18-(3) 武の巨星達
顕界において、東方諸国の気質は一言で表すと「独立独歩」だ。
四大ストリームの一つ、水門の力を強く宿す“青の支樹”の影響もあり、この一帯は古く
から豊かな水資源に恵まれた交易の土地として栄えてきた。
故に、群雄割拠的な都市国家の乱立は必然の流れだったとも言える。
自国により有利な交易のために、或いは他国からの侵略を撥ね退けるために。
各都市国家が──歴史の中で互いに合併や離散を繰り返しても──それぞれに自国の力を
付けようと競い合ってきた結果だからだ。
そんな癖の強い諸勢力が集まっているのが、この地の盟主・レスズ都市連合である。
「──おい。あれ見てみろよ」
「んぅ……?」
本拠地は東方随一の都市・水都フォンレーテ。
その名に違わず無数の水路が張り巡らされ、巨大商業ギルド・全陸財友会の本部を中心に
広がってる顕界最大の交易都市としても有名だ。
「どいたどいたー! 道を空けろー!」
そして加えてもう一つ、大きな存在がこの街には在る。
所狭しと大通りを行き交う人々が気付いたのとほぼ時を同じくして、この日その中核たる
者達が集まろうとしていた。商人達の街の喧騒に負けないように張り上げた声で、数人の先
払い役の冒険者らが道向こうから駆けてくる。
「……あれって確か」
「ああ。間違いねぇ、七星だ。しかも二人も……」
世の冒険者らを束ねる、冒険者ギルド・七星連合。
その本部もまた、このフォンレーテの街に構えられているのだ。
交易上の要衝であるが故に、過去何度となく諸外国に狙われた来たこの街。だがその長き
に渡る攻防は、財友会がレギオン本部をこの地に招聘する──強大な武力という名の抑止力
を備えることによって終息をみた。
一方はその資金力を。一方はその武力を。
そんな利害の一致もあり、以降今日に至るまで両組織は蜜月の関係を続けている。
「“仏”のバークスと“青龍公”セイオンか……。今日ってレギオンの定例会だっけ?」
「いや、多分違うと思うけど。やっぱあれかなぁ? 例の飛行艇の──」
「セイオン様!? 何処何処?」
「キャー! セイオン様ー!」「こっち向いて下さ~い!」
そんなレギオンの看板役を務める大物冒険者らを、人は通称・七星と呼ぶ。
組織名の由来も此処から来ており、大きな事案には彼ら七人を筆頭にして傘下の冒険者達
を指揮するという構図だ。
「相変わらず女性には大人気だのう。流石は“勇者の末裔”だ」
「……冗談はその作り笑いだけにしておいて下さい」
クラン自前の大型馬車に乗って、そんな七星に籍を置く二人とその傘下のクランの面々は
さながら行軍のように街の大通りを進んでいた。
一人は穏やかな微笑を湛える巨人族の壮年男性・バークス。
一人はそんな七星筆頭に生真面目な呟きを返す竜族の青年・セイオン。
「ふふっ。その真面目な所は相変わらずだな」
「これが私の普通ですから。むしろ貴方が大らか過ぎるくらいです」
群集の中から聞こえてくる黄色い声は、全てこの眉目秀麗な青年に注がれている。
しかし当のセイオン本人はまるで関心がないといった様子で、変わらず“仏の微笑”を向
ける、バークスの茶化す言葉すらも面倒臭そうにいなすばかりだった。
「……。相変わらず、やたらに人が多いですね」
「そうだの。大方は興味本位の者達なのだろうが、これではあまり馬車で来た意味はなかっ
たやもしれんな」
「ですね。毎回飽きもせずよく顔を出しに来るものです」
「はは、そう言ってやるな。これも儂らに対する有名税という奴だろうよ」
「……ええ」
大きく切り取られた左右の窓から、セイオンはじっと眼下の往来の人々を見遣った。
あれこれとこちらを見上げ、噂し合っているらしい野次馬。
相変わらずかしかましく重なり聞こえる女性達の黄色い声。
まさか、彼らも何一つ知らない訳ではないだろうに……。
「もう少し、彼らに退いて貰いましょうか」
しかし眉を顰め、思案に沈みかけたその意識を引き揚げ直すように。
彼はそう呟いてから部下に伝令を飛ばすと、先払い役の者達にこの野次馬の群れをずいと
大通りの左右へと押し分けさせる。
「──エドモンド・バークス様、ディノグラード・F・セイオン様、御到着です!」
レギオン本部の正面入口へ到着すると、二人は大人数な職員らの出迎えを受けた。
そのまま本部前の広場に各々傘下の部下達を待機させ、二人は案内役の者らに誘導される
形で施設内の一角にある大会議場へと足を運ぶ。
「よう。待ってたぜ?」
「ちょうど十小刻(=十分)前……相変わらずの正確さね、セイオン君? それと筆頭も」
やたらめったらに広い会議室には、その床面積に見合うだけの人数はいなかった。
代わりに在ったのは、生半可な力の持ち主では正気でいられないであろう、複数の覇気で
あって。
「“獅子王”に“海皇”か。お主らだけか?」
「ああ。シャルロットが最初で次が俺みたいだぜ? 他に来たら表が五月蝿くなって俺達も
気付いてる筈だしな」
「……今回も全員出席との明記があった筈だが。それにしても珍しいな、グラムベル。君の
縄張りは西方だろう? シャルロット殿は東方の方だから分かるとしても随分と早い
じゃないか」
「なぁに、たまたまっつーか簡単な話だよ。西は知っての通り“保守派”との衝突で
忙しなくてな。冒険者は軍隊の補充要員みたくなってんだよ。そういう仕事なら下にいる
連中が回してるし、俺自身はもっと自由に暴れたいってのもある」
「要するに、暇だったと」
「そーいう事。言っちゃあ悪いが、こっちもきな臭くなってるみたいだしな?」
獅子系獣人の大男──“獅子王”アントニオ・グラムベル。
シャチ系魚人族の女性──“海皇”シャルロット・ブルーネル。
既に会議の場にはこの二名の七星が到着し、待機していた。
バークスが室内を見回し、残りのメンバーの姿が見えないことを確認している横で、セイ
オンはグラムベルの血気盛んで不敵な笑みに淡々とした眼を遣っている。
この場にいる面々は、とうに勘付いていた。
定例会でもないこの時期に──そもそも定例会でも全員が揃う事は稀なのだが──自分達
七星へ召集通知が届いたのは、十中八九、先日皇国行きの飛行艇が“結社”により爆破された
テロの件だろう。
事件後、すぐに奴らは犯行声明を世界に向けて発している。
曰く『セカイの開拓に邁進する者らへとの罰』だと。
間違いなく、現在進行中で世界中の国々が対応に苦慮しているのが容易に予想できる。
それでも目立った手を打てないでいるのはひとえに国よってそれぞれ違う内情と、加えて
お互いの利害対立といった要因が根本にある。
「……」
セイオンはちらと、グラムベルの奥向かいに座るシャルロットを見た。
長艶やかな海の深青の髪。耳のある位置から覗く鰭のような突起──魚人の特徴の一つ。
彼女は平静のままにその小さな貝殻のピアスを付けた耳元を触っていたが、彼の戦を愉し
むような言動に与している訳はないだろうと思った。
確かに自分達は戦いが生業ではある。しかしだからと言って──。
「……“万装”と“黒姫”──南方組は欠席か。こんな時だというのに」
「あとは“剣聖”だが……シャルロットよ。あやつは今何処におるんだ? 儂らの中で一番
付き合いの濃いのはお主じゃろう?」
「ええ。でも、あの人は昔から一所に落ち着くような人じゃないですから」
バークスが問うていたが、対するシャルロットもそう答えて苦笑を返すだけだった。
七人中四人。がらんとした大会議室。
「全く、最近のモンは身勝手なものだな。組織の一員という自覚が足りんわい」
隣室のドアが開いたのは、そんな時だった。
四人が視線を向けると、そこから姿を見せたのは一人の初老の男性だった。
その背後には彼が伴霊族である証ともなる山羊頭な人型の持ち霊と、数名の職員らが従っ
てくるのが見える。
七星と並ぶレギオンのリーダー格、ヨゼフ・ライネルト事務総長だ。
「まぁそう愚痴るなよ、爺さん。普段からこんなもんだろ? むしろ半分いるんだぜ?」
「欠席の常連がよく言うわい。……まぁいい、予定より少し早いが始めるとしよう」
言われて、それまで何となく立ったままのセイオンとバクースも空いた席に着き、臨時の
集会は始まった。机上で両手を組んだヨゼフの目配せを受け、書類を抱えた職員らが颯爽と
四人の前に分厚いそれらを配って回る。
「聞きながらでいい。一通り目を通しておいてくれ。今回、お前達を呼び出した理由だが」
「分かってんよ。この前の“結社”のテロだろ?」
各々が閉じられた資料を捲り出す中、ヨゼフの切り出す言葉に早速グラムベルの大雑把な
声が入り込んできた。
しかしそれは何時もの光景で。
この事務総長は眉根を一瞬寄せただけで、そのまま話を続ける。
「分かっているのなら細かい事情は要らぬな? その詳しい調査結果がそこに書いてある。
先日皇国行きの飛行艇が“結社”に爆破された件だ。トナンは加盟こそしていないが、
レスズ都市連合の勢力圏内だ。彼らと連携関係にある我々としても、何も手を打たないと
いう訳にはいかないからの」
「……では“結社”と戦う為に私達を?」
「やっぱりか! いいぜ、俺はそのつもりで来たんだしな。相手に不足は」
「落ち着かんか。誰が戦うと言った? むしろ私はお前達に釘を刺す為に呼んだんだぞ」
その言葉にグラムベルを始め、この場に集まった四人の七星らは思わず互いの顔を見合わ
せていた。
戦わない? 面々の頭に疑問符が浮かぶ。
怪訝、戸惑い、或いは不満げなそれ。
「……それは、戦うなという類の大口の依頼や圧力があったと取って宜しいかの?」
一斉にヨゼフに視線が向けられる中、バークスは一見微笑のままそう問い掛ける。
「大まかにはそうだが厳密には違うな。今後戦わないという保障はない……というべきか」
「ふぅん……? 何処からだよ? まぁ予想は付くけどさ」
「無論、都市連合からだ。あちらがまだ東の盟主としての態度を表明していない──決めか
ねている最中でな。それまでに我々が、或いは個々に依頼を受けて件の紛争に関わられると
色々と都合が悪いという話さ」
「なるほど」
バークスは短く頷いたが、彼を含めて四人は良い印象を持たなかったようだった。
視線を手元の資料に戻して、その後の話に耳を傾けながら熟考し始めるシャルロット。
片手間に資料を開きつつ、ヨゼフから質疑応答を引き出そうとしているセイオン。
黙したまま、一旦事務局長──組織としてのレギオンの対応を見極めようとしているかの
よう見えるバークス。
そして意気込んでやって来たのに“お預け”を喰らい、面白くなさそうなグラムベル。
「要するに、だな」
──あくまで自分達は冒険者だ。雇われて初めて動ける立ち位置に在る。
だからこそ個別の判断で、これから少なからずトナン近隣で起こるであろう争いに加わる
ことは盟友的関係にある都市連合の枷になりかねない。
とりわけ七星は、何かしらの動きをみせることそれ自体が軍事的な情勢に少なからぬ影響
を与えてしまう。
七星という看板効果の、自身の力量の大きさを見誤るな──。
「まだトナンへは手出しするな。暫くは状況の推移を見守っていろ。傘下の者達にもそう周
知徹底させておいてくれ。……今回呼び出したのは、その為だ」
組織としての七星連合の態度は、そんな内容だった。
「……了解した。伝達しよう」
「都市連合──財友会さまのご意向ってか? レギオンも随分と引け腰になったもんだぜ」
淡々と承諾するセイオンに、蜜月関係が故の保身を鼻で笑ってみせるグラムベル。
一見すると対照的な反応だったが、彼ら四人の抱いた内心は実は似通っていた。
たとえ“結社”が今回の犯人であっても、諸国にすればトナンはかつて起きたクーデター
を我が身可愛さに追認した地。そこへ軍勢を──そうでもなくとも何かしらの介入・援助を
する事に引け目があるのだ。
何よりも下手な介入で“結社”の遠慮を知らない矛先が自国に向けば、それこそ足元から
権力を揺るがされかねない。だからこそ、余計に対応が決められない。
(……結局、保身か)
四人は誰からともなく互いの顔を見合わせていた。
おそらく脳裏に過ぎらせた思いは同じだろう。
ただ冒険者としての自分達は人々の為に在ると、在りたいと思っている。
しかし王侯貴族や富裕層はそもそも真逆に近く、そんな気概など皆無なのだと。
この資料一つにしても、端末データではなく紙媒体にしたのは、余計な情報が外に漏れる
事を厭う保身の念が要請したものだと容易に推測できる。
「とはいえ、事態は予断を許さない。暫くお前達にはフォンレーテに滞在して貰う。その間
の費用は都市連合から出る手筈だ。抜かりなく待機をしておいてくれ」
「う~い。流石は天下の都市連合さんだ、太っ腹だねぇ……?」
「よかろう。儂らは束の間の休息とでも洒落込んでおく」
雇われる者。雇うもの。管理せんとする者。
お互いの思惑は行き違い、絡まり合い、交易の都で静かに機を見る選択をする。