表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-19.分かたれた者、届かぬ手
98/434

19-(2) 内患外憂

 一旦危機は去ったが、失ったものもまた大きかった。

 アズサ皇による皇国軍──及び“結社”の手の者達を含めた──強襲から数日。

 ダン達とレジスタンスの面々は辛々に別なアジトへと居場所を移していた。

 全滅は免れた。しかし、それまでに奪われたレジスタンスの兵力いのちは無視できる筈もない。

 何よりも、自分達を逃がす為に独り皇国側へ投降していったジークの安否が、ダン達には

気が気でならなかった。

「皆、そろそろ集まってくれ。マーフィ殿御一行もこちらへ」

 同志達なかまたちの亡骸を回収できた訳ではない。

 それでも彼らの為に、レナという名の少女は真摯に鎮魂の祈りを捧げてくれた。

 辺りは、既に陽が沈もうとしている暮れなずみ。

 窓から差す茜色に照らされながら、サジはダン達を含め場に居る面々へ呼び掛けていた。

「状況の把握ができたのか?」

「……ええ。人も物資も想定以上の損失を受けています」

 マーフィ父娘とリンファ、その横にサフレとマルタ。レナとステラ、リュカはミアの横に

順繰りに並ぶようにして促された室内のテーブルを囲う。

 自分の周りに、ダン達や生き延びたレジスタンスの仲間達がぐるりと囲い立つのを横目で

確認してから、サジは手にしていた資料を机上に広げながら話し始めた。

「今回、皇国軍に襲撃を受けたアジトは全部で三十五箇所──全体の八割強に当たります。

それ故に防衛に当たったメンバーの多くが討たれ、或いは拘束されました。今後の私達の動

きを可能な限り削ぐ目的なのでしょう。制圧を受けたアジト内の物資はいずれも奪われるか

彼らの物となってしまっているようです」

 淡々と、しかし語る彼の表情かおが苦痛に歪んでいたのは誰の眼にも明らかだった。

 無理もない。いくら紙の上の数字であっても、その一つ一つは紛れもなく志を同じくした

仲間達の命であり、アズサ皇打倒の為に苦心しながら備えてきた物資なのだから。

「隊長……」

「すまねぇ、サジさん」「俺達がもっとしっかりしていれば……」

 そんな項垂れる己を必死に殺そうとしてる彼を、リンファ及びレジスタンス面々は安易に

慰める言葉を持ちえない。ただ同じく、悔しさで顔をしかめる他なかった。

「今までは、皇国軍もこんなに大規模な戦闘を仕掛けてくる事はなかったのに」

「つーか、そもそもどうやって散らばせてるアジトの場所を突き止められたんだか……」

「……ちらっと話したろ? 間違いなく“結社”の力添えだろうさ。な、先生さん?」

「ええ。そしてこれではっきりした訳ね。──アズサ皇と“結社”は裏で手を結んでいる。

相変わらず“結社”側の目的は定かじゃないけど、少なくとも彼らは一気にこちら側を潰し

に掛かって来る筈よ。何せ向こうは大芝居を打ってきているのだから。極力早い内に『敵』

を全滅させた上で、サジさん達が“悪者である証拠”をでっち上げたい、そしてジークから

取り上げた六華を“奪還”したとでも発表して今の王権を正当化したいでしょうからね」

 リュカが眉根を寄せ、真剣な眼で語る言葉に、場の面々が重々しく頷いている。

 戦いは、続いているのだ。

 ただ今は、ほんの少しだけ、ジークが自分の身を挺してまで時間を作ってくれているに過

ぎないのだと。皆は改めて互いに確認し合って不安な様子を拭えない。

「……ジークさん、大丈夫でしょうか」

「で、でも皇子な訳だし、そうサックリ殺してたりはしない……よね?」

「そう思う。でもむしろその時は“公開処刑”になる筈。見せしめ」

「ひぐっ!?」

 レナはしゅんと顔を伏せて胸元を掻き抱き、ステラは不安に押し潰されそうになりながら

も皆を見渡して一縷の希望を見ようとした。

 そんな彼女にミアは淡々と、しかし皆と同じく神妙な顔つきのままで、アズサ皇が取りう

るであろう行動パフォーマンスを口にすると、マルタを始めとした面々の少なからぬ者達に嫌な想像

力を与えてしまう。

「……何にせよ、一刻も早くジークと六華を助け出さないといけないのは確かだな」

「ああ。もう一度せめて皇都に入れればいいんだが」

「難しいでしょうね。既に先の軍事行動で皇国軍は最大レベルの警戒体勢を取っています。

自国民ですら、今は都への自由な行き来が制限されているようですから」

 そんな不安を振り払うように、仲間達は成すべきことへと意識を切り替えようとした。

 最短の道は、王宮に乗り込んで彼と六華を救い出すこと。

 ──だがそれは、現実には非常に困難な選択である事は言うまでもなかった。

 駄目元で呟くのダンに小さく首を横に振って答え、サジは今度は丸めて小脇にしていた大

きな紙を机上に広げてみせる。

 それは、一枚の荒い紙質の地図だった。

 しかしそれでも、その紙面に描かれているものが何なのかはすぐに理解できた。

「皇都トナンはご覧の通り、南北──正面門と王宮を一直線に結ぶ大路を中心として、左右

東西に広がっている都市です。この地図は五年前のもので、今も状況に応じて区画整理は続

いていますし厳密には違っている筈なので、大体の分布として把握しておいて下さい」

 流石に“敵”にほんきょちの地図を流出させる真似はしないらしい。

 その前置きを聞いて、ダンとサフレが心持ち前のめりになって紙面上の都を頭の中に叩き

込み始める。

「ここで突入への障害となるのが、皇都の外郭を囲む“ソサウ城砦”です」

 そんな彼らをちらと見遣って、サジは続けて言った。

「見ての通り、皇都の周囲をぐるりと分厚い城壁が覆っています。同城砦は皇都とそれ以外

との境界線でもあり、何よりも外部からの攻撃を寄せ付けない防衛の要となっています」

 ダンやリュカ、一度皇都へ足を運んだことのある面子はコクと頷いていた。

 高く高くそびえる堅固な城壁の群れ。都内部への進入はそこに設けられた限られた門から

でしか行えない。

 サジ(そしてリンファの補足)曰く、ソサウ砦は三面一体の複合城砦なのだという。

 都の正面玄関たる南門と、左右の西門・東門。

 そんな各城門を中心として常時相当数の兵力が駐在している。仮に何処か一つの門を落と

そうと攻めたとしても、砦内で一繋がりになっているために残り二ヶ所、及び同じく繋がっ

ている王宮内の兵力に適宜増援を受けてしまい並の兵力ではまず攻略不可能なのだそうだ。

「……北は? 地図では砦はないみたいだけど」

「確かに城砦はないね。でも北──ソサ湖はちょうど王宮の真裏に位置している。辺り一帯

の水がめでもあるから沿岸一帯の警備は同じく厳しい。仮に突破できたとしてそこから皇都

に突入しようとしても、前後左右から集中砲火を浴びて途中で撃沈……というのが関の山だ

ろうね」

「そう……」

「う~ん。結局戦いは数、なのかなぁ?」

「否定はしねぇよ。正直今のこっち側の兵力じゃあな……」

「そ、その土俵にも立てていないんですね……」

「悔しいがな。今回アズサ殿が一挙複数に隊長達のアジトを襲ったのも、次の一手で皇都へ

の攻城戦を選択させない為という面が含まれていたのだろう。常勝の軍勢など存在しない。

相手の戦力を削り乱すことは、戦で勝ちにいく際の定石だからな」

「加えて、更に拙いことにもなっています。今回のアズサ殿の軍事作戦──もっと言えば彼

女が公式発表で“結社”と私達がぐるだと言ってのけた事で、支援者の中からもその縮小や

打ち切りを打診してくる者が現れ始めているんです」

後援者パトロンって奴か……。何処のどいつなんだ?」

「主に都市連合の諸侯方です。流石に表立ったものではないですがね。あとは南北の保守系

勢力がいくつか。特に諸侯方の離反が目立ち始めています」

 三面の城門も、北のソサ湖を経由する選択肢も難しい。

 加えて都市連合内の諸侯というパトロン達も事態の悪化に怯え始めている。

「……当然だな。連中の大半は商売人だ。自分達への風向きが悪くなる前に掌を返すくらい

の臆面のなさは何も今に始まったことじゃない」 

 そんなサジの説明に、フッとサフレは静かに彼らを嘲るように呟いていた。

 いや……。これは怨嗟なのだろうか。

 何故か心苦しそうにマルタが、そしてダン達が少々怪訝に彼を見る中、サフレ当人はそん

な台詞を吐き捨てると再びじっと黙り込んでしまった。

 数度、ぱちくりと目を瞬いて、サジは改めて話を続けようとする。

「……ですが、このまま内も外も戦力が失われていくのをただ指を咥えて見ているつもりは

ありません。私達としても、現状をできる限り説明し、彼らを繋ぎ止めたいと思っているの

ですが」

「ま、実際そうするしかねぇわな。ただでさえ兵力差があり過ぎる。人も金もどっかから調

達してこないと、攻め返すのも、奴らの第二波・三波を防ぐこともできやしねえ」

 ダンは一度深く頷いた。仲間達にも眼を遣り、無言ながらも首肯を取り付ける。

 相手がこの為に強襲を掛けた──そしてジークが身を挺してその勢いを堰き止め時間稼ぎ

をしてくれていることは、誰にとっても明らかなことだった。

「そっちの説得やらはあんたらに任せる。……それと、先生さん」

「あ。はい?」

「レナとステラを頼みます。あと俺の代わりにイセルナに連絡しておいてくれませんか?

最後に導話したのは皇都を出る前だったから、あいつら今頃やきもきしてる筈でしょうし」

「え、ええ……。そうですね。分かりました」

 とにかくジークが作ってくれた時間を勝機に──その救出に替えなければ。

 ダンは言いながら出掛ける準備を始め出し、肩越しにリュカにそんな言伝を頼んでくる。

「それで、ダンさんは──ミアちゃん達はどうするんですか?」

 頷いて彼女は問い返していた。

 サジらレジスタンスの面々に自分達三人、そしてダンやミア、リンファにサフレとマルタ

の三班分割の流れ。

「偵察、ですよ」

 山の稜線に日が沈み、茜色は徐々に闇色に変わろうとしている。

 ダンは自身の娘を元近衛隊士を、旅の冒険者主従を、及び随伴を申し出てきた数名のレジ

スタンスメンバーを引き連れるようにしてから振り返った。

「ただパトロンが引き止められるのを待つだけなんざ性に合いませんから。一度、皇都の警

備がどうなってるのか、こっそりこの目で確かめて来ようと思いまして」


 冷たい石造りの廊下に、巡回していた兵らの足音が遠退くように響いてゆくのが分かる。

 周囲は一様に薄暗く昼夜の区別すら曖昧になりそうになる。

 それでもジークは、放り込まれた牢の中でじっと、この何度目ともなろう兵士達の巡回パ

ターンが来るのを息を殺して待っていた。

(……さてっと。そろそろアタリを付けるとしようか)

 白髪の剣士達──“結社”らの空間転移に呑み込まれ、トナン王宮に入り込むという第一

段階には成功してからはや数日。

 ジークとしては早々に城内の何処かにあるであろう六華を奪還し、ついでにアズサ皇を仕

留めて人質にでもして、このくだらない内輪揉め(ないらん)を終わらせたかった……のだが、そう

都合良く思惑通りに事が運ぶ筈もなく。

 残り三本の六華は勿論、レギオンカードまで没収され、待っていたのは、全身白衣姿の医

師団らしき面々による採血を始めとした自分には何かすら分からない検査の連続だった。

 大方、アズサ皇が本当に自分がこの国の皇子──彼女の妹の血筋を受けている人物なのか

を確かめる為に行わせたものなのだろうが、正直言うと退屈でげんなりするばかりだった。

 まだあの段階で毒を盛られなかっただけマシ。

 取り合えずはそう考えるべきなのかもしれないが……。

(……急がねぇとな。あんまりちんたらしてっと、こうしてここに乗り込んできた意味がな

くなっちまう)

 それでも実際に日数をロストする事を強いられたのは手痛い。

 加えて巡回する兵士らの勤務体制シフトを読み、行動開始の時間を探るのにも思いの外手こずった

感がある。

(ま、頭脳労働こういうまねはアルスに任せてばっかりだったからなぁ……。慣れないことはするもん

じゃねぇ、か……)

 ガチャッと。

 後ろ手に閉ざされた鎖付きの手錠を揺らして、ジークはフッと思い出すように苦笑いを浮

かべたかと思うと、次の瞬間には眉根を寄せ、キッと真剣な顔つきになる。


『──ジーク。ちょっといいか』

 それはまだトナンに着いたばかりの頃、最初にサジらと出会い、彼らの石窟のアジトから

脱出して間もない頃のことだった。

 レナが征天使ジャスティスを解き、森の中に身を潜めてさあ皇都へ出発だという時になって、ふとサフレ

が一歩を踏み出そうとしたジークの背中に声を掛けてきたのである。

『何だよ?』

『これを持っておくといい』

 振り返り、ひょいと投げて寄越されたのは、一つの小さな指輪だった。

 そう派手な装飾はない。いや、そもそも着飾るための代物ではないのだ。

 核のように埋め込まれた深い黒色の小宝珠。それを囲うように金属質のリング部分が形成

されており、そこにはびっしりとジークには読み取れない不思議な文様が刻まれている。

『これ……もしかして魔導具か?』

『ああ。石鱗の怪蛇ファヴニール──召喚系魔導具の一つだ』

『召喚系……ああ、レナの征天使ジャスティスと似たようなもんか。でもいいのかよ? これってお前の

じゃねぇのか?』

『アジトの中でも言っただろう? 君は当分大手を振るって自分の得物──六華を振るえな

いんだ。それでも結社やつらと戦いになる場面はきっと来る。そういった場合に備えておく御守り

とでも思っておけばいいさ』

 指先で受け取ったこの魔導具を弄りつつ、ジークは心なし眉根を寄せていた。

 確かにサジのような人間がこの国にはいる。故に安易に人目に触れないよう、六華を背中

に布包み状態で背負っている。

『まぁ受け取っとくけどさ……。そもそもこれ、俺に使えるのか? 魔導は専門外だぞ?』

『大丈夫だろう。六華も魔導具なんだ、マナの込め方さえできていれば問題ない。確かに消

耗は他のタイプに比べて大きいが、六華に比べればまだマシな方さ』

『それに、召喚系の術式なら術者の意思や言葉での操作性が高いですから。ジークさんでも

一度発動できれば操り易いかなと思います』

『ふぅん……? そういうもんかねぇ』

『大丈夫です。ジークさんだったらきっと大丈夫』

 魔導師ではないジークは控えめに不安を口にしたが、サフレはそれも含めてのチョイスで

あったらしい。更にマルタも補足を入れるように励ましてくれ、レナも自分に向けて優しく

微笑んでくれる。

『でも……この子達も、使わないに越した事はないんですよね……』

 それでも、同時にフッと彼女がみせた弱音──戦いに身を投じるの自身の迷いを垣間見た

ことで、ジークは曖昧に笑ってみせるだけで「ありがとう」の言葉を口にするタイミングを

逸してしまっていた。

 白金色の宝珠を埋め込んだ指輪──征天使ジャスティスの召喚を可能にする魔導具。

 彼女がその輪郭をそっと撫でながら何とか微笑みを持ち直そうとするのを、ジークとサフ

レは互いにちらと顔を見合わせつつも暫しそっと見守る。

『……じゃ、そろそろ行こうか。ダンさん達もきっと俺達を捜してる』

 そうさ。できるだけ早くこの旅も終わらせなくては。

 やがてジークは今度こそと上着を翻すと、彼らと共に皇都への道を進み始める。


「──よっと」

 手錠で自由の利かない手の代わりに、両脚をもぞもぞと動かして片方の靴を脱ぐ。

 そして抜いた足先、その指先で以って、ジークは靴の折り目の中を弄り始めていた。

 そうして薄闇の中で、指先の感覚を集中させること数分。

 ポロリと床にこぼれ落ちたのは、一個の黒宝珠の指輪だった。

 それは間違いなく、あの時サフレから借り受けていた魔導具で──。

「……まさか、こういう形で使う事になるとは思わなかったけどよ」

 更に足先でそれを転がし後ろ手の指先まで持っていくと、その感触は確かにジークの手の

中に収まった。誰ともなく、ジークは一人牢に繋がれたままでごちる。

「お前に借りができちまったな、サフレ」

 手の中で、彼からの指輪をコロコロと弄る。

 念のため再び周りの気配を探ってもみる。……大丈夫。巡回の兵はもっと遠くのようだ。

「だがまぁ……ありがたく使わせて貰うよ」

 ぎゅっと、今度はしっかりとその魔導具を握り締めて。

 錬氣を用いる時のように、六華を呼び起こす時のように、この小さなテクノロジーの塊へ

と己の中で血のように巡るマナを流し込むイメージで。

「──来い。石鱗の怪蛇ファヴニール!」

 次の瞬間、ジークの入れられた牢屋から強烈な光が溢れ出す。

「ッ……!?」

「なっ、何だ? 何が起こ」

 当然ながら、牢番役の兵士達はその異変にすぐに気が付いた。

 しかしそれでも、異変の方向を振り返って言葉を発し切るよりも早く、彼らに爆音と砕け

た石材の土埃が襲い掛かってくる。

『……』

 そして、彼らは見た。

 濛々と舞い上がった土埃。その狭間から覗く、粉々に砕けた手錠を床に無造作に投げ捨て

る一人の青年と、全身が岩で出来ているような巨大な蛇──ファヴニールの姿を。

「な……っ!?」

「だ、脱獄者だ! 脱獄者が出」

 叫ぼうとしつつ、装備している銃剣を構えようとしつつ。

 だがまたしてもジーク達の方が先手を取っていた。

 水平に振り払ったその手を合図にして、額の角を引っ下げてファヴニールが兵士達に向か

って突進してきたのだ。

 兵士達の悲鳴が重なり、ほぼ同時に石壁を砕く轟音と共に掻き消されていた。

 再び土埃が激しく舞い上がる。

 守衛室から駆けつけた兵士達の内、何人かが突撃の餌食になってしまったものの、何とか

直撃を免れた残りの面々は、すっかり悪くなった土埃の視界の中で表情かおを歪めて銃

剣を構えながら、キョロキョロと辺りを見回し始める。

「──ふっ!」

 またしても初手はジークからだった。

 土埃を煙幕代わりに、ジークは兵士の一人の側面──武装に身を固めているが故の死角か

ら飛び出すと、彼がワンテンポ遅れて気付く前に足払いを放ち、その体勢を崩させた。

 同時に身を捻りながら跳び、その顔面に床へ叩きつけるような蹴りを一発。

 更にくぐもった悲鳴を漏らして倒れ込む彼の、銃剣を握る腕をむんずを掴み、ぐいっと捻

らせて横倒しにして関節をキメる。この兵士はそのまま白目を剥いて“落ち”る。

「くっ……!」

 周りの兵士達は慌ててジークを撃とうとした。

 しかし、彼らに対しジークがこの兵士の身体を盾のように抱えていたことに加え、まだ土

埃が濃く辺りを舞っていた。

 つまりは、数拍未満の逡巡。間隙で。

「止せ! 味方に当たったらどうする!」

 そして彼らの一人がその戸惑いを口にした時にはもう、ジークは倒した兵士の銃剣から抜

き取った刀身パーツを片手に、再び土埃の中へと姿を眩ませてしまっていた。

「くそっ、何処に消えた!?」

「落ち着くんだ! 隠れているだけだ、退路を塞げ!」

 また一人減った戦力で、兵士達は焦りに駆られながらも辺りを見渡す。

 少しずつ、少しずつ土煙が薄くなっていく。兵士達は銃剣を構えた姿勢でじわりじわりと

歩を詰め、一方では守衛室へ戻って緊急事態の報告に向かおうとする。

 ジークの第二派はそんな中でやって来た。

 振り返り、前に向き直り、ゆっくりと左の方を。

 そんな警戒の眼の運びの死角を突く位置から、ジークはぶわっと土煙の中から躍り出ると

ワンテンポ遅れて振り向いたこの兵士に錬氣を込めた刃を振り下ろしたのである。

 ザックリと。兵士の握っていた銃剣が銃身の途中から真っ二つになる。

 そして、彼とその周りにいた仲間達を巻き込んで、暴発。得物を斬り裂かれた当人は勿論

のこと、爆発の勢いに押され、壁に強かに叩きつけられた兵士らもぐわんと昏倒へと追い立

てられてしまう。

「チィ……ッ!」

 その暴発をくるりと身を低く前転して回避したジークは、そのまま起き上がると同時に、

守衛室に戻ろうしていた兵士の反撃の刺突を握った刃の腹でいなしてみせた。

 小気味よい金属の摩擦音。

 だがそれも一瞬の事で、二度三度の短剣もどきと銃身に取り付けた刃のぶつかり合いを経

た後、寸前に逆刃に持ち替えたジークの腹を撫で払う一撃の下に、この兵士もまたどうっと

倒される。

 そして駄目押しと言わんばかりに、土埃の中からファヴニールが、その強靭な尾で以って

転がる兵士達を周囲の壁もろとも薙ぎ払ったのだった。

「……ふぅ」

 背後でごっそりと抉られた元・牢屋を肩越しに見遣り、ジークは小さく一息をついた。

 これで顔を出してきた牢番役は全滅させた。あとは……。

「せいっ!」

 つかつかと歩き、地下牢の入口付近に設けられた守衛室へ。

 ジークはそのドアを蹴り破ると、中にもう誰もいない(先程の交戦で一先ず全滅したとみ

て間違いないらしい)のを確認してから、その壁に掛かっていた武器を物色し始める。

 軍の標準武装らしいライフル型の銃剣を始め、刀や槍が十数本ずつ。

 ジークはざっとそれらを眺めてから刀を二本、失敬すると、

六華いつものとは軽過ぎて違和感あるけど……ま、無いよりはマシか」

 そうぶつぶつと呟きつつ、サッと腰に差して一応の仮装備とする。

「──あ、あんちゃん」

 薄闇の中からそんな声が掛かったのは、そうして一通りの牢破りを済ませた時だった。

 ジーク、そして(意外だが)円らな黒々とした眼のファヴニールが視線を向けた先にはず

らりと並ぶ他の牢があった。その中には、こちらを懇願や期待の眼で見つめてくる多数の者

達の姿が確認できたのだ。

「なぁ、それって使い魔だろ? よければ俺達もここから出してくれないか?」

「頼む! ここから出たいんだ……!」

 曰く、彼らは様々な理由で体制側──アズサ皇の手の者らによって投獄された者達である

らしかった。

 ある者はうっかり「先代の頃の方が良かったなぁ」と呟いてしまったがために。

 またある者は皇に認められた豪商との経済・権力の争いに破れ、あらぬ罪を着せられて。

 或いは、あの反皇勢力レジスタンスのメンバーだと名乗る者も少なくなかった。

「まぁ、そこから出してやる事自体は簡単かもしれねぇがよ……」

 しかしジークは、正直躊躇っていた。

 少なくとも個々人の理由まで一々調べて選別する気はない。

 それでも、その要求のまま彼らを逃がすことで自分の本来の目的──六華の奪還とアズサ

皇への到達に支障は出ないのか? そんな内心の打算がつい働いてしまっていからだ。

「頼むよ……。もう三年も、家族に会ってないんだ……」

「……ッ」

 それでも、そうした理屈ばかりで割り切れないのが、このジーク・レノヴィンという人間

の性分であったのかもしれない。

 ぽつと口々に懇願する彼らの中から聞き取れたそのフレーズに、ジークは半ば反射的に眉

根を寄せていたのだ。

 ファヴニールが低く唸りながら、自分という仮の主の意思決定を待っている。

 様々な理由で牢に投げ込まれたこの国の人々が自由を求めて懇願の声と眼を送ってくる。

「……分かった。危ないから奥に下がってろ」

 やがて、ジークは俯き加減に彼らに言った。

 ぐっとトーンが落ちたその声色に彼らは少々面食らったようだったが、どうやら助けてく

れると分かって、ジークに言われるがまま、ガチャガチャと繋がれた鎖を引き摺りつつ各牢

屋の奥壁まで下がってゆく。

「やれ。ファヴニール」

 そして彼らの退避を確認して、ジークが水平に腕を払って口にした瞬間、ファヴニールの

尾による一閃がずらりと並ぶ牢の鉄格子を粉々に砕き飛ばしていた。

 もうっと土埃が上がる。その間に、ジークは再び守衛室を覗き込んで手錠の鍵を見つけて

くると彼らに放り投げて寄越し、その束縛を解かせてやる。

「や、やった……!」

「自由だ! これで出られる!」

「ははっ、助かったぜ! ありがとうな、兄ちゃん」

 おずおずと、しかし段々と自由になれた安堵の気色の方が濃くなって。

 彼らは土埃の向こう側から姿を見せると、一様にジークとファヴニールに向かって嬉々と

した謝辞を述べたり感涙に咽んでいた。

「……そこで安心してんじゃねぇよ。喜ぶのは城を出られてからにしろ」

 しかし、当のジークは逆に水を差すほどに落ち着き払っているように見えて。

「俺は俺で王宮ここに用事がある。逃げたい奴はさっさと逃げな。戦う力がある奴はこのまま

戦力として付き合ってくれると助かる。まぁ正直命の保障はできねぇし、無理強いはしねえが……」

 まるで感化された自分を悟られまいとするように、ジークは敢えてぶっきらぼうな態度で

以って、肩越しにそんな言葉を彼らへと投げ掛ける。

 フッと垣間見える戸惑いや中小の驚き。

 互いに見返す彼ら元・囚人の表情かお

 それでも、ジークの言葉に否を答える者は、誰一人としていなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ