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18-(1) 再会と共闘と

「サジ、隊長……?」

 背後からの声に驚きと戸惑い半々で振り返ると、リンファはじわりと目を丸くしていた。

 先程とは別な緊張感が、場を通り過ぎてゆく。

「あぁ、そうでした。リンファさんは元近衛隊の人ですから……」

「……そう言えば。そうか、かつての上司と部下になる訳か」

 ぽんと手を叩き、少々場にそぐわないのんびりとした声でマルタが口を開いていた。

 サフレも小さく頷く中、ジーク達もレジスタンスの面々も、暫しこの二人の再会を傍観す

るような格好になる。

「どうして、貴方がここに?」

「それはこちらの台詞だよ。音沙汰も無くてっきりアズサ殿の追っ手にやられてしまったの

かとばかり思っていたというのに……。だが、そうではないのだな? 先程彼──ジーク様

より直接お聞きした。殿下は、生きておられるのだな?」

 改めて確認するように訊ねてくるサジをじっと見つめてから、リンファはちらりと横目で

以って、どうにも不機嫌に彼から目を逸らしたままのジークを見遣った。

「……しつこかったんでな」

「そう、か」

 壁際に背を預けた彼のその短い言葉で、リンファら仲間達も駆けつけるまでに此処で何が

起こっていたのかを少しずつ把握し始めていた。

 何も、ジークらを捜していたのは自分達だけではなかったらしい。

「サジさん、お知り合いなんですか?」

「さっきサジさんを隊長と呼んでたってことは……」

「おいおい。どうなってんだ? リン、説明しろよ」

「……ちょっぴり、カオス気味」

 ざわり。ざわざわと。

 するとそれまで戸惑いで言葉の出なかった両陣営の面々がようやく口を開き始める。

「ん? ああ」

「そうだな。紹介をしないといけないか」

 そして皆のそうした反応を見て、サジとリンファは再度お互いの顔を見遣り合うと、

「彼女はホウ・リンファ。近衛隊の頃の部下の一人でな、殿下の御側役も任されていた。人

柄は真面目だし、剣の腕も確かだ。私が保証する」

「彼はサジ・キサラギ。私が親衛隊にいた頃の隊長だよ。……まさかレジスタンスに加わっ

ているとは思わなかったが」

 そうそれぞれに、自身の仲間達へとかつての同志を紹介する。


 その後、リンファによってサジ達レジスタンスの面々に改めてこれまでの経緯が語られる

こととなった。

 かつて陥落した皇都から逃亡したシノブ──シノ・スメラギと自分、そんな敗残者へと手

を差し伸べてくれた者達なかまの存在とその後から現在いまへの軌跡。

 ジークとアルス、二人の息子に託した護皇六華と皆が「平穏」に暮らせますようにと願っ

た一人の母としての、敗れた皇族がわとして苦渋の末に引いたシノブのその身。

 何よりも、そんな主の願いすらも蹂躙しようとする“結社”と今、六華奪還を巡り対立関

係にあること。

 ジークが先に語った内容を補完するように、リンファはじっくりとその古傷を見返すかの

ようにして記憶を場に紡ぎ直す。

「──申し訳ありません。もっと私も、散り散りになった皆を捜すべきでした」

「いや、気に病まなくていい。私の方もこの立場が故に名前を表に出せなった経緯がある。

それよりもすまかった。お前はずっと一人──いや、今は今の仲間達がいるのか……。何に

せよ、ありがとう。ずっと殿下を、ジーク様とアルス様を守ってくれていたんだな」

 悔恨と共に深々と頭を下げてきた彼女に。

 サジはフッと不器用な微笑みを寄越しこそしたが、責めることはしなかった。

 むしろ返ってきたのは、謝辞のそれで。

 上司と部下。上下関係はあっても、かつては同じく先皇一家に身近で仕え、深い親愛の情

と忠誠を抱いてきた者同士であるが故のやり取りで。

「……。勿体無いお言葉です。ただ殿下達への忠節を貫いてきた、それだけの事ですから」

 そんな彼の赦しの言葉に、リンファはじっと頭を垂れたまま、内心の安堵の念を繕い、覆

い隠すかのように謙遜の弁を口にしていた。

「さて、と……。感動の再会はそろそろその辺りにしておこうぜ、リン? まぁ確かに、騒

ぎを聞いて駆けつけてみれば一石二鳥な結果になりそうだがよ」

「……一石、二鳥?」

 やがてダンが話題を切り替えるように口を挟むと、ジークは眉根を寄せて目を遣った。

 この砦を落としてみせた──敢えて騒ぎを起こしてお互いに合流できるようにする、その

自分達の目的以外に、彼は一体何を意図していたというのか。

「六華の件だよ。ここに来る前に皇都の宿で話し合っていた事なんだがな。ちょうどレジス

タンスに接触してみようって話になってたんだ」

 その返答に、ジークの眉間の皺が更に深くなっていた。

 背後・傍らには、頭に疑問符を浮かべるレナやマルタ、静かに目を細めてその意味を咀嚼

し始めているサフレの姿がある。

「考えてもみな? 現状、六華を手に入れて一番得をするのはアズサ皇だ。実際、ジークの

事を知った途端、触れを出して捕まえようとしてるしな」

「最初、皇都に着いた時は、何とか王宮関係者と接触して六華の情報を探れないかと考えて

いたのだけど、こうなっちゃったからもうそれは難しそうだし……。何よりリンファさんの

気持ちを考えると、アズサ皇に擦り寄るような真似は採れなかったのよ」

「……。敵の敵は味方、という事ですか」

「ま、ざっくり言えばそんな所だな。まさかリンの知り合いがそのリーダーをやってるとは

思ってなかったんだが」

 サフレの呟くような確認にダンは苦笑気味に眉根を上げていた。

 そしてダン達一行の視線は、自然とそのレジスタンス──サジ達へと向けられる。

 静かにざわついた後、彼らから返されたのは戸惑いだった。

 そんな仲間達を代表するように、ややあってざわつきを制止してつつサジは答える。

「なるほど。しかし生憎、六華の情報という点では期待には添えない。かく言う私達もつい

先程ジーク様によって知りえたばかりだからな」

「……そうか」

 当てが外れたか。

 そうダンやリュカは神妙な面持ちになったのだが。

「ダンさん」

 絡まったかに見える様相いとは、再会を果たしたジーク達のように少しずつ、しかし確実に

核心へと迫ろうとしていく。

「迂遠になりますが、こちらでも幾つか判明したことがあります」

「? 何だ、言ってくれ」

「……既にジーク達には道中で話しているのですが、アズサ皇と“結社”は裏で繋がってい

る可能性があります。ダンさんもさっき言ったように、六華を手にして一番得をするのは彼

女です。にも拘わらず、その一番でない“結社”もまた六華を執拗に狙ってきた事実があり

ます。もし六華自体に奴らの目的がない──奴らにとって六華が“目的”ではなく何かしら

の“手段”であるならば、一見相反する勢力同士でも互いの目的の為に利用し合っている、

形式上の共闘関係があってもおかしくはない」

「お、おいサフレ。だけどそりゃあ、お前も推測だって……」

「ああ。だが、今までの状況がその線を濃厚にしている。ついさっきも地下牢で“結社”の

傀儡兵達とやり合っただろう? あれはおそらく君の始末と残りの六華の回収。加えてあそ

こに閉じ込めておいた兵士達を口封じに抹殺する為に寄越されたのだと、僕は思う」

 理路整然としたサフレの言葉。

 その一方でジークはハッと目を見開くと、次の瞬間には憤りで顔を歪めていた。

 胸元へ挙げかけた手がだらんと下がり、握られた拳へと半ば無意識に力が入る。

「オートマタ兵と? だ、大丈夫なの?」

「当たり前だろ。そうじゃなきゃ、ここにはいねぇって」

「違いますよ、ジークさん。その危ない所をサジさん達に助けて貰ったんじゃないですか」

「……別に助けろなんざ言ってねぇし、頼んでもいねえよ」

 レナがおずおずと諫めるように言ったが、ジークはサジの顔すら見返さなかった。

 それだけで、ジークが彼らに良い印象を持っていない事が面々に筒抜けになる。

(ジークさん……)

 シノブさんの事もあるし、気持ちは分からなくはない。それでも……。

 何だか自分まで心苦しくなったようで、レナは哀しい顔を浮かべ、マルタも心配そうにそ

の横顔を見遣っている。

「……。ともかく、今回の襲撃も加えて僕は確証に近いものを持っています。少なくともア

ズサ皇個人と“結社”には繋がりがある。そうでなければいくら自国の領土とはいえ、僕達

がこの国に入ってきたこと、六華を握っていることを彼女がこうも早い段階で知り得ている

説明がつきません」

「確かに。それに、付け加えるなら私達からも一つ情報がある。奴らだとの確認は取れてい

ないが、どうやら以前より王宮に怪しい者達が出入りしているらしいんだ」

「リンファさんが皇都の下町で仕入れた話よ。私も一緒だったわ」

「……なるほど。確かに一層きな臭くなってきてるのは間違いない、か。それに随分とお前

らも無茶してくれたしな? こいつは厄介極まりねえ」

「心配を掛けてしまってすみません。ですが、早く合流しなければ状況は不利になる一方だ

と思いましたので……」

 いいんだよ。済んだ事だ気にするな。

 サフレが大真面目に釈明するのを、ダンは寛大な苦笑で以って応えていた。

 バラバラだったパズルのピースが少しずつ形を成し始めているような気がする。ダン達は

互いに不安や戸惑い、或いは思案の表情かおを見合わせると、改めてサジらレジスタンスの面々

へと向き直る。

「ま、俺達の中ではこういうまとめになってる。現地人あんたらの見立てはどうだ?」

「……そうだな。私達もアズサ殿が怪しいと思う。ただでさえ民を置き去りにした政を執っ

ているというのに、加えて“結社”と手を組んでまでも王器を手にして自身を正当化しよう

など……もし本当なら、私達としても見過ごす訳にはいかないな」

「おうよ。だったら──」

 同志達をざっと見遣ってから頷くサジ。

 そんな彼の返答にしたり顔で頷き返すと、ダンは数歩前に出てサッと手を差し出した。

「ここは一つ、手を組まないか? 俺達は六華を取り戻したい。そっちは元近衛隊長を擁い

てる、この国に精通した人間の集まりだ。お互いアズサ皇に切り込んでいけはしないか?」

 それは、共闘の呼びかけだった。

 アズサ皇と“結社”が裏で結びついているのなら、その勢力に大きさで襲い掛かってくる

のなら、自分達もまたここで手を組むのが上策ではないか? そんな誘い。

 サジが再び仲間達を見渡す。返ってくるのは、殆ど同意に等しい委任の眼差し。

 そしてコクリと頷き、彼がダンの差し出す手に応えようとする。

「……俺は反対だ」

 ジークが口を開いたのは、そんな時だった。

「こいつらは、母さんを言い訳にずっと喧嘩を続けてきた連中なんだぞ? 確かにアズサ皇

の政治が庶民に優しくないってのは俺も国に来てから見てきた。だがよ、じゃあだからって

力ずくで国ん中で戦争を起こさなきゃいけねぇのか? もっと方法はあったんじゃねぇのか

よ? 結局、こいつらは母さんの事なんざ、微塵も……」

「ジークさん……」

「確かに、シノブさんは王位を欲しがっている訳じゃないけれど……」

 一度だけ、一度だけ睨み付けるようにサジらを見て、再び逸らした視線で呟かれる唯一反

対の弁。いや母への忠義を理由に、その当人の意思を踏み躙ってきたことへの憤り。

 以前サンフェルノを訪れ、彼女を知っていたからこそ、仲間達もまたすぐさまに反論めい

た言葉を返せなかった。

 憐憫、同情、理性との葛藤、青いと思いつつも突き放し切れない理解の存在。

 暫くの間、ジーク一行、レジスタンス共に二の句を継ぐ者が出なかった。握り合われよう

とした両者の手は宙ぶらりんのまま、ただこの国の王座に関わる争いに一番ナイーブであろ

うジーク──先皇女シノの子息へと纏め切れない心苦しさが折り重なって向けられて。

「……。お父さん」

 だがそんな沈黙はいつまでも続かない。許されなかった。

 猫耳をピクンと立て、仲間達と共に押し黙っていたミアがふとそう呟いて父を見上げる。

「遠くから足音がする。たくさん。多分……増援」

「……チッ。忙しない連中だぜ」

 同じく獣人の父・ダンもまた改めて耳を澄ませると、同じく忍び寄る軍靴の響きを聴覚で

感じ取り、小さく舌打ちをする。

 どうやら随分と余裕じかんを喰ってしまったらしい。

 ダン達も、レジスタンスの面々も、そして壁に背を預け仏頂面のままなジークも誰からと

もなく顔を見合わせる。

「これ以上の長居は危険、か……。ジーク様、皆さん、私達について来て下さい。一旦退き

ましょう。我々のアジトへとご案内致します」

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