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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-19.分かたれた者、届かぬ手
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19-(0) 都囲いし三砦

 軍靴の響きが遥か遠方から聴覚・視覚の近くへと。

 やがてそれらは折り重なり、一つの群れとなってやってくる。

 銃剣を携え、深紺色をした武装の隊伍。数多に流れてくる、整然たる紺色の人波。

 それらをまるで次々に飲み込んでいくかのようにして、その要塞は在った。

 ──ソサウ城砦。

 皇都トナンの外壁をぐるりと囲みながら高くそびえ立ち、同時に王宮の両翼棟とも接続し

ている、皇国軍の本営である。

「妙だよな。何でこんな時に帰還命令なんだ?」

「俺に訊くなって。上からの命令に従う他ないんだし」

 しかし当の兵士達は、必ずしも晴れ晴れとした様子ではないようだった。

 ひそひそと隣り合う者同士での囁き声で交わされるのは、そんな戸惑いに似た反応で。

「あ、でも何か“大物”が捕まったって話なんだろ? それを土産にするのかもな」

「大物ねぇ……」

「確かに、今までの小競り合いに比べれば随分と戦果は挙がってるけど、な」

 当初自分達に上層部から告げられたのは、反政府勢力レジスタンス及び裏で手を引いているという

“結社”の殲滅だった。

 実際、各地に進軍・待機していた友軍の一斉強襲は大きな成果を挙げたといっていい。

 それまでは突けばサーッと退いて身を隠してしまう彼ら構成員の、その少なくない人数を

拘束できている。そんな情報が、各部隊へ伝言ゲームよろしく伝わってきているのだ。

 長らく小競り合いを繰り返してきた彼らの戦力は、間違いなく削がれている。

「……ようやくこれで、女傑族みうち同士の争いも終わると思ったんだけどなあ」

「言うなよ。極力傷付けない殺さないに越した事はないんだ。……多分だけど、向こう側の

誰かお偉いさんが投降したんじゃないか? そうでもなきゃ、こんな中途半端な終わり方は

しないよ。きっと」

「だろうな……。一体誰なんだろう? 何か聞いてないのか?」

「いんや? むしろこっちが知りたいくらいだっての」

「知らないな。別の隊での成果みたいだし……」

 なのに──戦況は優勢な筈なのに、押し切って“殲滅”することはせずに、こうして突然

の引き揚げ命令が下っている。

 彼らの中に燻るのは、消化不良な感や怪訝、或いは個人的な詮索は無用と思考を自ら寸断

しようと試みる態度などだった。

 我らが皇の下した命令。

 軍属に身を置く以上、自分達はその指示に従って動くだけだ。

 それでも心の何処か──いや、確かにあるこの虚しさは何なのだろう。

 自分達は、国を守る為に身を捧げている筈だ。

 なのに。なのにこの戦いも、今日世界を騒がせている多くの戦場も、それらとはどうにも

性質を異にしているように思えてならなかった。

 この国を豊かさに導く。皇はそう言って長らく王座に就いている。

 でも、これじゃあまるで──。

「そこっ! 無駄口を叩くんじゃない!」

 ふとそんな馬上の上官の怒声を耳にして、彼らは思わず身を縮こまらせていた。

 だがその声と眼が向けられていたのは自分達とは別の方向──隊伍の中の別の兵士ら数人

のようだった。

 直接自分達が咎められた訳ではない。

 内心違和感を覚えているのは、何も自分達だけではないのだ。

 そんな二重の安堵と、どうにも塞ぎがちになる気分。

「各自、城砦詰め所にて待機せよ!」

「今後第二派、三派と出撃が予定されている。今の内に少しでも身体を休めておけ!」

「その際、余剰兵力は反撃のあった場合に備え皇都を守護する任に就いて貰う。いいな?」

 各隊伍を率いる尉官らが口々に末端の兵らに告げていた。

 そう……。戦いは終わっていない。

 皇は演説で語っていた『彼らを野放しにしてはならない』と。

 犠牲者の鎮魂。それは表向きの建前であることぐらい、皆も分かっている筈だ。

 口実だ。皇にとって長らく目の上のこぶであったであろう彼らレジスタンスを根絶やしに

する、その絶好の好機だと。大方そんな思惑を持っているのだと推測できる。

(……。皇は、良くも悪くも信念の強い女性ひとだからな……)

 少し血の気の多い同僚と、少しお喋りの過ぎる同僚とを左右に肩に並べて歩きつつ。

 この末端兵士の一人は、謁見したことすらない、叶わない皇とこの国を思い、密かに嘆息

する。


「──……」

 そんな、高揚と不安が入り混じる軍靴の音を遠くに聞きながら。

 砦内の薄暗い一室で、一人の剣士がゆっくりと、そのじっと閉じていた目を開いていた。

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