの事で、アルスはどう反応したらいいか分からなかった。

 当然ながらエトナも先刻までの巡回で何か見たのかと、むしろ「何かヘマでもしたの?」

と言わんばかりの目配せだった。

「声……。もしかして、さっきの……?」

 戸惑いながらも、ぽつりと彼らに向けてではなくとも、呟く。

 よく分からないが、もしかしてさっき脳裏に飛び込んできたあの映像ビジョンの事を

言っているのだろうか?

「ふむ……」

「なるほど。やはりあの反応、間違っていなかったようですね」

 しかしアルスのそんな呟きを、彼らは一応の肯定と捉えたようだった。

 当のアルスをそっちのけで、老若入り交じった彼らは何やらひそひそと相談のような、妙

なやり取りを交わしている。

「……よかろう。通るがよい」

「え? あ、はい……」

「い、いいの? 何かアルスが悪い事したって訳じゃあ……?」

「シーッ! 黙ってようよ? 僕だってよく分かんないけど、僕らが転移装置使ってもいい

みたいなんだし……」

「う、うん。そうみたい、だけど」

 そこでようやく、彼らに敵意はないことが二人には分かった。

 そっとアルスを取り囲むように立っていたガディア達が立ち位置を変え、思わず飛び込ん

で来ては心配の言葉を次々投げ出すエトナと入れ違いになる。

 見れば、まるで二人を──いや、あたかもこれからアルスを送り出すかのように、彼らは

左右に分かれて並んでいる。

 トンと、リーダー格らしいガディアが手にしていた杖にマナを込めて床を軽く叩いた。

 すると中二階の祭壇、その真下の壁が応じるようにゆっくりと左右に開き始め、中から眩

しい光が漏れ始めたのである。

 思わず二人は手で庇を作り、その光の向こう側を──奥に鎮座する、マナを滾らせた大き

な魔法陣を確かに目にしていた。間違いなく、導きの塔の転移装置だった。

「……少年よ」

 魔導の光が溢れる中で、ストリームの守り人達は口にする。

「その心のままに己を委ねよ。さすれば道は自ずと作られる」

 まるで何かを予言するような、そんな見送の弁を。

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